第5話 第五属性

 そんなはずない。


 魔力はきちんと感じ取れているんだ。

 魔法を使えないはずがない。


 そう、自分に言い聞かせて3日。

 ひたすら魔法に集中してみたが、得られた成果はゼロだった。


「くそ、なんでだよ」


 不老不死計画の崩れる音がする。


 ちくしょう。

 こんな、こんなはずじゃなかったんだ。


 魔法を使えるようになり、研鑽の果て、不老長寿の肉体を手に入れる、その計画だったんだ。


 それがまさか、魔法を使えないというトラップで阻まれてしまうなんて。


(建国の時は全部がトントン拍子だったのになぁ)


 どうして、今回はうまくいかないのだろう。


「そもそも石、ってなんだよ。普通4属性なら地水火風だろ」


 エンペドクレス知らんのか。

 おらんかったわ、そんな偉人、この世界に。


(……いや待てよ?)


 本当に、4つの属性ってのは水、石、風、火なのか?


(魔法が誕生してからまだ間もないはずだ。それなのに、そんなにしっかりと理論が構築されている物なのか?)


 科学は、理論と観測の両側面から発展してきた。

 翻って、いま現時点で、魔法論を証明するための観測対象は始まりの7人のみ。

 彼らは石と定義したが、それは観測が不十分だったためで、本当は地属性だった、というのは十分考えられるのではないだろうか。


(現時点の魔法理論には誤りがある可能性がある)


 パラダイムシフトってのは、いつ起こってもおかしくない。


 つまり、5番目の属性が無いと断言するには時期尚早なのだ。


「ってことは、4属性全部に適性が無い俺は必然的に、誰も知らない第5属性の適性者である可能性が高いんじゃないか?」


 地でもなく水でもなく、火でもなく風でもない。

 であるならば俺の魔法はきっと――


「……」


 俺は木の枝を構えた。

 一般的な、魔法を使う姿勢ではない。

 どちらかというと、投げナイフの投擲姿勢に近い。


 その状態で杖全体を強化するようにイメージを働かせる。


「俺の推測が正しければ、俺の適性は」


 そして体のバネを使いながら、思い切り、振りぬいた。


 勢いよく弾き飛ばされた木の枝は、岩肌向かって真一文字に進んでいく。

 その先端が、ごつごつした岩肌に激突する。


 そして――、予想に反し。


 木の枝は深々と岩肌へと突き刺さった。

 イメージしたのは強化魔法。

 突き刺さった木の枝は、どの属性にも分類されない魔法がきちんと発動した証拠だ。


「っしゃ! 思った通りだ!」


 4属性のどれでもなかったんだ。

 俺の適性は人類未踏の第5番。


「属性くう、それが俺の適性だったんだ」


  ◇  ◇  ◇


 そのころハクは、非常に憔悴した様子でアルカヘイブンをさまよっていた。


(とんだ失態よ)


 魔法の仕組みを暴き、主の下へ持ち帰ったつもりだった。

 本当に、つもりだった。


 実際には師父と慕う男、ロギアには4属性のいずれにも適性が無く、結果として彼を失望させることになってしまった。


 ハクは焦っていた。


 彼は彼女の唯一の理解者だ。

 少なくとも、彼女の中ではそうなっている。


(もし、もし役立たずの汚名を返上できなければ)


 見捨てられるかもしれない。

 そう思うだけで、身も凍り付くような恐怖が襲った。


(嫌、嫌よ、もう独りぼっちは嫌。師父、捨てないでください、私、いい子にしますから)


 何か新しい手掛かりを求めてしばらくアルカヘイブンをさまよったが、新しい情報は出てこない。

 何か進展があるまでロギアの下には帰れない、そう、使命感に駆られていたのに、ふと、彼女の中で何かのスイッチが切り替わる。


「……帰らなきゃ」


 これはロギアが彼女に施した暗示の一つ。


 ハクは暗示が解けないように、毎晩自分自身に暗示をかけるよう刷り込まれている。

 だが、何らかの拍子に暗示が弱まったり、あるいは暗示の性質が変容してしまう危険性はある。


 そうならないよう、ロギアは定期的にメンテナンスを施すつもりであり、今日はその日だった。


 故にハクは、成果を上げるまで変えるわけにはいかないと考えていたことなどすっかり忘れ、彼の待つ北部へ急いだ。

 ロギアに植え込まれた意識を、ハク自身の心の動きだと信じ込んだまま。




 久しぶりに会えるという喜びと、どの面下げて会いに行けばいいのだろうという不安。

 二つの相反する感情に悩まされながら、ハクはようやく、彼の待つ地にたどり着く。


「なんなの、これはいったい」


 眼前に、惨状が広がっていた。


 地面には地割れが起きたような亀裂が走り、木々は巨人がこん棒を振り回したかのように捻じ切られ、頑強な岩肌は拳を叩きつけた粘土のようにあちこち抉れている。


(私のいない間に師父の身に危険が?)


