第6話 このくだらなさもアリかもしれない
「若月君!」
「お待たせ、斎木さん」
刹達は「斎木」と可愛らしい丸文字で彫られた表札がかかった家の前で、彼女と合流する。
「それで、妖精は?」
恐る恐る尋ねる陽花に、「勿論、居るよ」と、刹はニコリと微笑み、左に居る海里をチラッと一瞥した。
海里はスッと進み出て、ずいっと手にしている虫かごを彼女の前に掲げる。
その中には、これ以上無い程の仏頂面で、どっかりとあぐらをかいて腕を組む妖精蓮飛の姿があった。
その姿に、陽花は「良かった」と胸をなで下ろして呟いたが。彼女の顔は若干引きつっていた。
刹はそんな表情を気にする事なく「妹さんに会わせてくれる?」と、先を促す。
「えっ、ええ! 勿論、入って!」
ハッと我に帰った陽花は、彼等を内へと招き入れた。
そして「陽葵」とネームプレートが下げられた扉を陽花がノックし、彼等はその内にも足を踏み入れた。
その部屋のふかふかのベッドで横たわる少女は、すぐに彼等に目を向け、怪訝を浮かべる。
「……お姉ちゃんのお友達?」
「そうよ、陽葵」
弱々しい問いかけに答えた陽花の後に、「そうだよ」と刹がにこやかに続く。
「俺達、ある事をしていたんだけれどね。お姉ちゃんから、それが、陽葵ちゃんの快方に繋がるかもしれないって教えてもらったからやってきたんだよ」
「かいほう?」
難しい言葉に、少女の首はカクンと傾げられた。
刹は「身体の調子が良くなるって事さ」と柔らかく相好を崩して答えてから「海里」と彼の名を呼ぶ。
海里はその声を受けるや否や、「はい、陽葵ちゃん」と彼女の方に歩み寄った。
そうして陽花の介助で上半身を起こした彼女の手元に、虫かごを置く。
彼女は怪訝に虫かごを受け取った……が、その顔はすぐにぱあっと明るく輝いた。
「妖精さんだっ!」
わーっ! と、大歓喜し、虫かごの中に居る蓮飛をキラキラと輝く目で見つめる。
「本物? ! お兄ちゃん達、これ本物の妖精さん? !」
「本物ですよぅ」
純が朗らかに答えるや否や、「出してみて良い!」と突っ込みの様な願いが飛んだ。
「良いよ」
刹は快諾し、「出してごらん」と自らの手で蓋を空ける様に促す。
陽葵はパカッと蓋を開け、「妖精さん」と内の蓮飛に向かって呼びかけた。
蓮飛は恐る恐ると言った形でパタパタッと羽を使って、陽葵の顔の前で佇む。
「凄い、空飛んでる! 妖精さんが空飛んでる!」
陽葵の歓喜がぶわりと満ち溢れ、羞恥を抱えていた彼を飲み込んだ。
蓮飛は「僕は妖精だからね」とぎこちなく答えてから、ニコリと笑顔を彼女に向ける。
「空も飛べるし、魔法も使えるんだ。だから陽葵ちゃんが早く良くなる様に、魔法をかけてあげるよ」
蓮飛はポンッと杖を取り出すと、軽やかに一振りする。
杖先から、キラキラッと金色の光が飛ばされ、彼女に温かく降り注いだ。
「わあ~!」
横たわっていた時からは想像も付かない笑顔が、大きく広がった。
そんな姿を目にしながら、刹は「ね?」と両脇の二人に小さく投げかける。
「くだらないって良いもんだろ?」
あんなに笑顔になれるんだから。と、刹は満足げに言った。
「そうですね」
純は喜色を浮かべながら大きく頷く。
「良い物だとは思うが。これは若が当初に求めていた物とは、なんだか違う気がするがな」
海里が苦笑を浮かべて言った。
「いや、これも求めていた事ではあるよ。俺達のくだらなさで、誰かを笑顔に出来てるからね」
刹はフフッと小さく笑みを零してから、「まぁでも」と苦笑気味に言葉を継ぐ。
「確かに、本当にしょうもない・くだらないって事もやっていきたいよ。今回のだって、三十歳まで童貞だと妖精になれるって言うのがベースにあった妖精だったら色々面白かったかもって思うし」
「それは流石に、ある一定層には大炎上の案件過ぎると思うぞ」
それにその面で爽やかにそんな事を言って欲しくないな。と、海里は弱々しく突っ込む。
「俺が下ネタ言わない面だと思ってたら、大間違いってもんだよ。そうじゃないと、くだらないをやろうなんて言い出さないしね?」
「……嗚呼、それもそうか。そうだな」
軽やかに返された言葉に、海里は深々と頷いてしまった。
その頷きに、刹は「でしょ」と口元を柔らかく綻ばしてから、目の前の光景を温かく見守ったのだった。
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