光の下に出れないボクらは。
西奈 りゆ
1.ボクら
「シンディ」はボクが今まで会ったどの女の子とも違っていたし、彼女にとっても、僕はそう映っていたんだろうと思う。だからあの日初めて会ったのに、ボクはずっと前から、シンディを知っていたような気がした。多分、シンディも同じだったんじゃないかな。あの日彼女は、そんな顔をしていた。
そうして生まれたのは、世間には閉ざされた、けれど小さな魔法が訪れる時間だった。そのことを、書こうと思う。
※
容姿も性格も地味で、どちらかと言わずとも多分陰キャだと思われていて、そんなボクがパンクファッションショップの前で、それも女物の商品に見入っていたという噂は、娯楽のない田舎の高校の中であっという間に広がった。
当然だ。だってそれは、本当のことだったんだから。見えない嘲笑はやがて教室中に伝播し、明確な悪意として矢になって放たれる、その寸前だった。
背後の気配を察した僕は、何も持たずに教室を飛び出した。校舎から出ると、空からズタズタにされた、ボクのカバンが降ってきた。それきりボクは、学校に行っていない。
国道の横に並ぶ木々。その小道から入って、私有地の森を進んだところに、ボクらのアトリエはある。コテージ、と言ったらいいのだろうか。丸太が積み重なった重厚な木造家屋で、傍には大きな窯が構えてある。
ここは、陶芸家でもある、シンディの叔父さんが所有している物件だ。
作品が並ぶ時期には立ち入らないこと、家屋に傷をつけないことを条件に、使用許可を取っているそうだ(実際、シンディは正式に合鍵を持っている)。
自分と同じく親族から変わり者扱いされるシンディを、その叔父さんはとかく可愛がっているらしい。
瓶底眼鏡に隠れて気づかれにくいけれど、シンディの目は大きくて、まつげも長い。たまにコンタクトをつけていると、別人にも見える。とはいえそれ以外は、卵顔のシンディは特に特徴のない平凡な顔立ちをしていて、さらにいつもいつ流行ったのか分からないようなシャツかトレーナーにジーンズの組み合わせで、正直、野暮ったい。ただ、下地は出来上がっているほうだと思うので、真剣にやれば、けっこうメイク映えする顔立ちなのではないかと思っている。
ちなみにシンディは、片目だけ奥二重なのを気にしていて、学生のうちにプチ整形をして、両目とも綺麗な二重にすると言っている。けれどボクは、シンディがバイト代とほとんど同額の金額を、愛するカメラに注ぎ込んでいることを知っている。
「動くな」
本気のときのシンディは、口調にけっこうドスが効いている。いつものことなのに、四歳上で、わりと長身のシンディに正面からすごまれる格好になって、ボクはいつになってもこの瞬間に慣れない。
「あー、また取れちゃった。これ、そろそろ付かなくなるよ。換えるか」
まばたきした瞬間滑り落ちたつけまつげを拾い上げて、シンディはやれやれとため息をついた。
「マジ、目が痛い・・・・・・」
「バッカじゃねぇの? そんな労苦を惜しんで美が手に入ると思ったら、大間違いだっての」
幾度ものチャレンジが失敗に終わり、シンディの口調は辛らつだ。けれどその原因はほぼボクにあるので、ぐうの音もでない。脱毛クリームを塗りたくったうえで容赦なく歯ブラシでごしごしこすられた鼻の下と、あご部分が、いまだにびりびりと破れるように痛い。そのうえ、普段眼鏡すらかけたこともないまぶた部分に指が迫ってくる圧迫感と、目の下を指で押される、恐怖に似た不快感。ないとは思うけれど、つい、手違いで爪が目に・・・・・・なんて嫌な場面を想像してしまう。
けっきょく、孔雀のようなつけまがボクの目元を彩ったのはそこから二十分もあとのことで、シンディは終わってもいないのに「もう撮ってよくない?」とまで言い出した。言いたいことは分かるけれど、鏡を見た後のボクも、メイクに集中しているときのシンディ以上に強情だ。
「なんか、違う。もうちょい、悪っぽく、目つき悪い感じにしたい。なんか微妙に、フェミニンっぽい」
「はあ!? また一からやり直せっての?」
「いや、まあ。そうなんだけど」
「そういうことはさっさと言ってよ! あー、また一からか」
途中経過を鏡で見たいと再三言ったのに、「いいから、動くな。あたしは集中してんだ。失敗すんぞ」と脅しをかけてきたのはシンディのほうだ。ボクのオーダーの仕方が悪かったのかもしれないけれど、ボクだけの責任ではないだろう。
「下地から作り直すから、さっさと落としてきてよね」
ボクが渡したボーカリストの写真を何枚もスライドさせながら、シンディが背中で声をかけてくる。頷いて、ボクは浴室横のガスのスイッチを入れた。
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