〇R.R.DORM105 MUGI 

わたしは今、困っています。

少し……いや、かなり?


「ちょっと、MUGI! 嘘でもいいから、もう少し危機感を持った表情で

会議にのぞんでくれないか?」


「は、はい……」


マネージャーの風間さんにお叱りを受けるのもいつものこと。

このリロードレコーズに所属して、しばらく。

同期はあの、ゾンビスクラップ。

見た目でもネタ的な意味でもスタート時点で負けている。

音楽性もまったく違う。

わたしはアコースティックギター1本で弾き語り。

ゾンビスクラップのハード路線とは異なる。

あ、でも今は少し近づいたのかな?

どうやら爽やか路線の曲もやり始めてるみたいだから。


それはそれとして。

今日の議題はわたしが生きてきてずっと持っていた悩み。

……わたしが『地味だ』ということだ。


「芸能人だというのに、休日原宿で変装なしで平気。

誰にも声をかけられない上に、写真も撮られない……こんなアーティストでいいのか?」

「……でも便利ですよ。どこでも行けますし」

「自慢にならないっ!」


風間さんもなんでイライラしてるんだろう?

わたしが目立たなくても、問題ないと思うんだけど。

曲自体は女子高生層に売れてるし、カラオケランキングの上位にも入っている。

ただ、私の顔はどうやらみんな覚えづらいらしい。

そういうと風間さんは呆れた顔をする。

覚えづらい……じゃなくて、『存在感がないんだ』って。


まぁ、ちょっとね。

ショックを受けてしまったことはある。

モリヤマさんという有名な司会者が長年やっている音楽番組、

『ミュージック・プレイス』に新曲が出たら毎回出演させてもらってるんだけど、

10回目、出番の前に挨拶に行ったら

『えっと、君……今日初登場だっけ?』と聞かれた。

名前も顔も、覚えてもらえてなかったということだ。


「露出も低い方ではないだろう? なのになんでだ」

「わかりませんよ~。ただ、学生の頃から『空気みたいだ』とは言われてましたけど、

エアリー感というか、透明感があるって意味かと……」

「誤解も甚だしい。ともかくもっと切実な顔で、カナタに会うように」


風間さんは厳しい顔つきで会議室のドアを開ける。

そうだ、しっかりしないと。

私も頬を軽く叩くと、会議室へ入った。


「待たせたな、カナタ」

「レン! それにMUGI、時間通りだよ。全員そろったし、さっそく始めようか」


カナタさんはリロードレコーズの社長。

デビューからずっとお世話になりっぱなしだ。


「すまないな、時間を取らせて」

「いいって。一応MUGIもうちの社では売れてる方だしね」


風間さんとカナタさんは、高校時代から同じバンドで活動していたらしい。

どういう経緯で解散したのかどうかは知らないけど、

今も同じ会社で仕事をしているところを見ると

ケンカしたとかそういうわけではなさそうだ。


「でも、売れてるのに顔を知られてないって

不思議だよねぇ~」


ため息をつきながらつぶやいたのがレイちゃん。

路上で歌っていた私をスカウトしてくれた女の子だ。


「だけど、レイの見る目は100%だよね」

「それがさぁ……MUGIを見つけたときは確かにピンときたんだけど、

何かが欠けてる感じもしたんだよねぇ~」


わたしに欠けてるもの?

