第三章
第21話 異世界からラーメン探訪
「ねえ、ラーメン食べに行かない?」
玲が目覚めて五日目。
沙也加に外出禁止の小言をくらってから三日が経過した。
その間、玲はT―TUBEの配信を研究し、録画配信とリアルタイム配信があることを学んだ。
沙也加が買ってくるコンビニの弁当やお惣菜、お菓子やパン、麺類などは種類が豊富で玲を驚かせた。
食材の種類を見分けたいと玲が言い、近所にあるスーパーに行ってさまざまな商品を確認した。
野菜や海鮮・魚類、豚肉や牛肉、調味料からトイレットペーパーなどの生活必需品に至るまで、玲はひとつひとつに深い興味を示して飽きるそぶりを見せない。
そんな日々のなかで、今日はデパートの地下食品売り場で売り子をしてきた沙也加が、夕方になって急に玲を食事に誘う。
玲はまだ土地勘がないから、いってみたいという気持ちが強かった。
ただ、気になることがひとつ。家にはすでにラーメンがあったのだ。
「ラーメン? インスタントならここにあるよ」
「違うよ、玲。そんなカップ麺じゃないの。もちろん、それはそれで美味しいけどね」
「つまり――ラーメンを作って販売している店があるってこと?」
「そう、そうなんだよ! ボクは豚骨ラーメンが大好きなんだ」
「……豚骨?」
沙也加から以前の愛川玲が持っていたスマホを渡されている玲は、気になって『ラーメン 種類』と検索してみる。
途端、画面には家系ラーメンや豚骨ラーメン、塩ラーメン、味噌ラーメンに北海道味噌バターラーメン、豚骨醤油に、つけ麺、なかにはかしわバターラーメンなんてご当地ラーメンまで飛び出してきた。
メニューの多さに圧倒されて、玲はあたまがくらくらしてしまう。
「今日行くのは、この界隈でも人気の豚骨醬油ラーメンのお店!」
「豚骨と醤油が混ざってる……?」
美味しいの? という質問は控えた。
沙也加が好きなものを否定したくない。
カップ麺で食べたカレーヌードルは美味しいし、担々麵は辛さが特徴的だが、基本的な味付けが和食よりも辛いオルスの料理と比較して、まあまあという感触だった。
「そうそう。甘辛い感じがたまらないの! にんにくたっぷりましましにしたらもっとさらに美味しくなるんだよ」
「接客業でしょ? だいじょうぶなの?」
「明日は休みだから、問題ないよ! ほら、着替えて着替えて」
と沙也加は部屋着から外出着に着替えろという。しかし、ジーンズに白いセーターを選んだら、それはだめ、と沙也加に駄目だしされてしまった。
「今夜の夕食はイカ墨ラーメンなんだ。だから、黒い服がいいよ」
「イカ墨ってなに?」
「海でとれるイカの墨をラーメンにいれたもの」
「え、安全なの?」
となにも知らない玲はつい、心配になってしまう。
だが、日本全国で普遍的に食べられているものだと知ると、安心したようだ。
結局、沙也加とおなじ黒のスウェットにダンスの練習着のジャージ、上からスタジャンを羽織り、それぞれ灰色と黒のニット帽をかぶる。
「にひひ、玲とおそろコーデ!」
「え、待って!」
沙也加はインスタにあげるために、スマホで自撮りをする。
玲は自分で撮った写真を他人にみせるという行為にあまり共感できない。玲のなかに憑依しているエリカは、オルスの特殊スカッドに所属している隊員だ。
つまり隠密裏に作戦行動を成功させて、市民にはその存在を秘匿にされている部隊の一員なのだ。
もし、正体がばれたら、敵対組織に狙われてしまう。
そんな危険な日常をおくってきたから、気楽に日々の一風景を写真に切り取って投稿することに、なかなかなじめない。
しかし、これも任務としてアイドル活動を継続していくためだ、といわれたら渋々納得した。
指でサインを決め、この角度からなら盛れる! と沙也加が力説する角度で写した写真は、たしかに普段の自分とは異なる美しさが存在した。
「お、さっそくいいね、がついた」
「早いねー。みんなそんなに熱心にみているものなの?」
「たまたま、じゃないかな? アイドルが気楽に日常風景をお届けするなんて、いまじゃ普通だし」
「でも、個人情報バレないようにしてるよね?」
「まあ、その辺りはボクだって配慮してるよ」
エレベーターに乗ると沙也加は画面を見せてくれる。写真に写っているのは玲と沙也加だけで、背景は玄関先の壁紙だった。
どこにでもある風景だ。
検索しようとしてもなにもでてこないだろうと、玲は沙也加の配慮に感謝した。
「はい、これ玲のお金」
「え、財布? これ私のなの?」
「そうだよ。一万円入っているから、ちゃんと管理してね」
以前の玲が使っていた財布が手渡される。
有名なブランド品で真っ黒な財布は、ずっしりとしていてお尻のポケットに入れておくのにぴったりのサイズだった。
そして、一万円。ここ五日間で日本の貨幣制度について沙也加からレクチャーを受けた玲は、社会人が一日働いてもらえる額だということに驚きを隠せない。
そんな大金を預けてもらえるなんて――ちゃんと管理しないと、と玲は固く心に誓ったのだった。
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