9 最終調合への道
深い森の中、涼音は「エクリプスアッシュ」と呼ばれる最後の素材を求めて進んでいた。
その植物は夜にだけ咲き、月明かりを浴びることで香りを放つと言われる希少な存在だった。
森の奥は暗く静寂に包まれ、まるで異世界に迷い込んだかのような感覚を涼音に与えた。
「この先にあるはずよ。」
自らの嗅覚を頼りに、涼音はさらに奥へと足を進める。
その時、微かに甘くも鋭い香りが鼻をかすめた。
目の前には一筋の月光が差し込む小さな開けた場所があった。
その中心に、黒と銀の花びらを持つ植物が静かに咲いていた。
涼音は慎重に花に近づき、その香りを嗅いだ。
「これが……エクリプスアッシュ。」
その香りは複雑で奥深く、彼女の心の奥底に触れるような感覚をもたらした。
だが、同時にそれが彼女の吸血衝動を強烈に刺激するものでもあると気づく。
涼音は震える手で花を摘み、小瓶に収めた。
その瞬間、森の奥から低い唸り声が響き渡った。
振り返ると、闇の中から現れたのは巨大な獣のような影だった。
目は赤く光り、体からは黒い霧が立ち上っている。
「逃げるわけにはいかない……。」
涼音は小瓶を守るように胸に抱え、覚悟を決めた。
その時、彼女の足元にある試作品の香水が転がり出た。
彼女はそれを手に取り、獣に向かって香りを放った。
香りが獣を包み込むと、赤い目が一瞬だけ揺らいだ。
だが、それでも獣の足取りは止まらない。
涼音は再び香りを振りまきながら、獣の隙を突いてその場を走り抜けた。
心臓の鼓動が高鳴る中、ようやく森の出口に辿り着く。
調香室に戻った涼音は、最後の素材を机に並べた。
エクリプスアッシュは、吸血衝動を抑える香りの完成に必要不可欠なものだった。
「これで……すべてが揃った。」
彼女は慎重に調合を進め、試作を繰り返す。
香料の一滴一滴に込められるのは、吸血衝動を抑えるだけでなく、自分自身を超えるための願いだった。
数日後、ついに涼音は完成した香りを手にした。
その香りを手首に一滴垂らし、深く息を吸い込む。
香りが立ち昇る瞬間、彼女は自身の心の中にある闇が静かに消えていくのを感じた。
吸血衝動が和らぎ、代わりにかつての人間だった頃の記憶が鮮明によみがえる。
「これが……答え。」
涼音は静かに微笑んだ。
だが、その香りが完成したことを嗅ぎつけた吸血鬼たちが、すでに彼女の元に向かっていることを彼女はまだ知らなかった。
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