なんだろう? いまいち理解できない。

自分のことを知らなすぎるところもよくないのかもしれないけど……。


カナタさんはきっちり垂直にホチキスで留めた

資料をみんなに配る。


「これがMUGIの今まで出したタイトルと詞、その他宣材だ。

その下がターゲット層、購買層などだが……ま、ざっくりいって

メインは見事に女子中高生中心だな」

「うん、詞も見事にラブソングオンリーだよね。よく一本でやってきたとは思う」

「宣材にも問題はなさそうだぞ? 顔も普通に……あ」


みんながわたしの顔写真を見つめて、ハッとする。


「……ああ、フツーだ」

「普通すぎるね~」

「どこにでもいそうだな」


「え……」


隣に座っていた風間さんが、ズバリわたしに言った。


「つまるところ、君の売れている理由は

『どこにでもいそうな学生の書いた曲だから』だ」

「はぁ」


それって何か問題でもあるのかな。

むしろ同世代の女の子にウケてるっていうのは、わたしとしては嬉しいんだけど。

顔がにやけた瞬間、風間さんが怒鳴る。


「だから褒めてない! 『顔に特徴がない』って言ってるんだぞ?」

「わかってますよぉ……」


風間さんは厳しいんだから。

だけどそれだけ本気でわたしをもっと売ろうとしてくれてるんだ。

頑張らないといけないよね。


「で? レンは何かいいアイディアあるの?」

「もちろんだ。俺がサーチ&デストロイした結果がこれだっ!」

「デストロイ? おっさん、ちょっと言ってる意味わかんないんですけど」


ツッコミを入れるレイちゃんを無視して、今度は風間さんが

資料を取り出す。


「……コラボ大作戦?」


「そうだ。リロードレコーズは男性アーティストが非常に多い。

女性で売れているのは君だけだ。

だから男性アーティストとコラボをすれば、

ファンを煽ることができる」


「軽い炎上商法?」


ぺらりと紙をめくりながら、レイちゃんがぼそっと言う。


「違う。MUGIを他のターゲット層にも聴いてもらえるように

市場を広げるんだ」

「コラボかぁ。面白いかもね!」


カナタさんは意外と乗り気みたいだ。

……コラボねぇ。

リロードレコーズ所属のアーティストと言えば……。


「妥当なのは3+だな。同期でもある。他はstringsか地殺か……」

「とりあえず、カナタが了承してくれるなら話は早い。さっそく行くぞ、MUGI!」

「わぁっ!」


風間さんに腕を取られると、わたしはそのまま引きずられるように会議室を出て行った。



3+はちょうど、スタジオにいた。

次回のミニライブの打ち合わせに来ていたらしい。


「失礼する」

「風間さん、どうかしたんですか?」


3+のRyuseiさん、KUROさんKOUさんは、お弁当を食べている

ところだった。

休んでいるところお邪魔しちゃったんじゃないかな。

心配するわたしをよそに、風間さんはぐいぐい話を進める。


「君たち、単刀直入に言う。他のアーティストとコラボしないか?」

「コラボですか?」


Ryuseiさんたちは突然のことできょとんとしている。

そりゃそうだよね。

いきなりわたしとコラボなんて……。


「つーか、誰とっすか?」

「え?」


KUROさんが頬に米粒をつけたままたずねる。

い、いやいや、目の前にわたし、いますよね!?

わたししか考えられなくないですか!?


「そういえばうしろの子……新人マネージャーさん?」


こ、KOUさん、それ、本気ですか……?


さすがにがっくりと肩を落としたわたしを見た風間さんが

フォローを入れる。


「MUGIだ! 同期みたいなもんだろう。……なんで顔を覚えていない。

毎年開催しているリロレコのイベントで、挨拶してるだろう?」


「そ、そうですね! すみません、MUGIさん」

「いえ、慣れてますから……」


Ryuseiさんが申し訳なさそうに謝るが、KUROさんは相変らずキツイ人だった。


「お前さぁ、ミュージシャンなのに顔覚えられてないってよっぽどじゃねーか?

