第2話


「おはようー」

「おはようー」


 学校に着くと学校中から「おはよう」という挨拶の声が聞こえてくる。


「おはよう、真山さん」

「おはよう」


 教室に行けば私も例外なくクラスメイトからの「おはよう」の挨拶はあるものの、私の場合は特に誰かと話す事もなく席に着いてカバンから教科書などを出したらそのまま読書へと移行する。


 ちなみにあくまでコレは「私に限った」話であり、他のクラスメイトが全員「教室に着いたら読書をしなければならない」という決まりがある訳ではない。


 他のクラスメイトは各々仲の良い友人同士集まって話をしていたり、宿題が終わっていないと焦りながら宿題などをしている。


 まだ来ていないクラスメイトの中には部活動の朝練や教師に用事がある人もいるだろう。私も一応教科の係になっているので職員室に行く事もあるけど、今日は特に係の仕事はない。


 そもそもこの「読書」も好きな事……と言うよりは、どちらかと言うとこれも『ルーティーン』の様なモノとなっている。


 特に好きなジャンルがある訳ではないのだけど、基本的には短めの短編集が多いのはきっとせっかちな母に似たのかも知れない。


 とにかく結末が早く知りたくなってしまい「読み進める」という事が難しいのだ。


 ただ、それを誰かに話した事はないし聞いてくる様な友達もいないのだれど、なかなか共感はされにくいとは自分でも思う。


 後、世間的に話題になっている本を読む事も避けている。


 もし仮に読んでいると、その題名に釣られて普段話しかけてこないクラスの目立つ人たちが話しかけてくる可能性があるからだ。


 我ながら面倒な性格をしているとは思うものの、出来れば学校で無駄に目立つ事は避けたかったので読むのは基本的にこういった物を読んでいた。


 でも、こうして「読書をしているだけ……で済まない」という事は分かっている。なぜなら……。


「よっ!」


 もはや挨拶ですらない程短い一文字と共に軽く手を挙げてニカッと白い歯を見せて太陽の様に笑う男子生徒が現れた。


「……」


 彼の名前は『御子柴みこしばたける』というのだけど、見て通り「明るい男子代表」とも言える程明るい人物である。


「お、今日も本読んでんのか」


 私としては自分は陰の人間だと思っている所があり、明るい「陽」な人間代表とも言える御子柴の事はあまり得意ではない。母と同じ様に決して嫌いではないけれど。どうにも合うとは思えない。


「……おはよう」


 ただまぁ、明らかに私に向かって手を挙げていただけでなく話しかけていたのでそれを「私に声をかけているとは思わなかった」と無視するのも失礼ではあると思いとりあえず挨拶を返した。


「おう! おはよう」


 すると、なぜか嬉しそうにニッコリと笑ってご機嫌な表情を見せる御子柴の姿はさながらご機嫌に尻尾を振っている犬にも見えてしまう。


 いや……うん、彼は人間なのだけど……うん、きっと気のせい。


 なんて事を考えていると、彼は鼻歌でも歌いそうなくらい上機嫌なまま自分の席である私の後ろの席に座ったのだった。


「……」


 高校に限った話ではないけれど、基本的に入学してすぐは大体席順は五十音順になりやすい。


 その為、私の苗字である『真山まやま』はどうしても彼の苗字『御子柴みこしば』よりも前の席になってしまう。


 今は五月という事もあり、もうそろそろ席替えがありそうではある。だけど、それも多分中間テストが終わったくらいだろうとは思っている。


 チラッと後ろを見ると、ちょうど彼は鞄から教科書などを取り出しているところの様だ。


「……はぁ」


 そんな御子柴と実は入学したばかりの一年生の時も実は同じクラスでだった。つまり、入学したばかりの時も踏まえると、こういった状況は実は二度目ではある。


 しかし、その時は中間テストの後の一度目の席替えで離れてしまい、それ以降は特に交流もなかった。


 それこそ、入学したばかりという事もあってか、今の様に挨拶をする程の間柄ではなかったのだ。


 でもまさかクラス替えが行われた今年。また同じクラスになったのは何かの因果なのだろうか。


 そして、それはつまりクラス替えをしたという事はまたこの様に前後と言う事を意味していた……という訳で。


 しかし、それはあくまで「私の認識としては」という話でらしく、どうやら御子柴はもっと前から私の事を知っているらしい。


 それこそ同じクラスになる前から……。


 ただ、御子柴がそれを自分から言うつもりなど毛頭ないみたいで、あくまで私がから聞かれたら……というスタンスの様だ。


 その事に少し申し訳ない気持ちになり、そう言うと「高校に入るまで自分を認識すらされていなかったのだからなんて事のない話だ」と御子柴自身が笑って言っていたので私もあまり気にしていない。


「……何」


 小さく息を吐き、再び読書に集中しようとした矢先。机に教科書類を入れ終えた御子柴の視線ががジーッと私の方に向いている事に気が付いた。


「いや。いつもどんな本を読んでいるのかと」

「……」


 興味津々といった様子で見つめる御子柴は……やはり犬にしか見えない。あ、御子柴に「柴」っていう犬の種類が入っていたのをふと思い出す。


「なるほど」

「?」


「名は体を表す……ね」

「え」


 なんて私は思わずボソッと呟いた言葉に御子柴は「何々?」と聞かれたが、適当に「何でもない」とあしらう。


「??」


 不思議そうに首をかしげている姿は……うん、やっぱり犬そのものに見えた。

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