〇東都出版社GYAGS編集部 星 直理

「星! お前、本当にこの記事、校正したのか!? たった3ページだけなのに、

なんでこんなに誤字が多い!!」

「す、すみません! 編集長!」


はぁ……もう最悪っ! 

確かに校正は編集の仕事だけども、赤ばっかり入れさせるような

ライターはもう仕事辞めてほしいわっ!!


……まぁこの記事に関しては、音楽ライターではなくて

ミュージシャンが書いているものだから、

その怒りすら発散できずにイライラするしかないんだけど。


とりあえず、あと4:00の締切までに直さないと!

あたしはコーヒーブラックを一気飲みすると、

赤ペンをガッ! と握り、修正作業にあたった。


――1時間後。

なんとか原稿を間に合わせたあたしは、報告があとになってしまったけど

このコラムを書いたミュージシャンに連絡を取った。


「あー、すみません。東都出版GYAGS編集部の星です。

3+のKOUさんいらっしゃいますか?」


あたしは会社の電話で、リロードレコーズに電話する。

うちの会社の番号は控えられているし、あたしの名前も知ってもらってるから

すぐにつないでもらえる。


保留音が鳴ってしばらく。

聞きなれた憂鬱な声がした。


『……はい』

「あ、KOUさんですか? 星です。この間あげていただいたミュージシャン対談の原稿

なんですけど……」

『なにか?』


なにか? じゃねーしっ!!

お前なぁぁぁっ!! どんだけ編集に迷惑かけてんだよ!

ミュージシャンは音楽だけやってりゃいいってか!?

そんなら最初からインタビュー記事なんて書くんじゃねぇっ!!

……という怒りを抑えて、あたしはにこやかに話す。


「今回の原稿なんですが、こちらで大幅に変更させていただきました。

大変申し訳ないのですが……」

『え、そうなの? わかった……』


だーかーら! 『わかった』じゃねーよ!

お前はインタビュー記事を書いた自覚すらねぇのかよ!

はぁ……毎月このやり取りするのは、さすがに神経使うわ……。

記事を書いて金をもらってんなら、それなりの内容書けって言ってるの、

わからないの!?

3+だかなんだか知らないけど、元はコスプレゾンビバンドでしょ!?

それを何小難しいこと書いてんのよ! 猫の話で3ページって、音楽雑誌じゃねーよ!

あたしたちや読者が欲しいのは、アンタがしたい雑談じゃなくて、音楽に対しての

姿勢だとか、他のアーティストの評論とかなのよ!


「次回からはもっと、対談するアーティストの内面をえぐり出すような記事を

お願いしますよっ!」

『……あの』

「なんですかっ!」


KOUとかいうどうでもいい元・コスプレベーシストは、

キレかけている私に何か言いたげ。

ったく、一体何なのよ。

編集部が厳しすぎるとか、苦情は受け付けないんだから。


『今度のインタビュー相手なんですけど、地獄の殺人鬼の

テツなんてどうでしょうか』


ちょっと意外な提案で、私はごくりと唾を飲んだ。

今まではこちらでインタビューするミュージシャンを決めてたけど、

今回はKOUのご指名だ。

それにKOUの所属する3+とテツのいる地獄の殺人鬼は同じ、

リロードレコーズ。

これは社長か誰か、上の人間の差し金?

うちの雑誌を宣伝媒体に使おうって魂胆かしら。

でも、GYAGSの編集としても決して悪くはない話だわ。

兄弟バンドのメンバー対談。両方のファンが買えば、いつもより部数はあがる。

うまくいけば巻頭いっちゃうかも! そしたらあたしの出世につながるっ!

……だけどあたしが即決できることじゃない。


「編集長と相談してから答えを出すのでもいいでしょうか?」

『……はい』


一度電話を切ると、あたしは編集長の元へすぐさま行った。


編集長はあたしの話を聞くと、即OKを出した。


「面白いじゃないか、それ! 後輩にインタビュー。

しかも最近売れ始めてきてる地殺のボーカルだろ!?

断る理由なんてないだろう!」


OKが出たあたしは折り返しKOUに連絡する。

KOUはあたしにインタビューの時間と場所を指定した。


『3月19日に……。ただちょっと問題が……。

地殺、その日清里で合宿しているんです……』


合宿!?

それも面白いかも。

あたしはKOUにたずねた。


「その合宿って、取材できますか? それと、単独取材って形にできますかね」

『特殊な合宿なんで……目立つ形での取材はできないかも……。

取材もライブのあとになるかと……

単独取材というか、他のライターさんも来ますけど、目的が違うから……

多分合宿の話を聞けるのはGYAGSだけかな』


へぇ、『特殊な合宿』で、単独取材なんておいしすぎるでしょ!

