第2話 好きなもの

 うちには兄が二人いる。

 長兄は文官となるべく他国に留学していた。次兄は騎士団で怪我して退役した。

 どちらも残っていれば家を継いでくれるはずだった。

 ところが、次兄は怪我の原因となったお嬢さまに熱烈に求婚され、それならと婿に行った。長兄がいるから大丈夫と思っていたら、先月、長兄から連絡が来た。

 こっちで結婚するからって!

 留学先の先生の娘と仲良くなって結婚することになったそうだ。学者になるとかふざけたことを抜かしている。

 結果、残ったのは私だけ。

 私は未婚の針子で実家が運営している店を継いでいくつもりだったのである。貴族の娘だからといって結婚しなくてもよいと言ってくれた言葉に甘えて、そのうちに弟子でもとって弟子に店を譲ってという将来設計までしていた。全部、無に戻った。


 呆然としていた私に親は貴族位は返上してもいいし、と言ってはいた。しかし、一応王国設立時から残っているうちの家系というものを潰えさせるのは気が引ける。返上しても両親の老後とか考えなきゃいけなくなったわけだし……。あと、今までお嬢様と慕ってくれた領民どうするよ、というところもある。小領地でも彼らのことも考えねばならない。

 次兄はちょっとは不憫に思ってくれているのか、老後資金とか援助するよ? と言ってはくれたが婿に行った手前それほど大っぴらにはできないだろう。


 悩みに悩んだ末に婿! 今すぐ婿! となったのである。


 それで悩んでぼんやりして針をなくしたのだから、目も当てられない。まあ、あちこちにめぼしい男はいないかと潜り込めたのはいいけど。悲しいことが判明した。

 使用人は独身ばかりではない。いいなと思う人はもう先約があったりすでに売約済みだった。

 これは、と思っても他の場所では評判が悪かったりする。

 概ね良物件というのは外に出回らず、出回ってもすぐに捕獲される。と過去に友人が嘆いていたが、同じ目に合うとは思わなかった。


 騎士団に行ったのもそういった下心も含まれている。大体次男以降が入るところだしね。

 というわけで、ほんといいの? とびびるアトスに約束を取り付けた。代わりに刺繍の意匠を一つ教えてもらうことにして。騎士団所属ということで家も住処も血縁関係も全部わかるので安心である。まあ、格差がありすぎて何かあって揉み消される懸念はなくもないけど。

 本人を見ているとそんな感じはしない。

 お互いの休みを合わせると翌月になりそうで、それまでに友好関係をあげておきたい。

 夫候補にならなくても、友達にはなれそうだから。


 私は家から持ち出していた特選50色を手土産に今日も騎士団寮に行く。あんまりちまちま縫うのは好きではないと手をつけずにいたが役に立ちそうでなによりである。

 裁縫室とされている部屋に案内されたがアトスはいなかった。

 洗濯室から繕い物の確保をしている途中だろうと言われてそちらに案内してもらう。こっちにも洗濯の鬼がいるらしい。

 それだけでなくこの騎士団には家事にドはまりした男性が色々いるそうだ。道理でこの寮はきれいでいい匂いがするわけだ。


 女性がいないから仕方ない、そうだ、仕方ないのだと言い訳して色々しているかと思うとちょっとかわいい気がした。

 秘密ですよとにっこり笑った顔が超怖かったのはさておこう。世間的に家事が得意なそれも貴族の男性というのは外聞が悪い。それはちょっと男性より稼いでましてというお嬢様と同じくらい。ちなみに義理の姉がそうである。義姉の場合、一人娘で家業を手伝うということの一環でそれほど非難されているということでもないけど。


 洗濯場で綺麗に洗濯されたものを回収していたアトスと無事会えた。


「こんなところまで連れてきて」


 アトスは嫌そうな顔をして案内してくれた人に苦情を言っていた。私は少々肩身狭い。大人しく待っていると言えば良かった。案内しますかと言われて好奇心に駆られてついていったのがダメだった。


