殺意の先
ああ、そうだ。刑事さん、あんたの言う通りだよ。妻は俺を下に見ていた。役立たず呼ばわりしてきた。それだけじゃない。あいつらに悪口を吹き込まれ、血が繋がってるはずの子供たちですら、いまも俺を無能扱いしてる。
でも、違うんだ、刑事さん。俺があいつを殺したのは、そんなことが理由じゃない。馬鹿にされ続けて、とうとう耐えきれなくなったんだろう——いやいや、忍耐なんて、とっくに切れてる。結婚してから、二十五年も経ってるんだ。そんなに長い間耐えたのに、いまになって急に復讐しようとはならないさ。
なら、どうして殺したのかって?
刑事さん、俺はさ、ずっと夢を見てたんだよ。そう、妻を——あいつを殺す夢さ。
鮮血がほとばしり、悲鳴が夜を裂く。
俺を見上げるあいつの顔は、醜く歪んで震えてる。だというのにその口から出るのは、この期に及んで、罵詈雑言だ。俺を責める声。この役立たず、出来損ない! あんたとなんか結婚しなきゃ、あたしの人生はもっとましだったのに!
——あああ、うるさい!
その口めがけ、俺はナイフを振り下ろす。何度も、何度も、その口が永遠に動かなくなるまで。
そして、俺は動かなくなったあいつを見下ろし、立ち尽くす。
夢はいつもそこで終わりだ。
…何だい、刑事さん? 夢でも殺せたならいいんじゃないかって? 夢でも殺せなかったっていうんなら、イライラが募るのも分かるが、そうじゃないならストレス発散になっただろって、そう言うのかい?
そうだな、俺も初めはそう思ってたよ。どんなに現実が辛くても、夢では殺せると思えば良いじゃないかって。
けどな…違うんだ。
そんな夢を繰り返し見るうちに、俺はあいつを殺すことに慣れちまった。慣れる、と言ったら変かもしれないが、あいつを殺すことに何も感じなくなっちまったんだ。
これは夢で、どうせ現実は変わらないって達観したわけじゃない。そうじゃなく、俺はあいつの命を奪うことへの興味をなくしちまったんだ。
と、同時に、俺の頭は別の興味に支配されていることに気づいた。
そう、刑事さん、これこそ俺があいつを殺した理由なんだ。
あいつを殺した後、俺はどんな感情を抱くのか。
それは、やっとあいつから解放されたという喜びなのか、分かり合えなかった悲しみなのか、殺人者となった己への恐怖なのか、それとも、犯した罪への後悔なのか。
何百回、何千回と、夢であいつを殺すうちに——刑事さん、どうしても俺は、それを知りたくなっちまっただけなんだよ。
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