料理対決
勝てば「料理王」の名をほしいままにする——料理バトルの最終ジャッジは、挑戦者の一皿を待たずして、既に下されたかのように思われた。
なぜなら、戦いのテーマは「マグロ」。
現王者であり、世界一予約の取れない高級レストランとして有名なオザキ・バロバロッティのオーナーシェフ、巻き髭のバロバロッティが使用したのは、その中でも特に高級とされる黒マグロ——別名・海の黒ダイヤの中から、さらに選び抜かれた黒マグロ——別名・ブラッキストダイヤモンドだったからである。
金に物を言わせた一皿。これでは、田舎町の食堂の息子だという挑戦者に勝ち目はないだろう——誰もがそう思った、そのときだった。
「おいおい、テーマがマグロだからって、そのままマグロを出す料理人がいるかよっ」
威勢よく、挑戦者の青年が、己の一皿を差し出した。
「こ、これは……!」
審査員の一人が、驚愕の表情を浮かべる。それにつられて、他の審査員も皿を覗き込む。
尋常ならぬ様子にざわつく会場。バロバロッティの余裕の笑みが、顔から消える。
このパターンは——!
そのとき、会場にいるすべての人間の頭によぎったのは、ある光景だった。
俺は、私は、僕は、知っている。これからあの青年は、誰にも思いつかないようなとんでもないアイディア料理を披露し、審査員を唸らせ、バロバロッティをぐうの音も出ないほどにやっつけるのだと。
そう思えば、あのわざとらしいまでに嫌味で高慢ちきなバロバロッティの態度も、キャラ付けでしかなさそうな巻き髭も、すべては彼が敗北するという伏線でしかない——。
「オレが出すのは、これだ! 『地下のマグロの食堂風』!」
「ち、地下のマグロ?」
「聞いたことないぞ……」
どよめく会場を尻目に、青年は鼻の下をこすり、得意げに料理の説明をした。
「マグロって魚は、ずっと泳いでねえと死んじまう、それはバロバロッティのおっさんも説明してたけど……そんなやつが地下にもいるんだぜ? それは——モグラだ!」
「モグラ?」
「そうさ!」
青年の勢いは止まらない。
「モグラってやつは、ひたすら土を掘って、餌を探し、食ってないと、死んじまう生き物なんだぜ! だから、通り道に竹の筒なんかで作った罠を仕掛けておくと、出られなくなって、そのまま空腹で死んじまうんだ! オレの田舎にはこいつがいっぱいいてよぉ、畑を荒らすから、父ちゃん、いつも怒ってたっけ——」
遠い目をする青年に、会場のざわつきは、いまやぴたりと収まっていた。
会場の予知もどこへやら、勝者は巻き髭のバロバロッティ。
地下のマグロ——そのネーミングセンスこそ、料理バトルにふさわしかったものの、モグラ料理が満場一致の勝利を得るのは、ここ日本では、さすがに難しいようであった。
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