清里? どこだろうが関係ない。

これはたとえ自分の有休を使っても、行くしかないよ。

あたしは1泊2日の泊りがけで、地殺の取材に行くことを固く決めた。


当日。

取材許可を正式に受けたあたしは、東京駅のホームに立っていた。

KOUが言うには、地殺のメンバーはなんでか知らないけど

みんなで合宿……というか、清里のロッジで働いているらしい。

は? 意味不明なんですけど、ってちょっと思ったんだけど、

説明を聞いてみると『そういうわけか』ってちょっと納得してしまった。

どうやら事務所側が地殺のチームワークを強めるために、

みんなで協力してロッジの仕事をするらしい。

まぁ、地殺の仲が微妙だって噂はあったけど、

さすがリローズレコード。やることがぶっ飛んでいる。


「それにしてもKOU、何してんのよ……遅刻!?」


あたしは腕時計を確認する。

電車の出発時刻まではまだ10分あるけど、遅れたら次の電車は

1時間後だ。


「……もうっ!」


待っていられなかったあたしは、携帯を手にする。

電話帳を開くと、『ゾンビ KOU』と書かれたところをタッチする。

耳に当てると、いつも通りのやる気のない声が聞こえた。


『……はい』

「KOUさん? 今どこですか? 電車、行っちゃいますよ?」

『今乗り場に……あ、いた』


プツッと電話は切れた。

あたしのこと、見つけたのかな。


「……すみません。ボーッとしてて気づきませんでした」

「こ、KOUさん?」


あたしは彼の姿を見て、ちょっと驚いた。

いつもはボサボサ頭にだるっとした外国のバンドの黒Tシャツ。

それにダサい、ケミカルウォッシュのジーパンを履いている彼が、

今日はちょっとお洒落。

黒かった髪を茶に染め、軽くウェーブをつけている。

それにフチなしメガネをかけると、インテリっぽい。

服装も、アイロンがかかった白シャツに、ニット。

高そうなコート。ミュージシャンというよりも、完璧に若手社長。

ってか、いつもその格好で来いよ! って感じだった。


「……変ですか? やっぱり」

「いや、変じゃないですよ。妙に似合ってます」

「『妙に』?」


あ、余計なこと言った。

あたしは即座に訂正する。


「えっと、ミュージシャンっていうよりも、どこかの大きな会社の

御曹司みたいで、驚いてたんです。

この格好だったら、KOUさんだってみんな気づかないかもしれませんね」

「……まぁ、そのための変装ですから」


変装? ああ、そっか。

ロッジで働いている地殺のメンバーにバレたら困るのか。

でもあたしもわからなかったくらい、印象も変わってるんだから

みんなも気づかないと思う。……多分だけどね。

いつもこのくらいお洒落しててくれると、いいんだけどなぁ。

ま、バンドの黒Tシャツっていうのはミュージシャンらしいっちゃらしいけど。


「行きましょうか、星さん」

「あ、はい」


置いていたボストンバッグを取ろうとしたら、

さっとKOUが手にする。

……え?


「……重そうだったんで、持ちます」


あ、そう……。

KOUにそんな気遣いができたなんて、意外。

あたしのバッグの中には、録音機材とかパソコンとかたくさん入ってて重いのに、

KOUは軽々とそれを持つ。


「それと……俺のことは『小林』と呼んでください。

地殺のメンバーは俺の名字までは知らないから」


小林……。

フツーだな。あたしの名字なんて『星』だよ?

昔から『スター』なんてあだ名をつけられて、親も無駄に気合いいれちゃってさ。

小さい頃はこれでもピアノを弾いてたんだ。

しかもなんだかんだで音大まで出てたからね。

今から考えるとすっごいムダだったけど。

音大行っても、しょせんプロになれるのは一握り。

あたしみたいな半端者は、なんとか音楽以外に仕事を見つけるしかなかった。

なんだかんだ大手の出版社に入社できたのはラッキー。これで生活できるもんね。

さらに音楽関係の部署に入ったのも幸運だった。

軽音関係の知識はあまりなかったけど、先輩たちのあとをついて回って、

ようやく今の地位までこられた。

……『こられた』と言ってもまだ平社員だけど。

それが、『小林』なんかにいいように扱われるなんて……悔しい。

悔しいのは、あたしが就けなかった音楽関連の仕事に就けたことじゃない。

いつもはボーッとしてて、フラフラしてるのに、

ちゃんとした格好をすれば許せないほどカッコイイからだ。

くそ、顔が熱い。


「どうしました? 風邪でもひきましたか?」

「ひいてませんっ!」


KOU……小林クンはあたしのおでこに手を当てようとする。

それを私は軽く避けた。

イケメンにしか許されないことをするなっての。

……まぁ、今日は確かにイケメンなのかもしれないけど!

