歴史の節目に陰から糸を引く転生者

一ノ瀬るちあ@『かませ犬転生』書籍化

0章 建国神話

第1話 建国神話

 ずっと、英雄譚が好きだった。


 人智を越えた宿命を背負い、数々の艱難辛苦を乗り越え、栄光を掴むカタルシスが最高だ。


 でも、もう味わえない。


 何故なら、社畜で過労死した俺は気が付くと、文明レベルが旧石器時代程度の異世界に転生していたからだ。


 どうやらこの世界に竜殺しの英雄譚や、神々の戦争を題材にした伝説は無いようだった。

 あるのは生きるための教訓めいた説教臭い、老人の陳腐な自慢語ばかり。


 慣れない環境に、断絶された娯楽。

 生に楽しさを見出せるわけがない。

 俺は、半ば自暴自棄になっていたのを覚えている。


 そんな時だった。

 群れのリーダーがふてくされる俺に掛けてくれた言葉を、いまも鮮明に思い出せる。


 ――無いなら、創っちまえよ。


 端的に告げられたその言葉は、俺にとってあまりにも衝撃的な意味を含有していた。

 彼の言葉が俺のターニングポイントになった。


(創る。考えたことも無かった)


 転生してから初めて感じた、生きる意欲。


(できる、俺ならできる)


 幸いにして俺には21世紀を生きた記憶がある。

 この知識を存分に生かし、巨大な都を築き上げることができれば、数千年の時を超えて、後世に語り継がれるのではないだろうか。

 たとえばこんな風に。


 ――まだ人が狩りと採集で暮らしていた遥か昔、千年の時を超えた文明力を誇る巨大国家が存在した。


 熱い……。


 転生したことをずっと不幸だと思っていた。

 俺はひどい思い違いをしていた。

 不幸なんかじゃない、これは幸運だ。

 俺自身が最も古い神話を生み出すための、またとない絶好のチャンス。


 一念発起、俺は走り出した。


 火を絶やさない環境を作り、光源を確保し、夜通しで生活を豊かにする道具の作成する。

 寝ずの作業は得意だ。

 同じ時代を生きる人間からは「どうしてそんな無茶をするのか」と聞かれたが、命を削って働いても成果を搾取されていた社畜時代と比べれば、働いた分だけ文明レベルが向上するこの時代のなんと働き甲斐のあることだろう。


 投石器やテキサスゲートにはじまり、食糧庫や砦。

 さまざまな道具や施設を生み出し、貨幣や統一単位を導入した俺につけられた呼び名は神の御使い。


 人々は俺を王と崇め奉り、俺は人類最古の国家を築き上げるに至ったのだった。


 だけど、どうしてだろう。


 満たされない。


 あまりにも順調な建国。

 困難と呼べる困難が存在しない。

 果たして俺が望んだ神話というのは、こうもあっけない物語だっただろうか。


「もっと凄いことができると思ったんだけどな」




 問の答えは何の前触れもなく、向こうからひとりでにやってきた。


 玉座に腰かける俺の目の前に、7人の男女が立ちはだかっている。


「国王ロギアよ、貴殿は王にふさわしくない」


 彼らこそが俺の疑問に示された解。


「この国は我らが主導者となり導いていく。故に国王ロギア、その座を譲り渡してもらおう」


 革命。

 予想だにしない展開に、俺は激しく動揺した。

 反乱が起きたからではない。

 俺が取り乱した理由は、この場に、誰も駆けつけなかったからだ。


「お仲間なら助けに来ないぞ。全員我々に寝返ったからな」


 ズキリと、胸が痛んだ。


「俺は、そんなにも不甲斐ない王、だったのか?」

「さてな。確かに言えるのは、国王ロギア、貴殿の時代は終わったということだ。いま見せよう。これからの未来を切り開く新たな力を」


 7人のうちの一人がフード付きのローブの下から、杖を取り出した。

 彼がその杖を振るうと、その先端から熱と光のエネルギーを放つ光球が飛び出した。


「この魔法こそが新時代の王の素質」


 これまで俺が生み出してきた文明の利器とは全く異なる技術体系。


「わかるか孤独な国王ロギアよ、貴殿は弱者に成り下がったのだ。力あるものが民を導くのは未来永劫不変の真理」


 魔力と呼ばれるエネルギーに端を発する、新たなる法則。


「その座を退いていただこう、旧時代の敗北者よ」


 魔法と呼ばれる力は、俺が五十余年を費やして築き上げた地位を一夜にして奪ってしまうほどの脅威だったらしい。


「は……はは」


 馬鹿らしくなった。


「んだよ、それ」


 俺は長年、わが身を削って働いてきた。


 最優先が自分の欲望だったことを否定するつもりは無い。

 だが、それでも、この国にいるのは俺の自分勝手のおかげで豊かな暮らしを享受してきた人間ばかりのはずだ。


 それなのに、どうやら。

 俺を慕ってくれていると信じていた人々は、

 俺が守りたいと思っていた人たちとは、

 俺の想像以上に、淡白な関係だったらしい。


 見限られた。


 これまで散々恩恵に授かっておきながら、あいつらはいとも簡単に俺を斬り捨てやがったんだ。


 その実感が、冷たい質量を伴って五臓六腑に染み渡る。


「くは、ははははは!」


 気付けば、高笑いを止められずにいた。


「気でも触れたか」

「いいや、いたって正気さ。これは君たちに向けた純粋で、純然たる、称賛だ。素晴らしい、素晴らしいよ」


 そうかそうか。よくわかった。

 お前たちは俺のことを、替えの利く都合のいい駒だとしか考えていなかったんだな。


 だったら、俺もそうしよう。


 ――もう、相手を同じ種族だとは考えない。


「俺はきっと待っていたんだ、ずっと、君たちのような人間が現れるのを」


 ――お前たちが人間なら、俺は怪物で構わない。


「圧倒的な強さと圧倒的なつまらなさは並行して訪れる。故に俺は、君たち反逆者たちを歓迎しよう」


 ――故に、同じ時代に生きる者たちよ踊れ。


「ようこそ、7人の英雄よ」


 ――紡げ、まだ誰も知らない、神話を。


「ここが諸君らの始まりの地だ」


  ◇  ◇  ◇


 人類史初の国家、アルカヘイブン。

 なぜ原初の国家は旧きアルカヘイブンと名付けられたのか。


 その答えを知るただ一人の王は無血開城によりその地位を始まりの7人へと譲り渡し、彼の存在は長い歴史の中で忘れられてしまった。

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