何、そのステルス機能。俺、女の子だったら顔、絶対忘れねーぞ?」

「まぁまぁ……でも、休みの日とかはいいよね」

「はぁ……」


KOUさんもKUROさんほどじゃないけどひどい。

そんなに気にしてはいなかったけど、同じ事務所の人にも顔を

覚えられてないっていうのは、ショックすぎる。


「MUGIさんの歌はよく耳にしますよ。CMでも流れてますし……」


歌は有名なのに、顔が不明なのか。

聴いてもらえてるだけでも嬉しいけど……。


「それなら話が早い。昼食を終えたら、Bスタジオに来てくれ。

さっそく息が合うか見てみよう」

「俺たちだけじゃないの? 声かけてるの」


KOUさんの質問に、風間さんはうなずく。


「ああ、リロレコの色々なバンドやアーティストと合わせてみて、一番息が合うところと

組ませる戦略だ」

「ふうん……そうなんですか」


KOUさんは興味なさそうにお弁当をずっと食べている。

確かに3+にはメリットがあまりないかもしれないけど、

さっき風間さんが言ってたように、ターゲット層の拡大は狙えると思う。

最近の3+の曲なら、女子高生も共感できると思うし。

悪い話じゃないはずだ。


「わかりました。じゃ、弁当を食べて13時頃向かいます」

「わかった」


こうしてわたしはまず、3+と合わせてみることになったんだけど――。


「では、まず3+の曲でMUGIのイメージと合うやつから歌ってもらおうか」

「そうですね……」


Ryuseiさんが考え込む。

そうだな、わたしなら……。


「『冬のメッセージ』はどうですか? 最近の曲だし、私も好きなんですよ!」

「そうなの? ありがたいなぁ」


Ryuseiさんは照れ笑いを浮かべる。


「甘酸っぱいっていうか、こう……好きな人になかなかメッセージを送れないっていう

展開に、すっごいモヤモヤするというか、歯がゆくて。

男なら早く告白しろって思うんですよね。

うじうじしててむずがゆいのが腹立つんですけど、

でもそれが逆に恋する人間に勇気を与える気がして……」


「……ひでぇな」

「うん、意外」

「え?」


さっきまで上機嫌だったRyuseiさんだけど、今はひきつった笑みを見せている。

その横でKUROさんとKOUさんが彼を憐みの目で見つめる。

……わたし何か変なこと言った?