ああ、もう悔しいなぁ。

そんなモヤモヤした気持ちを抱えながら、私たちは一路清里へと向かった。


清里駅。

駅前は大きな広場になっている。

駅舎の横には大きなSL。

東京からちょっと離れただけで、こんな空気のいいところがあるんだなぁ。

あたしは大きく息を吸う。

すると、小林クンはあたしの顔を見て微笑んだ。


「都会から離れてみて、どうですか? いいところでしょう?」

「うん、そうね……あ、コ……小林クンも気分いい?」

「ええ。ここは俺の地元の長野にも近いですから」


う。

この笑顔はなんかムカつく。

KOUはあたしよりちょっと年下なはず。

なのに、大人の余裕みたいなのを感じるんだよね……。

多分服装のせいなんだろうけど。

髪を茶にしてウェーブかけただけで、そんなに印象変わる?

はぁ……もう無駄にドキドキさせないでよ。

本当のアンタはそんなにイケメンじゃないでしょ。


「今日泊まる場所なんですが……」

「ああ、地殺が働いてるところですよね。どんな場所なんですか?」

「それは行ってみてのお楽しみ、です」


唇の前に人差し指を置いて、ウィンクする小林クン。

……だからさぁ、アンタそういうキャラだったっけ!?

もっともっさ~としてて、ボーッとしてて……起きてるか起きてないかすら

わからないヤツじゃなかった!?

くっそ、なんだか調子狂うなぁ。

バッグも小林クンに持ってもらってるし……。

もう、なんなの!?


そんなあたしの思いを知らず、小林クンはロッジへとあたしを

案内する。

着いた場所は、すごくきれいで整っているログハウス。

ここがロッジ?

部屋の数は8つくらいか……。

ここで地殺が働いてるって、本当なのかな。

ドキドキしながらフロントに立っていると、

誰か下のレストランから小走りで来た。


「……お待たせしましたっ!」


うそ、マジで地殺メンバー!

しかもテツって……KOUの正体バレない!?


「予約していた小林です」

「お待ちしておりました!」


うそ、気づいてない?

あたしは気になって、チェックインのカードの内容をのぞきみる。

『小林』は本名だけど、下の名前は偽名。『幸太郎』って……。


「小林様、お二人で承っております。

お部屋に案内しますね!」


……え?

ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ!

テツはあたしたちの荷物を両手に抱えて、部屋へと案内する。

案内されるのはいいけど、これってどういうこと?

あたしはチェックインしてない。

ってことは……。


「ごゆっくりどうぞ」


バタン、と扉は締められる。

残されたのは、あたしとKOU。

え?

……えぇっ!?

あたしとKOU、同じ部屋なの!?

それは聞いてないよ。確かに今回のインタビューとかすべてのことは

KOUに任せてたけど……これは気まずいでしょ!

ベッドはツインだけど、同じ部屋って……。


「こ、KOUさん、あたし、部屋取り直してきますよ。

アーティストと記者が同じ部屋ってよくないですから」

「……俺は気にしませんけど」


こっちが気にするんだってば!

あたしが荷物を持って、ドアを開けようとしたら

KOUはそれを止めた。

あたしの後ろから、バタンと扉を閉めたのだ。


「星さん、それに今日は満室らしいですから、行ってもムダですよ」


うそ、マジ!?


「そんなぁ……」

「嫌ですか? 俺と同じ部屋」


……だからアンタはそれでいいかもしれないけど、

こっちが変に意識しちゃうんだってば。

KOUはそんな気なんてまったくないんでしょうけどね!

あたしだって、いい歳の女だから……しかも出会いなんてないし、

どうしても意識しちゃうんだよね。

情けないな……。

ため息をつくと、KOUはなぜかあたしに近づいてきた。


「……別に深い意味なんてないですから」


……はっ!? それはそれでムカつくんですけど!!

