第4話 窮屈なもの

 婚約する予定という話はおおむね歓迎された。騎士団のほうはやっぱりーと言っていたので、だいぶ予想はついていたらしい。知らぬは本人たちばかりのようだ。

 今後の仕事については婚約が確定してから調整をつけていくことで話がついている。


 問題は針子部屋のほうだった。恋人いたの? からはじまり、罰で繕い物をあちこちしているうちに出会ったことを話すと一部からは面白くなさそうな顔をされた。聞いたのは君だよ? という言葉を飲み込み、騎士団は兄の関係で知り合いがいてと適当に濁しておいた。

 なお、繕い物の巡業は好評だったらしく、時々来てくれないかと打診があったらしい。今後どう対応するかについては検討しているそうだ。

 私は退職するから関係ないけどね。


 兄が家を継がなくなり、私が継ぐことになった話も隠しても意味はないので公表している。いいところのお嬢さんとは思われていたらしいけど、貴族の娘とは思われていなかったらしい。

 一部のお姉さんがたがちょびっと優しくなり、嫌味を言われることが一切なくなった。清々しいくらいの対応である。

 断じて店の名前を言ってはいけないと心に誓う。

 有名店ではないが、王家にも納めているものはあるんだ。王家からは我が家に成人のときに注文されるもの。それは他の誰にも売らないと決められている。

 白い革の手袋。在庫も少ないから狩りに行かなきゃいけないという懸念事項もある。一代に一狩り。今度は私の番というわけだ。


 面倒が多い。そして、それを一緒に背負ってくれと迫るのは、重たくないだろうかと今更思う。


「兄、兄よ、出戻らん?」


 え、婚約すんの? と話を聞きつけて実家帰省していた二番目の兄にそう尋ねる。長兄にも知らせたけど留学先まで手紙が届くのは時間がかかる。その返事が来るのももっと先だろう。


「ひっでぇこと言いやがるな、妹」


「婚約してもらったけど、いい人過ぎて過分すぎる」


「意味が分からんが言いたいことは伝わるな……。

 いやぁ、アトス殿に目をつけるとはいい趣味してんな。紹介しようかと思ってたわ」


「は?」


「性格が合わないから親しくないが、布とか好きみたいだから端切れとか手ぬぐいにでもしてと提供。後日可愛らしいパッチワークの壁掛けなどが発生。こいつは! と目はつけてた」


 ……かわいそうに。そして、結構前の倉庫荒らしの主犯が発覚。兄以外にいないけど、兄が布を持っていく意味が分からないから保留してたんだ。


「ま、いいんじゃね? そういや、刺繍見たか?」


「繕い物しかしてない」


 そういうと兄は少し考え込んだようだった。

 この間、刺繍糸をあげたと聞くと作ったものを見せてもらったほうがいいと真剣に提案してきた。よほどの腕とみた。

 これは楽しみで。


 ……って、うちにずぶずぶに婿入りさせる話からは一歩も出てない。

 いいのか? 関係者各位乗り気過ぎて逆に不安になるぞ。相手方のご親族が一人も登場してないのもさらに不穏だ。


「そういや、うちのカミさんが学校作んの知ってる?」


「へ? ああ、女学校でしょ? うちの領地にお試しで作ってくれるって言ってたよね。とてもいいことだけど、地元では作らないの?」


「実家のとこは無理そうだって言ってた。

 で、一応建前でお嫁さん教育もするよということでその教科書も作る予定なんだわ。裁縫系の執筆頼む」


「いいけど見返り」


「すでに学校で先払いしてんだろ」


「職人学校もつくろうよ。技術継承大事」


「徒弟制度も結構限界感じるもんなぁ……。

 持ち帰る。

 で、アトス殿も誘っといて。共著でもいいし、覆面作家でもいいし」


「それは話しておくけど、どうして覆面作家?」


「世の女性が論文を書いて、女の書いたものなんてと叩かれるのと同じように、世の男性が家政の本出したら、わたくしたちの領域に手出ししますの? とぶん殴られる」


 わからんでもないが……。

 なんかもやっとするなと思いつつ次に会ったときにアトスにその話を振った。その時、別の騎士もいたのである。前に寮を案内してもらったクリス氏。あれ以来時々繕い部屋にやってくるようになったそうだ。前は用があるときしか来なかったらしいから。

 今日も繕い部屋に顔を出したクリス氏が面白がって教科書の構成を書き出して、アレも足らないこれも足りないと掃除の極意やテーブルコーディネート、季節ものの洗濯の仕方などわかる人達がやってきた。

 裁縫室では狭いと遊戯室に移動し、そこにいた人たちも面白がっていろいろ書き足した結果、その著者として謎の超有能家政婦ディアナが爆誕したのである。

 覆面作家どころではない。虚構の人物だ。そりゃあ、誰の名を出すわけにもいかないんだろうけど。

 いいのかなと兄に仮の構成を送ったら、うちのカミさんこと兄嫁さんがやってきて正式な原稿依頼がやってきた。


 そして、紆余曲折ありディアナの著書は発行された。教科書ではなかったか? というところだけど……。

 挿絵作家にもきちんと依頼した力作は瞬く間にベストセラーになり、第三弾まで発売されることになる。最初から三部作と決めていたので以降、ディアナの著作は出ないのだけど、長々と売れ続け地味に騎士団の資金源となり続けたのであった。

 というのは余談である。

 世の男性も窮屈なのねぇと兄嫁さんも言っていたが、同感である。貴族の男と生まれたからにはとか、思ったよりあるものらしい。


 他人事として思っていたら、思わぬところからその貴族の男ならばに強襲されるのであった。

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