理由
「私がこうなってしまったのはね…過去のある出来事のせいよ。私は本来、虫も殺せないような優しさを持っていた。それなのに、ある日あいつらがやってきて——」
その頭に角を生やした魔物は、悲しい物語を語り始めた。
「あいつら」に蔑まれ、傷つけられたこと。立ち上がろうとしても、それすら許されなかったこと。生まれつきの特徴のせいで、生きていくことさえ難しかったこと。
「あの出来事さえなかったら、私は、私はあんたと同じように〈光の側〉にいた! それなのに、それなのに——!」
涙ながらに語る魔物の前で、正義の勇者はその手の剣を持て余し、攻撃を躊躇っている——ように見えた。
がしかし、次の瞬間、面倒くさそうにため息をつくと、一息にその魔物を斬り殺した。そして、その屍を一瞥もせず、遙か彼方の魔王城へと急ぐ。
彼女が魔物になった理由——それは涙なしには聞けない物語であり、この長い旅路の中で、勇者が対峙してきた魔物たちにもまた、そんな生き方しかできない悲しい理由があった。
魔物だって、最初から悪いものだったわけじゃないんだ——初め、心優しい勇者は悩み、苦しんだ。
けれど、あちらに理由があるのなら、こちらにだって理由はある。
だというのに、魔物たちは自分の「理由」を押しつけてくるだけで、こっちの理由には無関心なのだ。
ならば、こっちはこっちで魔物に理由を語ってみるか——そう思った時期も、勇者にはあった。
しかし、そうしたところで何の意味があるだろう?
魔物が勇者の「理由」を聞いて、はいそうでしたかと引き下がるわけがない。
そして、それは勇者も同じだ。
そんなわけで、「理由」ある魔物を倒した勇者は、ことさら憂鬱な気持ちを抱えて、魔王の元へと向かわざるを得ないのだった。
いままで倒したどんな魔物よりも凶悪で、強大な魔王。
そんな魔王の「理由」は、いままで聞いてきたどんな物語よりも暗く、切なく、可哀想で、とても辛い話なのだろうから。
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