もう、どうしたいのよ……アンタは。


「とりあえず、この1泊2日は俺たち恋人同士っていう設定で

お願いします」

「は!? あたしとアンタが!?」

「……だって、そうしないとみんなにバレちゃうじゃないですか。

星さんは嫌かもしれないですけど……」


だからそうやってしょぼんとしないでって。

こっちが罪悪感わくじゃない。


「あたしも……取材があるから。宿を取ってもらったことには

KOUさんに感謝……してます」

「ホントですか!?」


ぱあぁっと笑顔を見せるKOU。

いつもはローテンションで、ボーッとしてるのに珍しい……。

そんな笑顔を見せられると、あたしだって期待に応えないとって

余計なこと思っちゃうじゃないの。


「今回だけですからね? こういうのは」

「もちろんですよ。……今回で落としますから」

「え?」

「いえ、なんでもないです。メシまで寝てますね」


はぁ……。KOUは本当に何を考えてるんだか。

でも、地殺の働いてる姿は写真に収めておきたいなぁ。

KOUはそのままベッドにもそっと入り込む。


「鍵、持っていくわよ?」


あたしはこっそりカメラを持つと、

ロッジの中を散策することにした。


「ふうん、なかなかお洒落な内装よねぇ……」


ここのロッジは少し変わった作りになっている。

フロントから階段を下りたところに、部屋が8室。

部屋番号の代わりに、野鳥の絵が描かれたプレートが飾られている。

あたしたちの部屋は、カワセミ。

鍵にもカワセミの絵が描かれたレザーのキーホルダーがつけられている。


通路にあるガラスケースには、有名なウイスキー会社の写真が飾られている。


ところで、地殺のメンバーはどこにいるのかしら。

テツはさっき受付にいたけど……。

階段を上って再び受付前に行くが、誰もいないみたいだ。

でも、奥にある部屋には電気がついている。

それに、ボソボソ声も……。

あたしはそっと首を伸ばしてみる。


「え~っと、これがマスカットベリーAで……こっちはブラッククイーン。

ベリーAはライトボディで、ブラッククイーンはミディアムボディ……?

わっかんねぇよ!!」

「落ち着けって! 5分で覚えたら、問題出しあうぞ。しかし翔太の持ってたこの

チェックシート、受験の時思い出すわ」


あれはテツとギターのヒロ?

ふたりは接客なのかしら。

ワインの名前や種類、味を必死に覚えてる。

テツがあんなに慌ててる様子、珍しいかも。

頭をがしがしかいてるし……。

あたしはその様子にカメラを向ける。

あたしの武器のPENTOXのカスタムVer.の出番だ! 

といっても、すごいものではない。

なぜなら使う本人であるあたしの腕が、グダグダだからだ。

ただ、これはあたしの憧れていた先輩が結婚するために退職するときに

もらった思い出の品。

それに、先輩がカスタムしたんだから、腕がどんなにヘボくても

そこそこうまく撮れる……と思う。

カメラを構えると、ふたりに焦点を絞りカシャリとシャッターを切る。


「ん? 何か聞こえなかった?」


やば。テツが気づいた。

さすが芸能人ね。シャッター音に敏感に反応するなんて。

カウンターの下にしゃがみ込むと、テツをやり過ごす。


「気のせいだろ。それより酒の問題、出題するぞー」

「ええ!? もうかよ」

「だってディナーの時間まですぐだろ。翔太と石坂が厨房で料理してんだから、

負けてられねぇよ」

「……まぁな。一番年下の翔太が俺たちよりも頑張ってるんだし……足は引っ張れないか」


テツはまたパイプいすに座ると、ヒロから問題が出される。

へぇ、意外なこと言葉、聞いたかも。


事前調査……っていうか、あたしたち雑誌社や音楽関係の会社での共通認識っていうのが、

『地殺は仲が悪いらしい』ってことだった。

その原因はドラマーの吉田翔太。

翔太は現役高校生で、大体20歳の他のメンバーとソリがあわないって

もっぱらの噂だったんだ。

だけど『翔太が頑張ってるから、足は引っ張れない』……か。

その翔太と石坂は厨房って言ってたっけ。

厨房とレストランは、受付からまた階段を下りた場所にある。客室とは反対側だ。

あたしはカメラを持って、そっと階段を下りて行った。


「石坂さん! これ、フライパンじゃ盛り付け写真みたいに焦げ目がうまく

つかないんですけど……」

「それはガスバーナーを使うんだよ。貸して」


厨房には、白いエプロンをつけたふたりが、ディナーの準備をしていた。

中からはいい香りがする。

しかもこっそりのぞいてみると、ちゃんとしたフレンチが用意されていた。

もしかして、これもふたりで作ったの!?

