第4話 国家存続法
高校生になって、はや半年が経過した九月のある日、珍しく亮太から昼休みに声をかけられた。
「なあ昴、たまには一緒に飯でも食おうぜ」
普段は他のグループとつるんでいる亮太からの誘いに少し驚きつつも、僕は頷いた。
向かったのは学校の屋上。
空にはどんよりと鈍色の雲が広がっていて、風が少し冷たかった。
「お前、相変わらず焼きそばパンなのなー」
亮太は笑いながら言い、持参したサンドイッチを頬張る。
僕も購買で買った焼きそばパンを取り出した。
外で食べる陽気ではないせいか、屋上には、僕たち以外に人はいない。
しばらく、他愛のない話が続いた。
中間テストのこと、放課後の予定――何気ない会話。
でも、それがどこか亮太らしくないと感じたのは、その笑顔に少し影が見えたからだ。
「なあ、昴――」
亮太が突然真剣な顔になった。
「お前、橘と、仲良くなったよな」
「まあ……配偶予定者だしね」
「配偶予定者……か」
亮太はちょっと遠い目で空を見上げた。
そしてその視線を僕に移してから、言葉を継ぐ。
「昴。橘のこと、どう思ってる?」
「どうって、だから由紀と僕は配偶予定者で――」
「そういうんじゃなくてさ、お前の言葉で聞いてみたい。彼女のこと、好きなのか? 愛してるのか?」
「あ、愛……? 何を、突然」
「いいから、聞かせてくれよ」
僕は言葉に詰まった。
どう思っているのか――もちろん嫌いじゃない。
それどころか、最近では彼女と話す時間が心地よく感じられる。
だけど、それを亮太に正直に伝えるのは気恥ずかしかった。ましてや愛なんて、大袈裟な言葉、口にするのが憚られた。
「別に、愛とかそんな大袈裟なのは……普通に、配偶予定者として、仲良くしてるだけだよ」
「嘘つけ」
「え?」
「顔に出てる」
亮太は僕の顔を指差して笑う。
そう言われて初めて、自分の頬が紅潮していることに気がついた。
「ま、いいさ。なんとなくお前の気持ちはわかった。でもさ、昴。橘にはちゃんと言葉にして伝えてやれよ。お前の気持ちを。たとえお国が決めた相手でも、お前たちは、
「は? それってどういう意味?」
「なんでもねえよ」
その言葉が何を意味していたのか、僕には分からなかった。
ただ、その一言が胸に残ったのは確かだった。
*
次の日、亮太は学校に来なかった。
次の日も。そしてその次の日も。
クラスメイトたちは口々に「風邪だろうとか、サボりだろうと話していた。
けれど、なんとなく嫌な予感が僕の胸をよぎる。
それからまもなく、亮太が、幼馴染の梨花と駆け落ちを図ったことを耳にしたのは、クラスメイトの噂話からだった。
そして、その翌週、学校の掲示板に貼り出された一枚の通知が、全てを物語っていた。
『三崎亮太
国家存続法違反のため、更生施設送り』
掲示板の前はざわついていた。
「……マジか。コクゾク違反?」
「なんか、幼馴染と駆け落ちしたらしいよ」
「バカだよなあ、国に逆らうなんて」
「位置情報を探知されて、すぐに捕まるに決まってんじゃん」
誰もが亮太の行動を批判しつつ、けれども、心のどこか怯えたような表情を浮かべていた。
国家存続法という、制度の絶対的な力が、僕たちに重くのしかかっているようだった。
僕は掲示板をただ黙って見つめた。
胸が締め付けられるような感覚があった。
亮太が最後に僕に問いかけた意味が、今更になって分かった気がした。
亮太は、自分の配偶予定者を、愛することができなかったんだ。
*
「……三崎くんのこと聞いた。その、友達だったんだよね?」
学校からの帰り道、僕の隣を歩く由紀の声はいつもより少し低かった。
「あいつ、幼馴染の梨花ちゃんと駆け落ちしたんだ。配偶予定者じゃなくて、自分が好きになった子と……」
そう言った僕の声はどこか震えていた。
由紀は小さく息を吐いて、目を伏せた。
「……怖いね。配偶予定者以外を選ぶと、ああなるんだね」
その言葉が妙に突き刺さった。
国の決定に反して誰かを好きになった場合、亮太のように、すべてを失う。
それがこの国のルールだった。
「由紀は……相手が僕でよかった……?」
僕は思わず尋ねた。
口にしてからすぐに後悔する。
そんなことを尋ねても、由紀を困らせるだけなのに。
だけど、どうしても問わずにいられなかった。
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