「と、ともかく、みんな演奏準備をしてくれ。

『冬のメッセージ』で合わせてみよう。ハモリの部分は主旋律をMUGIに歌わせてくれ」

「わかりました」


KOUさんとKUROさんが定位置につき、

わたしとRyuseiさんがマイクを持つ。


メロディが流れると、私たちは歌い出す。

だけど……。


「ストップ!」


風間さんが声をかけると、演奏が止む。

ちょうどサビの部分のハモリが終わったところだ。


「ダメだな、Ryuseiとは合わない」


……確かにそうかもしれない。

わたしの声はどちらかというとふにゃっとしているというか

よく言えば柔らかい声だ。

対してRyuseiさんの声はかすれて低いけど重い。

どうしてもRyuseiさんの方が目立ってしまう。

これは相性が悪いかな。


「どうもダメそうですね。加工でもしたら変わるかもしれませんが」


Ryuseiさんも難しそうな顔をする。

話題性を考えると、やっぱり同期の3+とコラボするのが

一番よかったんだけど……。


「仕方ない。他を当たることにする。みんな、時間を割いてくれてありがとう」

「ホントだぜ。恋愛ごとばっか考えてるお花畑女のうしろでドラムとか……

最初から願い下げだ」

「まぁまぁ」


KUROさんが文句を言うのを、KOUさんがなだめる。

私は3人に頭を下げると、スタジオを出て行った。



「3+がダメなら、弟ポジションの地殺がいいか? だけど……」


オフィスに戻ってきたわたしたちは、ホワイトボードを確認する。

地殺こと、『地獄の殺人鬼』は、ニューアルバムをリリースする予定だ。

今はレコーディング中だし、終わったら今度はインストアライブなどの

イベントも重なっている。

わたしとコラボしてる余裕なんて、ないよね……。


「仕方ない。では『Strings』を当たってみるか」

「はい」


風間さんとともに、今度はダンスレッスンルームをたずねる。

『Strings』のふたりは、今到着したところだった。


「あっれー! 風間さん、どしたの?」

「カナトにカナム。レッスン前なのに悪いな。

実はMUGIのコラボ相手を探していて、君たちはどうかと思って」


カナトくんとカナムくんは、高校1年生の双子だ。

テスト休みらしく、今日は早くレッスンに来たみたい。

学校の指定カバンから、テストの解答用紙が見える。


「MUGIちゃん? どこにいるの?」

「この間の新曲、よかったよね~! サインくれるかなぁ!」

「あの……わたしはここです」


おずおずと手を挙げると、双子はやっとわたしに気がつく。


「え……あ~! そうそう、こういう顔!」

「顔は微妙って言うか、うろ覚えでさ。

あ、別にブサイクとかいう意味じゃないよ!

かわいいけど、どこにでもいそうだから」


さすがに今日、何回も同じようなことを言われていれば、

わたしも慣れてしまう。


やっぱり目立たないってことはよくないんだな。

せっかく辛い時期を越えて、シンガーソングライターになったんだ。

だから、頑張らないと。


「カナトくん、カナムくん。協力してくれないかな?」

「いーよー。スケジュールも空いてるはずだし」

「ホント!? ありがとう!」


ふたりは簡単にOKを出してくれた。

これでうまくいけば……!


「……スタジオはこの時間、別のアーティストが使っているはずだ。

とりあえずここで歌ってみるか? 機材はないが……」


「はい、わたしは平気です」


路上で歌ってたんだから、場所なんて選ぶ必要はない。

カナトくんもカナムくんもうなずいてくれた。


「では、そうだな。StringsのふたりはMUGIの曲を知ってるんだよな。

だったら……新曲の『I miss you』で合わせてみるか。

途中でカナトのラップを入れて、サビは3人で歌う」


「りょーかい!」


カナトくんはウインクを飛ばす。

カナムくんもノリノリだ。


1、2、3、で歌い出す。

ラップは即興だったけど、意外と合って驚く。

カナトくん、すごいな……。


でも、問題はサビだ。


「あなたに……」


「ちょっと待て」


また風間さんに歌を止められる。

今のはわたしでもびっくりした。

カナトくんとカナムくんの歌声。

声質は違うが、わたしの歌声にそっくり。

いや、そっくりなんてものじゃないか。

重なると聴き分けしにくくて、

これじゃコラボの意味がなくなってしまう。


「ラップの部分はよかったんだけどね~」


カナトくんも残念そうだ。


「でも、声が同じように聴こえるっていうのは致命的だよ」


カナムくんもため息をつく。


「風間さん……」


私は思わず考え込んでいたマネージャーに目をやる。

3+もダメ、地殺もダメ、Stringsもダメ。

あと思いつくのは……。


「あいつを出すと、カナタが首を突っ込んでくるからな。

本当は嫌なんだが……」

「あいつ?」

「MUGI、今日はとりあえず解散だ。カナタのOKが出たら、明日は成田に行くぞ」

「成田って、空港ですか? まさか……」


今、海外でライブを行っているリロレコの看板アーティスト。

まさかあの人とコラボしようなんて考えてるの!?