すごいじゃない……。


「さすが石坂さん! ホテルの厨房でバイトしてただけあるんですね!」

「俺のは見様見真似。だけど翔太もすごいじゃないか。

デザートとかスイーツをレシピ通りに作っちゃうんだからね」

「えへへ……ありがとうございます!」


翔太は爽やかに笑う。

アー写のときとはちょっと雰囲気違うかも。

いつもは緊張してるのか、表情が固いんだよね。

多分先輩たちにきつーく色々言われてたからなんだと思うけど。

石坂と翔太のこのツーショット、絶対ページに入ってたら女子高生は買うでしょっ!

シャッターチャンスを逃したりなんかするもんか。

あたしは笑顔でお互いをたたえ合うふたりも、カメラに収める。


「あ、そろそろ19:00予約のお客様に食事の用意ができたって

連絡しないといけないんじゃないか?」

「そうですね。受付のふたりにお願いしてきます」


エプロンを取ると翔太がこちらへ来る。

あたしは急いで自分の部屋へと戻った。


カワセミの部屋へ戻ると、フロントから電話がかかってくる。


『お食事の用意ができました。レストランへお越しください』


受話器を置くと、眠っている小林クンを起こそうとそっとベッドに

寄った。


「……ったく、ぐーっすり眠りやがって。ま、忙しくて疲れてたのかもしれないけど」


顔をよく見てみると、まつ毛が長くて顔も整っている。

なによ、こいつ。顔キレイすぎ。

ボーカルのRyuseiが隠れイケメンだってことは有名だったけど、

こいつもなかなか……。


「ん……」


やば、じっと見てたってバレたら、変質者みたいじゃない。

だけどえりもともはだけてて、ちょっとセクシーにも見えるし……って。


「ダメだって! 仕事なんだから」

「……何がダメなの」

「こ、KOU!」


あたしはベッドから立ち上がると、何事もなかったかのように取り繕った。


「べ、別に……あ、ご飯できたみたいですよ」

「……そう」


KOU……小林クンは起き上がり、上着を羽織ると、髪を軽く直す。


「さ、行きましょうか。すごいんですよ? なんでも地殺メンバーが作った料理なんだから」


そう言ってドアを開けようとしたところ、いきなり背後に立たれてびくっとする。


「な、何!?」

「……髪の毛、跳ねてますよ」

「じ、自分で直します……」


髪を手でなでると、あたしたちはレストランへ向かう。


「……別にダメなことなんてなかったのに」

「なにか?」

「いや」


テツに案内されたのは、一番奥の席。

窓際だから、外のイルミネーションが見える。

3月なのにまだ溶けていない雪も、ロマンチックといえばロマンチック。


「いいところですね」

「ええ」


これが仕事で来たんじゃなければなぁ……。

相手だって小林クンじゃなくて、本物のカレシで……。


「……恋人と来たかった、ですか?」


げ、あたしってそんなに顔に出ちゃってる?

だからってわざわざそんな質問するなんて、デリカシーがないなっ!


あたしは翔太と石坂の作った魚料理を食べながら、

ヒロに注いでもらった白ワインをぐいっと飲む。


「そりゃそうでしょ。小林クンも同じじゃないの?」

「俺は……今彼女と来てますから……仮のですけど」


あ、そっか。

あたしと小林クンは一応恋人同士ってことになってるんだっけ。

だったらわざわざ聞くなよっ!

