日本語は終わった


「日本語はもうおしまいだよ!」


 絶望の表情で、由紀は叫んだ。


 誰もいない、放課後の教室。友達として、ここは「どうしたの?」と聞いてあげるべきではあるのだろうけど——そう思いながらも、少々面倒くさい気持ちで、私は彼女を見上げる。


 しかし、彼女は私の相づちなど要らなかったようで、


「ねえ、楓は知ってる? 人間がぱっと見で認識できるのって、最初の13文字だけなんだって!」

「うん…?」


 13文字ルール。それは私も聞いたことがある。だから、記事の見出しや広告文は13文字に収めるんだって——。


「うん、じゃないよ! 分かんないの?! これは日本語の終わりだよ! 終焉だよ! だって——」


 由紀は文字通り、膝から崩れ落ちた。そして、ぼそりと呟く。


「楓は幼稚園からの私の友達…じゃない」

「え?」


 困って、私は聞き返した。私たちは幼稚園からの友達だ、それなのに——。


「楓はいまも淳のことが好き…じゃない」

「ちょ、何言って——」


 私は顔を赤くして——そういうことかと、がっくり肩を落とした。


「…わかった?」

 そんな私を、由紀は地獄の表情で見上げた。


「いい? 楓。日本語は、最後までしっかり読まないと分からない言語なんだよ。そうしないと、最後の最後で真逆の意味になる言語なんだよ! それなのに、それなのに13文字だなんて、ああ、もう…もう日本語は終わりだよ!」


 叫び、わっと顔を伏せる由紀。


 そんな彼女に、ややあって、私は手を差し伸べた。


「大丈夫。由紀の言葉、私は最後まで聞いてあげるから」

「…13文字だけじゃなくて?」

「うん、13文字じゃなくて。全部」

「楓…!」


 私の手をしっかり握り、由紀は涙目で立ち上がった。

「絶対、絶対だよ? ラインも、メールも、13文字だけじゃなくて、ちゃんと読んでよ?」

「わかった。わかったから」


 嬉しそうに手を握りしめる由紀に、私は一つ息をつき、通学カバンを持って立ち上がった。


 そもそも13文字ルールは、不特定多数にアピールするための手法であって、由紀が考えているようなことじゃない。ましてや、日本語の終わりだなんてそんな話じゃない。


 それでも、そんな馬鹿げた話に付き合うのは、由紀と私が友達だから。


 顔も知らない誰かじゃない、急な思いつきで落ち込んだり、喜んだり、いつだって騒がしくしている由紀のことを、私は13文字ではまとめられないほどに、大好きだからだ。

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