「む、無理ですよ! わたしなんかじゃ、あの人の足元にも及びません!」

「だからカナタに聞いてみる。とりあえず、今日は帰るように。

明日のことはおって連絡する」


風間さんはそういうと、

わたしをおいて速足で社長室へ向かって行ってしまう。


とんでもないことになっちゃったかも……。


わたしは内心ドキドキしながら、ともかく会社の寮に帰ることにした。


――翌日。


「カナタ~っ! ただいま~っ!!」

「おかえり、充希」


リロレコの看板ミュージシャン・MITSUSKIさんが

カナタさんに飛びつく。


MITSUKIさんは、カナタさんと風間さんのバンドのボーカルをしていたけど、

今はソロ活動に転身。

それからは日本だけではなく、海外でも評判のアーティストになった。


「充希、帰って早々すまないな」

「カナタから話は聞いてるよ! MUGIちゃん……だよね?」

「は、はい」


MITSUKIさん、身長はわたしと同じくらい……160cmくらいかな。

男性としては小柄かもしれないけど、『永遠の美少年』と謳われているだけ

ある。


「かっこかわいい……」

「ちょっとMUGI、何ナンパしてるのかな?」


カナタさんがにっこりと笑いながら、MITSUKIさんの肩を引き寄せる。

やっぱり大事なアーティストだもんね。

ついかっこかわいいなんて褒めちゃったけど、軽率だったかな。

MITSUKIさんはにこにこしながら背伸びをして、カナタさんの頭をなでた。


「カナタ、MUGIちゃんはデビューのときからずっと頑張ってきたんだから!

僕をナンパなんて、するわけないじゃない!」

「デビューのときって……覚えてるんですか?」


不思議そうにたずねると、MITSUKIさんはこっくりうなずいた。


「うん。やっぱり今みたいに僕のこと『かっこかわいい!』って言ってくれて。

嬉しかったよ~!」

「充希、MUGIの顔、覚えてるのか!?」

「レン、なんで驚くかな……そりゃ、覚えてるよ」


同期で何度も会ってる3+にも、10回はご一緒してるモリヤマさんにも

覚えてもらってなかったのに、

たった一回会っただけのMITSUKIさんは覚えててくれたなんて!


