1章 傾国の美女
第2話 共犯者
王位は素直に譲り渡した。
殺されはしなかったが、行くあてもなかった。
人生を大半を費やして築き上げた王国の道を歩く。
新王の不興を買うことを恐れてか、誰も俺と目を合わせようとはしない。
まるで腫物扱いだ。
下唇に力が加わった。
悪態をつき、空を見上げる。
青々した空が俺をあざ笑っている。
「なんもねえ」
失ったものの大きさに初めて気づいた。
ずっと、国を興すことに必死だった。
積み上げた五十余年、築き上げたこの王国。
それが俺のすべてだったんだ。
短くない人生を無駄に浪費しただけの中年。
なんて空虚なことだろう。
「俺にはもう、何も残ってねえ」
人間天下五十年とは、かの第六天魔王織田信長が残した言葉だ。
戦国時代、人の寿命はおよそ50年とされていた。
ましてそれが旧石器時代ならなおさらだ。
もう、一度病気にかかれば、ぽっくり逝ってしまう年だ。
時間の猶予は、わずかも無い。
一切衆生に天が定めた定命の理。
それを打ち破らないことには始まらない。
はるか未来まで神話を紡ぐ語り手として、俺はあまりに力及ばず過ぎる。
「創り出すんだ、天の定めた定命の理を冒涜する術を、不老不死の神話の素を」
そうでなければ、俺の物語は始まらない。
しかし、どうやって?
実は、心当たりがある。
魔法だ。
同じ時代を生きる人間に使えるのだ。
俺に使えない道理はない。
問題は、どうやってその技術を盗むかだ。
7人の魔法使いに直接聞ければ早いが、革命返しを危惧すれば、教えてくれるはずがない。
それ以前に、そもそも俺がこの国にいること自体彼らには許容しがたいことだろう。
早いところこの国を去らねば……やっぱり殺しておくべきと判断されてしまう前に。
「協力者が必要、か……」
たとえばこんな相方はどうだろう。
表向きはこの国の住民。
しかし実態は情報をこっそり俺に引き渡す密偵、スパイ。
これなら魔法の秘密を暴けるんじゃないか?
「相手は新王を支持していない人間が好ましい。俺を裏切れない確信があればなお良し……言っててなんだが、そんな人物いるか?」
いたら革命が起きる前に俺を助けに来てくれている気がする。
絶望的だな……。
などと、考えていた時のことだ。
街の外れ、開拓が済んでいない森の付近。
頬が瘦せこけ、ほとんど骨と皮しかない、行き倒れの少女を見つけた。
少女は泥の中で、いまにも覚めない夢に落ちてしまいそうな眠たげな瞳で転がっている。
「生きてるか?」
ぺちぺちと彼女の頬を軽く叩き、問いかける。
少女から返事は来なかった。
首を振る気力も無いようだった。
代わりにその重たそうなまぶたを一つ閉じて開いた。
どうやらまだ生きているらしい。
「へぇ……?」
たぶん、俺は、酷い笑顔を浮かべている。
確信があった。
◇ ◇ ◇
国を出て少し北に広がる岩壁地帯をつぶさに観察すると、一か所、洞穴とそれを塞ぐ岩があることに気付くだろう。
これは俺が建国し始めた当初に作業場として使っていた隠れ家だ。
もう20年以上使っていなかった施設だが、どうやらほとんど当時のまま残っているようだった。
「食え」
連れ込んだ、行き倒れの少女に、すりおろしたリンゴを匙で掬い口元へと運んだ。
少女は生きる意欲を手放していなかったようで、果肉を口に含み、こくりと喉を鳴らした。
「……おいしい」
代謝のエネルギーも足りていないのか、彼女の手足は酷く冷たい。
飲料水を一度沸かし、温かいうちに与えると、ほんの少しだけ彼女の血色はよくなった。
その看病が良かったのだろう。
その日のうちに、まともに会話ができるほどの回復を見せた少女が不思議そうに俺に問いかけた。
「あの、どう、して、助けてくれたのですか?」
少女は期待するような、あるいは怯えるような瞳で、こちらの顔色を窺っている。
善意からであることを望んでいるようにも見えた。裏があるに違いないと疑っているようにも見えた。
あるいはその両方かもしれない。
正直に言えば、後者だ。
だがあえて、彼女には耳に心地よい言葉をかけることにする。
「困っている君を、見て見ぬ振りができなかった。それが理由だと不満かい?」
少女はしばらく、あっけにとられたように目を丸くして、それからぼろぼろと、大粒の涙を流し始めた。
「わ、私、ずっと、一人で、頼れる大人が、周りに、いなくって」
少女は、自らの衣服の裾をこれでもかというほど強く握りしめている。
そこをすかさず、抱き寄せた。
「ごめん、ごめんなぁ。ずっと耐えてたんだね、一人の苦しさに、それなのに、いままで助けてやれなくて、ごめん」
「そ、んな……あなたは、何も、悪くない」
「強がらなくていい。泣いていいんだ。俺がいる。俺が受け止めてやる。だから、無理しないでくれ」
「あ……あぁ……っ! あぁぁあぁぁ!」
少女は泣き喚いた。俺の目論見通りに。
あまりに純粋。
あまりにも優しさに免疫が無さすぎる。
とても都合がいい。
「……ごめんなさい」
「落ち着いた?」
「はい」
気の済むまで泣き喚いた後、少女は申し訳なさそうに頭を下げた。
(これで、下準備は万全、かな)
いままのでやり取りはすべて、これから打ち明ける作り話を信用させるための布石だ。
彼女の、心を許せる相手の枠組みに潜り込むための手段に過ぎない。
本題はここから。
「やっぱり、放っておけないよな」
重苦しい声音と真剣な表情で、俺は独り言にしては少し大きめの声量で呟いた。
そのあまりに露骨な釣り針に、しかし無垢な少女は律儀に食いついてくれた。
「どういう、意味ですか?」
「ああ、聞こえていたか。何でもない、忘れてくれ」
ようやっと泣き止んだ少女が、再び涙ぐむ。
「教えて、ください」
少女は俺に泣きすがった。
「……知らない方が、幸せなこともある」
「それでも、知りたいんです。もう、つまはじきものにされるのは嫌なんです。私を、のけ者に、しないでほしいんです」
俺は内心でほくそ笑みながら、少女の必死の訴えに心を動かされた、という風を装い、
「これは、誰にも秘密だが」
仕方ないといった様子で口を開いた。
「――君がこんなにも苦しい目に遭っているのは全部、国王のせいなんだ」
俺は彼女に、ささやかな嘘をプレゼントした。
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