 見たことも聞いたことも無い怪物が現れて、暴れまわったのだとしたら。


 一瞬だけ想像した最悪の予想を前に、ハクは身震いした。


「師父! 師父!」


 無事でいてください。

 そう、強く願った。


「あれ? ハクじゃないか、もうそんな日か」

「……へ?」


 願いはいとも簡単に、聞き届けられた。


「し、師父、よくぞご無事で……! ここは危険です、さあ、私と一緒に逃げましょう!」

「待て待て、何の話だ」

「恐ろしい力を持った怪物が暴れまわった痕跡があちこちにあるではございませんか」

「あー」


 ハクが必死に訴えると、ロギアは気まずそうに答えた。


「ごめん、それ俺の魔法の実験の痕だ」

「……は?」


 何を、言っているのだろう。


「ほら、ハクが新しい手掛かりを探すって、アルカヘイブンへ向かっただろ? その後見つかったんだ、俺の適性、5番目の属性が」

「5番目の、属性?」

「ああ」


 ハクは十分に理解できていなかった。

 目の前の人物が規格外であることを、

 自分の理解が及ぶ相手ではないことを。


 そしていま、ようやく、自らが師父と慕う人物の実力の一端を思い知り、胸が高鳴る。

 なんてすばらしい人と巡り会えたのだろうと、感動すら覚える。

 彼女はそうなるよう、英才教育を施されている。


「いまもその実験の続きを試してたんだ」


 見れば彼の手元には石造りのケースがあり、中からはカリカリと壁をひっかく爪の音がしていた。


 不思議に思ってハクが近寄って見ると、そこに年老いたネズミが一匹、最期の力を振り絞るように脱出を試みている。


「まあ見ていてくれ」


 ロギアは木の枝を真っ直ぐ削り出した杖を取り出すと、その先端を年老いたネズミに押し当てた。


「【尸不相シープーシャン】」


 それは悪魔の呪文だった。


「ひっ」


 あまりの悍ましさに、ハクは情けない声をこぼしてしまった。


 呪文をかけられた老ネズミの体は、煮え湯のようにブクブクと膨らんでは弾けてを繰り返していた。

 血が飛び散り、肉や骨がドロリと溶け爛れていく。


「師父、こ、これはいったい……」

「面白いだろう?」


 面白い、らしい。どうやらそのようだ。

 ハクにとってロギアの言葉は絶対で、彼が面白いだろうと聞けば答えはイエスなのである。


 そう思って観察してみると、確かに興味深い点が見えてくる。


 ネズミはいままさに体が液状に溶けだしているというのに、そのことにまるで気づいていないのだ。


「テロメアが短くなり、老廃物が溜まった細胞を一度分解し、リプログラミングした細胞で肉体を再構築しているんだ。神経は真っ先に遮断するから、こいつは何が起きているかを知覚できていない」


 ハクには言葉の意味がほとんどわからなかった。

 だが、百聞は一見に如かず。

 目の前で起こっていることが、この魔法の効力をどんな言葉よりも雄弁に教えてくれる。


「若返りの、魔法?」

「正解。半分だけね」


 より正確に言えば若返るだけではなく老化させることも可能だ。

 つまり厳密には、肉体年齢操作魔法。


「そ、それって、術の発動前後で同じ個体なんですか? 一度分解しているなら、全く別物になるんじゃ……」

「そう。まさにそこなんだよ、ハク」


 ロギアは意気揚々と課題点について言及した。


「分解する直前にシナプス網の設計図のバックアップを取っているんだ。その設計図を基に再構築するから意識が連続した個体となるはずなんだ」


 ロギアは言う。

 理屈の上では完璧な魔法なのだと。

 工程は最終フェーズまで来ていて、あとは実証実験を残すのみなのだと。


「けど、あくまで理論上の話だ。現実問題どうなるかは、実際に試してみるしかない」


 ハクに理解できたのは、彼がとてつもない偉業を成し遂げようとしていることだけだ。


「だからさ、ハク」


 だが、そんな中彼女でも、次に彼が言い放った言葉は同意しかねるものだった。


「君が人体実験に協力してくれよ」

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