「もうしばらく居そうだし、うちの中身を勝手に探られるより公開したほうがましだろ」


「団長はそれでいいって?」


「副団長には黙っておけだって」


「三日後に裁きが下る」


「捌かれるかもね。三枚くらいに」


「増えたら仕事がいっぱいできますよねぇってところか」


 ……その副団長に会う前に私は撤退しよう。兄曰く、くそ真面目、であるらしいので。

 団長はそのお父さんみたいな感じだったので親近感はある。ただし、王弟殿下。なんでも団長の規定に王族限定ってあるらしく、法改正もされず今に至るそうだ。最初は裏切りのない相手として選んだんだろうって話らしい。

 次代に継ぐ前に規定を変えるつもりだけど、保守派が抵抗しておりという色々もあるそうでまだしばらくはこのままっぽい。


 ……それにしても。


「お二人とも大きいですね……」


 頭上で会話が飛び交ってる。騎士団の人はもともと大きい人が多いが飛び抜けて大きい二人だ。

 はっと気がついたように見下ろされる。


「子供になったみたいです。

 アトスさんのご用事が終わったのなら、戻りません? 皆さまのご迷惑になりますし」


「そ、そうだな」


「……ドアは開けとけよ。何か心配になってきた」


「なにがだっ!」


「なんとなく?」


 ドアを開けとくとしょっちゅう中覗かれるんだよね……。


 案内してくれた人も一緒に裁縫室に戻ってくる。なお、洗濯済み繕い待ちの服は大きなかご一つ分あった。いつもより多いらしい。いつも出さないやつが出してきたそうだ。

 ちょっと靴下穴開いてても履けるじゃん? とかいうヤツいるらしい。

 そんで、女の子に繕ってもらえるの!? じゃあ、よろしく! と出してきたらしい。うちの兄みたいな輩だ。


 それにしても生真面目ですよという顔をして護衛をしていたりする人のうちの何人かは穴の開いた靴下を履いていたのかと思うと笑える。

 シャツのボタンを付け直したりしながらそんな話を聞くのも悪くはない。


「……よく高速で縫いながら、話せるな」


 案内してくれた人、クリスがここにいるなら作業せよと押しつけられた繕い物に苦戦していた。彼は料理が専業らしい。退役したら料理屋やってみたいという夢があるそうだ。


「しないと普通に終わらないんですよ……。ドレスなんてフリル地獄。ひらひら一枚に何縫いすると思ってるんですか」


「刺繍の進みの鈍さもしらんだろ」


「次からはもっと心を込めてドレスを褒めるとするよ。

 さて、邪魔者は退散することにしよう」


「あと何枚か縫ってもらってもいいですけど」


「飽きた」


 ちっ。作業員が減った。

 そのまま黙々と繕い物の山を崩す。盛大に破れたものからちょっとした穴までいろいろある。シャツやジャケットも何種類かあってそのたびに糸の色も変えなければならない。


 そう、糸。


「アトスさんに渡したいものがあったんです」


 手土産をすっかり忘れていた。

 私が出してきたものに彼は驚いたようだった。


「これ、くれる!? 正気!?」


「全部じゃないよ。三本くらいずつ欲しいの選んでもらって」


「全色いいの?」


「自分でえり分けるならね……」


 喜色満面というのはこういうものだと見せつけてくれた。

 迫力が違うな。ちょっとびびった。兄は騎士やってたにしては細かったから。僕はチャラい担当などと笑っていたけど。こうして騎士団に来てみるとあの兄、超絶浮いていただろうと想像できた。

 ただ、居心地が悪くはなかったよと言っていたのはちょっとわかる。

 外ではちょっと変かもしれないけど、ここでは特にいわれることもなさそうだ。色んな好きがあってもいいという感じ。

 まあ、長くいると違うのかもしれないけど。

 でも。この人はここにいて、楽しそうに見えた。


 そう思うとちょっとばかり悪い罠を仕掛けている気がしてきた。

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