「ともかく、ここじゃ目立つ。記者とかいたら面倒だからな。

事務所へ行くとしよう」


こうしてわたしたちはカナタさんの運転で、他国でライブを終らせてきたばかりの

MITSUKIさんとともに事務所へ向かうことになった。



「MUGIちゃんの歌は全部聴いてる。

もう少し力強く歌えば、僕の声と合うと思うよ」


会議室につくと、さっそくMITSUKIさんが発言した。

MITSUKIさんは男性なのにかなり高い声が出る。


「充希は音域も広いから、相手が誰でもできそうだな」


イヤホンをして、MITSUKIさんのライブ音源を確認していた

風間さんも強くうなずく。


「生でもいけるなら、MUGIのライブのサプライズゲストとしても

呼べるだろう」


「でも、MITSUKIを貸すのには条件があるよ、レン」

「なんだ」

「MITSUKIとMUGIの曲は、俺が書く」

「ああ、それか。わかってる」


MISTUKIさんの今までの曲は、ほとんどがカナタさん作曲だ。

なんでも学生時代からそのスタンスだったみたい。

カナタさんの意地というか、よくわからないけど

学生時代にMITSUKIさんと約束を交わしたらしいというのが

事務所内での噂だ。


「じゃ、決定だね! 楽しみだな、MUGIちゃんとコラボ」


にっこりとMITUSKIさんに微笑まれ、

わたしも嬉しくなる。

これからが忙しくなるぞ――。

でも、わくわくする。

地味だった自分を変えるんだ。



数日後、カナタさんは曲を書いてきてくれた。

それにわたしが詞をつける。

そのまま収録に入れるよう、MITSUKIさんもスケジュールを

調整してくれていた。


「へぇ、MUGIちゃん。初めてじゃない? 恋愛じゃない詞って」


「はい。今までわたしは自分の中で解決してきたっていうか……。

地味だって言われるのもそれでよしだと思ってたんですけど、

今回は『変わらなくちゃ』って。

カナタさんや風間さんは当然ですけど、MITSUKIさんにも

全面協力してもらうんですから、中途半端なことはできないですしね」


地味でいい。

みんなの目に、わたしは留まらない。


ずっと色んな人に無視されていた。

生まれてきたときから。

わたしは『いない』人間だったんだ。

流しでギターを弾いていた父と、そこで出会った母。

母に残されたのはアコースティックギターとわたし。

でもわたしはすぐに養護施設に預けられた。いらないアコギと一緒に。

学校に通っていたときは、みんなわたしを無視していた。

親のいない無口な子どもに、優しく声をかけてくれる友人なんて

いなかった。


でも、好きだったことはある。

受け取ったアコギを弾くこと。

養護施設で演奏するときだけ、救われた気持ちだった。


中学を卒業したわたしは、高校にしばらく通ったが

結局いじめにあって退学した。

高校に通わない場合は施設も出て行かなくてはならなくて、

わたしは新聞配達をしながら暮らしていた。

そして、毎晩アコギを持って、自分の作った歌を歌って……。

そのとき拾ってくれたのが、レイちゃんだったのだ。


こうして芸能界にデビューしたのにも関わらず、

数字しか残さなくていいのだろうか。

歌が売れても、わたしの顔を覚えてくれる人なんていない。

まるで幽霊だ。

曲や数字だけ残って、わたしはみんなの記憶に残らない。

そんなのは嫌だ。


今までのことを思い出しながら、ペンを走らせる。

……うん、これでいいかな。


「MUGIちゃん、できたの?」


「はい! タイトルは決まってませんけど……

今回のテーマは恋愛じゃなくて――」


『革命』。

みんなの力を借りて、ようやくわたしは自分自身の革命を始めるんだ。

遅すぎるなんてことはない。

きっと成功する。

成功させてみせる。

MITSUKIさんも詞を見て強くうなずく。


「大丈夫。僕もMUGIちゃんをしっかり支えるから!」


MITSUKIさんはわたしの手を握ると、笑って宣言した。


「――さあ、始めようか! 僕らの『革命』を」



しかし、『革命』なんて言っても、そうは簡単に行かない。

収録が始まってから、わたしはそれを思い知ることになった。


「違う! もっと声、張り上げろ!」

「は、はい……」

「根性!」

「はいっ!」


かっこかわいいと思ってたMITSUKIさんは、意外にも超体育会系。

リテイクは軽く100回は超えてるんじゃないの? ってくらいだ。

とはいえ、ガラガラ声で歌うわけにはいかない。

何度も加湿してのど飴を舐めつつマイクに向かう。

それに対してMITSUKIさんはさすが。

安定した声量で歌い続ける。

MITSUKIさん担当のところはあっという間に収録が終わる。

あとはわたしのパートとMITSUKIさんとの合唱パートだ。


何度もきつく修正するように言われ、さすがに疲れた……。

けど、MITSUKIさんは許してくれない。


「今日中に全部のパート、完璧に終わらせるよ!」

「そんなぁ、無理ですよ」

「無理って言わないっ!」


MITSUKIさんはわたしの胸倉をつかむと、

真剣な眼差しを向ける。


「僕は歌えるのに『無理だ』って投げ出すやつが一番嫌いなのっ!」


その言葉にわたしは、はっとさせられる。