まぁ、あたしの場合、本物の彼氏なんていないけど……。


「おいしいですね、料理も、ワインも」

「そうですね、ワインの種類や味に関しては

さっきテツとヒロが必死に覚えてたけど……」

「あのふたりが? へぇ……」


小林クンは珍しくくすっと小さく笑う。

……なによ。あんたもそんな顔、できるんじゃない。

お酒の力もあってか、どんどん調子を乱されていくような気がする。


「……顔、赤い」

「そうですか? まだまだいけますよ」

「……テツ」

「あ、は~い!」

「ワイン、部屋へ持っていきたいんだけど」

「あとでお運びします」

「……ありがとう」


そんなに酔ったつもりはないけど、

なんだかふわふわしてる。


「部屋に帰りましょう。直理さん」

「ん……」


ボーッとしたまま、KOUが差し出した手を取る。

イスから立とうとすると、ちょっと身体がよろけた。

それをKOUが軽く支えてくれる。


「あったかい……」

「俺もですよ、直理さん」


あたしはKOUに肩を抱かれたまま、部屋まで向かう。


「……あれ? さっきのお客さん、俺のこと『テツ』って呼んでなかったか?」

「気のせいだって。それより片付けだよ!」

「は~い、レイさん」

「ったく……KOUのやつ、一体何やってんの……」


鍵が開くと、KOUはあたしの身体をベッドへと優しく降ろす。


「意外と酒、弱いんですね」

「仕事が忙しくて、あまり飲む機会がないのよ……徹夜は多いくせにね」

「……俺のせい?」

「そうね、あんたのせいも多少……いえ、かなりあるわ」


ドアをノックする音が聞こえた。

さっきテツに頼んだワインとグラスが来たのかも。


「俺のせい……だったら、お詫びしないと」


KOUはワインをグラスに注ぐと、自分の口に含む。

そのあと、あたしに口づけた。


「……んっ!?」


今ので正気に戻った。

まさかKOUに、口移しでワインを飲ませられるなんて……!

と、いうより、今の状況は一体何なの!?


「ちょ、ちょっと待って! なんなの!!」

「……全部は俺の計画通りってところです」


計画!? なによ、それ……。

もしかして、取材を餌に泊りがけで清里に来させたのも、

こうしてツインの部屋を取ったのも、

ワインで酔わせたのも、全部KOUの考えてた通りってことなの?


同じバンドのKUROだったら、超肉食系って話しだしわかるけど、

いつも何考えてるのかわからないし、

寝てるんだか起きてるのかすら気づかないっていうKOUが、

こんなことをするなんて……。


「何が目的なのよ……あたし、あんたに何かした?」

「ええ、大変なことをしでかしてくれましたよ……

同じ業界の人間に惚れるなんて、予想外でしたし。

それに俺、ガサツな人は苦手だったんだ。でも……直理さんは違う」

「間違いじゃないわよ。あたし、ガサツだもの」


ベッドに押し付けられたままの私は、

少し焦りながらも冷静に回答する。


「それに……KOUがこんな女を騙すような方法を取るとは

思わなかった」

「俺らしくなかったですか」


確かに、KOUの今日の姿はカッコイイ。

それにこんな甘い言葉をささやかれたら、

女としてちょっとはグラッときちゃうだろう。

でも、ダメだ。

あたしは記者だし、KOUはミュージシャンっていうか芸能人。

記者が芸能人のことを追い続けるのよ。

芸能人が記者を追っかけるのは間違ってる。


「……どいてくれる?」

「……イヤ」

「あのね!」

「どきませんから」

「くっ……」


KOUも頑固ね。

普段だったら『どうでもいい』って感じで、簡単に相手の意見に

乗っかるのに……。


「どいたら……俺と付き合ってくれますか?」

「いやって言ったら?」

「今夜一晩ずっと抱きしめさせてもらいます」


いや、ダメじゃない。それは……。

KOUはあたしの髪を優しくなでるけど、

こんなの……いけないよ。

仕方ないな。

あたしは大きくため息をつくと、目の前の

KOUに鋭い視線を送った。


「あたしはね、『トップアーティスト』をずっと追いかけていたいのよ。

追われるより、追いかけたいって気持ち、わかる?

だから……『ただのアーティスト』のあんたなんかには抱かれたくないわ」

「………」


顔を真っ赤にしたKOUは、しばらくしてあたしの上から

退いた。


「……わかった」


うっ、めっちゃ気まずいな……。

どうすりゃいいんだよ。社会人になって忙しすぎたせいで

恋愛関係は音沙汰なしって感じだったのに。

まだドキドキはする。

そりゃするわよ、あたしだって。

一応イケメンに迫られたんだから。

だけど仕事は仕事だし、プライベートはプライベート。

こうするしかなかったんだ。


KOUは立ち上がると、ドアの方へと歩いていく。

どこへ行くっていうの?


「……俺、ロビーのソファで寝ます」

「え!?」

「だって……無理。好きな人と同じ部屋で一晩明かせない」


それだけ言い残すと、KOUは本当に部屋を出て行ってしまった。


これでよかった……。

ああ、もう寝よう。寝てしまおう。

切り替えが肝心だ。

明日はKOUと地殺のインタビュー。

それと単独取材が待ってるんだから!


ワインの効果はかなり大きかったみたいだ。

あたしは悩んでいたくせに案外簡単に眠りについてしまった。


翌日……。

朝食もあたしとKOUは別々にとった。

カップルとして来ていたから、若干怪しまれはしたけど……。

隣の隣のテーブルに、KOUは座る。

何回か目があったけど、お互い会話はなかった。


チェックアウトはKOUの方でしてくれるとメッセが来ていた。

あとはリロレコの看板娘・レイの案内で観光バスに乗り込む。


「え~、これからみなさんには、

翔太の実家である長野のライブハウス、F.L.Yへ向かってもらいます!

