第3話 尊いもの

「……こちらがクレア殿のご実家」


「そう。今日は休店日にしてもらったから存分に遊んで行って」


 私の店主権限でお休みにした。いつもお疲れ様、休店日じゃないけどこの日は臨時休業ね、あ、これ少ないけどお小遣いと従業員をねぎらったので私の評価も爆上がりのはずだ。

 両親にはお城で知り合った婿候補、裁縫に興味あり、店に連れていくがよいか? と確認している。いい笑顔で了解してくれた。どういうのがいいの、なにか取り寄せる? と私よりうきうきしていたくらいだ。


 その人が、でかい、という情報をすっかり入れ忘れたことに気がついたのは、親の引きつったような笑顔を見た瞬間だった。

 後で怒られるやつぅ。と冷や汗が出る。


「どうぞ、こちらへ。

 ご興味があるということで一通り店内を案内します」


 父が率先して連れていく。アトス氏、神妙な顔をしているがにじみ出るうきうき。よきかな良きかなと思っていたら、母に端に連行された。


「あなた、もう少し考えなさい。

 特注の椅子出してこなきゃいけなかったじゃない。ちんまり座ってるのも可愛らしいと発見はあったけど、腰が辛そうだったわ」


「はぁい」


 幸い怖がられたわけではなくでかさにびびっただけのようだ。お出しする飲み物などの確認を済ませ、私も父のそばに向かう。何か余計なことを言ってないかという……。


「おお、いいところに。

 よければ、娘をマネキンに趣味の服を一式着させてはどうかな」


「はい?」


 いきなり着せ替え人形を指名された。見れば、うちの見本服が何着かあり、アクセサリーや靴などもある。総じて少女趣味。おぬし、かわいいをわかっておるな! と言われる組み合わせだ。

 くっ。甘いレースだけでなく、シックなリボンも入れてくるとはなかなかやるな。そいつは希少品だ。


「……あの、良ければ、着ていただけますか」


「よろこんで!」


 大きい男性にも上目遣いというしぐさがあったりすることを私は知った。わざわざ目線を合わせるためにかがんでくれるところがポイント高い。ちらっと視界の端に映った父がうむうむと頷いていた。

 なんか、気に入られたっぽいよとあとで彼に伝えておこう。


 私はいそいそとお着替えに向かう。似合う年でもないしなぁと思うが、そこは見ないふりをする。試着用のドレスはサイズを変えるためのヒモやボタンなどが仕込んである。実際は採寸した通りに作るのでないのだが、一部ではこそっと仕様に入れてたりもする。


 私はご令嬢の平均値となるべく日々節制している、いや、していたので、大丈夫と思っていたらちょっとこう……。うん。繕い物のお礼と色々もらったり、縫いながらお茶請けももらったりしたのがダメだった。

 節制しよう。いや、でも騎士団のみなさんが、女の子ってこういうの好きって聞いたけど、感想聞かせて婚約者、彼女に送ってみたいからという試食をいただいてですね……。あと数日で騎士団通いも終わる予定でもとの場所に戻るんだけど。

 それも気が向かない。

 そろそろ退職して、本格的に領地経営の勉強に励まなきゃいけないし。


「来週の私、がんばれ」


 問題は先送りだ。きっと頑張ってくれる。


 着替えていけば親の贔屓目ありの賞賛。いや、どちらかというと組み合わせがいいとかいうやつなのでアトスへの褒めである。

 照れる大男が私の心に直撃である。連れてきて良かったな。


「クレア殿、その、お美しいです」


 言いなれない照れてれが! 尊い!