「きっと……リロレコにいるみんなもそうだと思うよ。

僕らは歌うチャンスがあって、今ここにいるんだ」


「それはわかってます。歌がなかったら、わたしはきっと……」


ここにいない。

それどころか、生きていたかもわからない。

わたしが唯一親から受け取ったもの。

アコギがわたしを支えてくれた。


キツめに怒ったMITSUKIさんだったけど、

わたしがそっとアコギに触れると、表情を和らげた。


「……だから僕たちが支えるって言ってるじゃん。ね?」

「はい!」


ブース内に響く声で返事をすると、

もう一度マイクに向かった。


「中断して、すみませんでした! もう一度お願いします!!」



会社の寮に帰ってきたのは早朝4時。

もうくたくただ。

声も出ない。

だけど、全部出しきった。

それもMITSUKIさんのおかげだ。

もちろん、MITSUKIさんだけじゃない。

スタッフのみんなや、カナタさんや風間さんのおかげもある。

みんながいたから、わたしはやり切れた。

『地味なわたし』は嫌いじゃなかった。

でもそれは、自分にしていた言いわけだった。

みんなに教えてもらったから、『今のわたし』がいる。

明日はPVの撮影。きっと長丁場になるだろう。

今日は早めに寝ることにし、わたしはベッドへ横になった。



「MUGI! やったぞ、『自分革命』、トワレコで1位!」

「本当ですか!? 風間さん!」


風間さんは強くうなずく。


「ま、今回は充希の力添えもあるが……君の努力の結果だ」


MITSUKIさんとのコラボは、無事成功したと思う。

ただちょっとやりすぎたかな~と今思い返して

恥ずかしくなることもあるけど……。


『NEW SINGL! 自分革命 MUGI feat. MITSUKI NOW ON SALE!』


事務所内にあるモニターが、新曲のPVを流す。


このPVで、わたしはMITSUKIさんと……。

思い出すだけで顔から火が出そうだ。

実際はしてないけど、唇があんなに近くだし……。

手をぎゅっと握って見つめあうなんて、あのときじゃなきゃできなかった。

あのときは『頑張ろう!』って気概があったから、

恥ずかしいとかそういう気持ちはまったく感じなかったけど、

今じゃ絶対に無理。


それにMITSUKIさんのファンに刺されるんじゃないかって

不安になる……っていうのは自意識過剰かな。

PVのときはさすがにメイクも濃かったし、

衣装もゴスロリっぽい感じだったから、

普段のわたしじゃきっとまた気づかれないよね。


わたしは風間さんから今後のスケジュールを受け取り、

打ち合わせを終えると

事務所の裏口から抜ける。


そこには大勢の男性が集まっていた。

……誰のファンなんだろう?

うちの事務所は男性が多いから、普段は女性ファンが溜まってて

警備員さんから追い出しを食らっていた。

でも、今日は様子が違う?

警備員さんでも手に負えないほどのファンが集まってるなんて。


「あ、あれだ! MUGIたんっ!!」

「え……わ、わたし!?」


なんで!?

なんでわたしだってわかるの!?

いや、わかるっていうのはわかる!

一応わたしも芸能人っていうかアーティストだし……って、

言ってることがおかしいな。


今までのわたしだったら、休日の原宿を

変装なしで歩いても何も起きなかった。

サインも求められなかったし、写真も撮られなかった。

基本的に購買層・ターゲットも女子高生だし、

男性層に受けるわけが……あ。


この間のNEW SINGLの効果ってこと?

まさか……。


「MUGIさん!!」

「MUGI~!!」


「え……きゃ、きゃあ!!」


男性たちがわたしを追いかけてくる。

警備員さんがそれを阻止しようとしたが、失敗。

どうしよう!?

このまま大通りへ出て、タクシーに乗れば……。

でも、簡単にタクシーなんて捕まるかどうか。

ここはともかく三十六計逃げるに如かず!

と、わたしが逃げ出そうとしたところだった。


「こっちだ」

「え!?」


突然腕を取られ、ビルの隙間に引き込まれる。

この人は……。


「KUROさん!?」

「俺もよく追っかけられたからな、女に」

「っていうか……前までわたしのこと、気づかなかったじゃないですか」

「出るようになったんじゃねーの、存在感」


ゾンビスクラップのときから女の敵だと言われてきた

KUROさん。

3+になった今はわかんないけど、

この間会った時は『女の子だったら顔、絶対忘れねーぞ』とか、

『恋愛ごとばっか考えてるお花畑女のうしろでドラムなんて、

最初から願い下げだ』なんて言ってたのに、まさか助けてくれたなんて。


「ったく、トロいな、お前」

「しょうがないじゃないですか。こんなこと初めてなんですから」

「……それもそうか。じゃあな。気をつけて帰れよ」


……行ってしまった。

よく考えたら、お礼言いそびれたな。

今度改めて3+のみなさんには挨拶にいかないと。


「……マジかよ。俺がお花畑に惚れたとか」


KUROさんがそんなことをつぶやきながら

頬を染めてたなんて、わたしは知らないでいた――。

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