地殺はさっそく新曲を演奏する予定です!」


拍手が起こるが、ここに地殺のメンバーはいない。

どうやら他の車で向かうらしいけど……レイのニヤニヤした顔が気になる。

あたしは離れていた席に座っている小林クンに近づいた。

いつまでも距離を置いているわけにはいかない。

公私混同はNG。

どんな相手だって、仕事ではきちんと付き合わないと。


「小林クン」

「……星さん? なんですか」


目、赤いな。

昨日も夜は寒かった。

ロビーのソファで寝るって言ってたけど、

あまり眠れなかったんじゃ……。


「星さん?」

「あっ……」


小林クンに顔をのぞきこまれたあたしは、

質問しようとしていたことを思い出した。


「そうそう、今日のライブ……地殺のみんなは知ってるの?

さっきまでロッジの仕事をしてたのに」

「当然……知らない」

「え!?」

「これはレイさんの策略だから」


あたしはその言葉に頭を抱えた。

さすがリロレコ。ぶっ飛んでる……いや、ぶっ飛んでる以上だ。

客であるあたしたちは知ってるのに、本人たちはぶっつけ本番だなんてね。


「でも、そこで取材はできるんですよね!?」

「うん、レイさんにも言ってある。テツのインタビューの件も」


よし。これからがいよいよ仕事だ。

仕事スイッチが入るあたしを、

小林クンはいつも通りボーッとした目で見つめていた。


地殺のライブは昼の12:00からだそうだ。

普通、ライブと言えば夕方・夜から開始だが、

今回は報道関係者やライターなどが客だ。

だから時間なんて関係ない。

11:30のOPEN時間になると、あたしは小林クンとともに

ライブハウスへ入った。


12:00。


「ようこそみなさん! 地獄の殺人鬼ですっ!!」


ステージにメンバーが上がると、

テツが大声で叫ぶ。


「……今回はレイちゃんやみなさんにまんまとハメられましたけど……

おかげで俺たち、一回りも二回りも成長できました!

じゃ、行こうか。翔太」


あたしはテツの言葉に驚いた。

そのあと、メンバー全員が翔太の合図を待つのにも。

今まで地殺のメンバーは、翔太とうまくいってなかったのに。

翔太が軽くドラムを叩きだすと、

他のメンバーも音を刻み始める。


「新曲、『BONDS』!」


新しくできた曲は、いつもライブでは走り気味だった翔太に合わせた

テンポになっている。

翔太も楽しそうにドラムを叩く。他のメンバーもだ。


「……これで壁を乗り越えたって感じですね」


隣に立っていた小林クンがぼそりとささやく。

一皮むけたって感じか。

これからの地獄の殺人鬼、目が離せなくなりそう……。

じっとステージを見つめていると、

小林クンがあたしの手首をぐっと握った。


「ちょ、ちょっと!?」

「……俺、負けませんから」

「は?」

「俺たちも……今以上に星さんが夢中になるようなバンドになります。

弟分の地殺なんかに負けない」

「え、ええ……」


何の宣言よ。

首を傾げていると、真っ直ぐ目を見て言われた。


「追いかけられるより追いかけたいんですよね。

そうなるように頑張ります」


「そ、そう……」


くそ、やっぱり悔しいというか、恥ずかしいというか。

なんなんだ、小林耕平という男は!

調子が狂う……。


そのあとも最後までライブを観賞して、

小林クンとテツの対談というかインタビュー。

テツはまさかこの若社長みたいなのが、

いつも黒TシャツでぼけっとしてるKOUとは気づかなかったらしく

驚いていた。

だけど、今回のインタビューはとてもいい内容になったんじゃないかな。


こうしてあたしの濃い1泊2日の旅行は終わった。

帰りはレイにチケットを取ってもらって、一緒の電車で

戻ってくることになった。


「本当にありがとうございました」


あたしは地殺メンバーとレイにお礼を言う。

KOUはというと……。


「あ、そうだ。Ryuseiに渡しておきたい音源があったんだよね。

翔太、俺も今からお前のアパート行っていい?」

「はい! もちろんですよ!」

「……え?」


ちょっと待ってよ。

あたし今、衝撃的なこと聞いたよね。

Ryuseiと翔太って……同じアパートなの!?

一応リロレコには寮があるけど、そこには住んでないはずだ。

興味、めっちゃあるんですけど!