「結婚しましょう」


 つるんと出てきた。

 時間が止まった。


 無言で母が私を試着室へと押して行き、小言を食らうことになる。そういうのは、罠を仕掛けて、逃げられないようにしてから言うべきで、今は逃げられるかもしれない。甘いと。

 父は父でなんか言っているのかしらぁと気が遠くなる。


 いつもの服に着替えて戻ってきたときには、普通そうだった。父は。アトスはというと生真面目な表情で。あ、これ、断られるやつ? そういう感じ? お友達だったからな……と審判を待つ気持ち。


「クレア殿が嫌でなければ、結婚を前提としたお付き合いを申し込みたいのですがいかがですか?」


「……いいの?」


「ええ。うちも三男となれば婿に出すのが嫌とも言わないでしょう」


 あっさり、婚約が決まった。拍子抜けなくらい。あとはアトスの実家の動向だけど。確か、伯爵家で領地は海の近くと聞いた。そういうのは先に情報収集するべきだろうけど、なんかこう、そういうの度返しでいいと思ったんだから仕方ない。

 そのあたりの交渉は父に任せて、我々は親交を深めるほうがいいだろう。

 ひとまずは、素敵な布地などと戯れるのがいいだろう。なんだか、こっそり両親はいなくなっているし。

 ちょっとだけ、ほっとした。


 最初はぎこちなくもあったけど、一応は仲良くできたと思う。正式に婚約が整うまでは非公表となる。隠すというよりまだ決まってないからと濁す感じの売約済みですよという話はしても大丈夫。

 騎士団長にはそういう感じなのでと明日報告することになった。後々になると揉めても仲裁を頼みにくくなるそうだ。前例があるらしい。


 知人、同僚からの婚約者。

 情緒がついていけない気もするけど。


「今度、倉庫案内するね。表に出してない端切れも溜まってるから好きなの持ってって」


「どうして、そんなに良くしてくれるんです?」


「好きだからかな」


 そのきれいなモノや可愛いものに向ける情熱。確かに感じ取った!応えようじゃないかという気持ちだったんだけど……。

 アトスは驚いたように固まってしまった。


 ……ん? もしや、なんか勘違いされてる? 私があなたを好きだと言ったことになってる!?


「あ、そ、そのっ」


「クレア殿」


「はい」


「あなたを大事にします。一生、大切に」


 すんごい重く受け止められた。あははは……。これは墓場まで持っていく案件。間違っても茶化してはいけない。


「ありがとうございます」


 まあ、そういう扱いをされるのも悪くはないので良しとしよう。


 アトスが言うには、元々は騎士ではなく仕立屋になりたかったんだそうだ。それなら確かに女性ものを仕立てる職人もいる。うちも何人か雇っているし。しかし、貴族の出身、それも困窮しているわけでもない状況で弟子入りは難しかったそうだ。

 言われてみれば働かなければいけない次男以降も色々制約がある。暗黙の了解というやつだけど。男性も職業選択の自由はあまりないらしい。


 女性もあまり選択の余地はなかったりするんだよね。

 うちは、小領地かつ家業ありなので私も働きに出され修行してこいとお城に送り込まれた例外中の例外。ただ、そこに選択の余地はなかった、というわけではない。お針子さんになるの、お店継ぐのと主張した結果である。そうでないなら、別の道も選べなくもなかった。なんせうちの兄は俺、学者になる! と勝手に留学決めてくるしさらに婿になるって決めてくるし……。 

 他に伯父とか叔母とかもなんか行商人とか、新素材を求めて冒険に出るようなアグレッシブさがある。

 古く格式があるようでない。それがうちである。

 微妙に貴族のお嬢様たちとも話が合わないのはこの辺りの要因がある気がする。結婚する気もなかったし。

 考えれば考えるほど貴族らしさとはいったい、という無限地獄に。うちにないのは確かである。

 あるのは長い歴史くらい。


「……血統が古く、続いている名家で押しましょう。うちの親族のアレコレ知られたら婚約断られる。

 保守派の目の仇にされちゃう」


「そこまでではないと思いますよ。たぶん」


 いささか不安になってくるのは仕方ない。

 愛想が良い。しかし、胡散臭いとも言われる父の手腕にこれほど不安になった日はない。商談には向くが貴族的話し合いにはちょっと×が付きそうだ。

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