「あの、翔太。あたしも行っていいかしら?」


それに答えたのは翔太じゃなくてレイだった。


「さすがにダ~メ! 星さん、パパラッチじゃないんだから、

所属アーティストの私生活まで踏み込まないでくださいっ!」


やっぱりそう言われちゃうか……。

でも! ここまで面白そうな話を聞かされて、黙って引き下がるような

女じゃない!

あたしは一旦みんなと別れた後、こっそりとKOUと翔太の跡を追うことにした。


東京駅から始発の電車に乗り込むと、1本。

KOUと翔太とレイは、楽しそうに話してるけど……芸能人ってバレないのかな。

今日のKOUは変装してるし、レイはアーティストじゃないけど、

翔太は今バリバリ売れ始めてるはず。

遠くにいる女子高生も気づいたようだ。

サインをお願いされ、笑顔で答える翔太。

やっぱ爽やかよね、あの子。


なんとか駅に着くと、そこから長い一直線の大通りを歩き、

少し裏に入ったところにある、

白くてまだわりと新しいアパートにたどり着く。


「あら? 翔太くん、レイちゃん。それに……」

「耕平です。琉成と一緒にバンドをやってる……」


耕平が挨拶した玄関を掃除していた女性。

あたしには見覚えがあった。

あの人……音大時代、声楽家の歌姫って呼ばれてた、

日比木さんじゃない!?


「お、翔太。合宿から帰ってきたんだってな」


2階から出てきた男の人も見覚えがある。

えーと、えーと……。


「井ノ寺さん、お土産です!」


翔太は赤ワインを一本彼に差し出した。


「すまないな。これでうまい肉料理が作れる」

「本当にアストっておかん体質なんだね……」


今レイ、なんて言った!?

アストって……まさか、SODのアスト!?

昔みたいに青い髪をツンツンに立ててはいないし、メガネだけど

確かに面影がある。

なんて偶然なの!?


「君は……KOUか。琉成に用事か?」

「ええ、音源を渡したくて」


103号室のRyuseiの部屋のインターフォンを押すと、

ジャージ姿の本人が出てくる。


「KOU?」

「休みなのに悪い……。音源できたから」

「ありがと」

「それと、『大家さん』を見に来たんだ」

「なっ!?」


サンダルを履いたRyuseiが、日比木さんの前に立つ。


「どうしたの? 笹井くん」

「い、いえ! ……何かこいつから変なこと

言われませんでしたか?」

「特には……」


もしかしてRyuseiって、ここの大家さんをやってる日比木さんのことが

好きだとか!?


「マジで……!?」


遠くの電信柱に潜みながら、あたしは観察を続ける。


すると、また2階からどかどかと人が降りてくる音がした。

あれは……ブラック・パレードのサポートをしてる、ケン!?

あ、でもケンって確か会社で一番古株の上司に聞いたけど、

昔は『JIRO』って名前で『MAXLUCK』っていう洋楽バンドのギタリストを

やってたって……あれは噂なのか本当なのか、

いまだにあたしは知らない。


「お前ら、うるせぇぞ!」

「そうだよ、こっちは今収録中だったんだから!」


ケンとともに、赤毛でショートカットの女の子が噛みついてくる。


「ノゾミ、R32Pの新曲か?」


アストがきくと、大きくうなずく。


「今度のあたしの新曲は、ケンにギターも入れてもらってるんだ」


『R32P』も知ってる。

今、動画サイトで人気の、DTMの……。


って、ちょっと待って。

冷静になれ、あたし!


つまりここのアパートには、


元音大声楽家歌姫・日比木静さん。

地獄の殺人鬼ドラマー・吉田翔太。

3+ボーカリスト・Ryusei。

ブラック・パレードサポメンベーシスト・ケン。

R32Pのノゾミちゃん。

SODキーボーディスト・アスト。


こんなそうそうたるメンバーが暮らしてるっていうこと!?

ただのアパートなのに!?

防犯とか大丈夫なのかしら……。

こっちの方が心配になっちゃうわよ。


だけど……。


あたしはあることを思いついた。


「このメンバーで音楽やってくれたら、面白いことに

なりそうなんだけどなぁ……」


ま、あたしひとりがそんなこと思ってもしょうがない。

ドリームチームかも、なんてちょっと感じたけど。


「さ、会社帰ってKOUのインタビュー、文字起こしするか」


このアパートの秘密は、あそこに住んでいるメンバーと関係者以外

あたししか知らないことだろう。

それだけで満足して、あたしは機嫌よく会社へと向かった。

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