〇ブロッサムロード国立1002号室 高橋玲

「レイさぁ、どう思う?」

「何が?」

「『地獄の殺人鬼』のこと」


『地獄の殺人鬼』とは、ここの会社、リロードレコーズに所属するバンドのひとつだ。

先日、といっても相当前。

クリスマスに『ゾンビスクラップ』の前座としてステージに出したばかりの

新人である。


「正直オレから見るとあのバンドは微妙かな」

「なんで?」


カナタに質問されたちょうどそのとき。

社長室のドアを誰かがドンドン叩いた。


「カナタさ~ん! Aスタでケンカですっ!」


Aスタ……。またか。

どうやら噂の主たちがまた暴れているらしい。


「とりあえずここに連れてきて。

ちょっと説教しないといけないかなぁ」


まったくだよ……。

何度も何度もレコーディング中にケンカなんかされたら

こっちだって困る。


よく聞く解散理由のひとつ。

『音楽性の違い』。

あいつらはまだお互いの違いですら理解していない。

なのになぜケンカになるのか。

それはちょっと特殊な事情が絡んでいた。


「カナタさん、連れてきました!」


オレとカナタの前に連れてこられたのは、

ボロボロになった地獄の殺人鬼メンバー、ベースの石坂と

ドラムの吉田翔太だった。


「今日は石坂とか? 翔太」

「だって社長! オレのドラムが走りすぎだって!

リズムは確実に合ってるはずなのにっ!」

「いーやズレてたね。俺の方がリズムは正確だ」


多分合っているのは翔太だ。

確かにベース歴が長い石坂が、自信たっぷりに自分の感覚が正しいと

言いたい気持ちはわかるが、

年齢や楽器の演奏歴が長ければ長いほどその感覚が的確かといえば

そうとも限らない。

無論、長い方が正確になるのは間違いないが、

翔太の場合は元からの才能とやらがある。


だが、ここで翔太の肩を持つのはまずい。

翔太は高校1年だ。石坂は20歳。

年上の面子を丸潰しにしたら、バンドに余計亀裂が入る。


「翔太と石坂はバンドの要であるリズム隊だ。

ふたりの息が合わないと、演奏はむちゃくちゃになる。

もう一度きちんとテンポを合わせて練習してみるんだな」


「……わかりました」


石坂はまだ何か言いたそうだったが、

ぐっと堪えたようだ。

そのかわり、文句を言ってきたのはボーカルのテツだった。


「社長! 言わせてもらいますけどっ!

翔太のやつ、トラブルメーカーですよ!

こいつ、いつもメンバーの誰かにケンカふっかけてくるし……。

こんなんじゃ、バンドがまとまりません!」


「テツさん! オレは別にケンカをしたいわけじゃありませんっ!

ただ、みんながオレのドラムに文句をいうことが多いから……」


「それはお前が練習不足だからだろ? 学生だからって……。

そのせいでアルバムのレコーディングだって遅れてるんだぞ!」


「うっ……」


翔太はこのバンドの最年少だ。

しかも未成年。

他のメンバーは元は4人で活動していた。

だが、急にドラムが脱退。

そこへカナタが入れたのが、

長野のライブハウスで見つけた天才少年・吉田翔太だった。


翔太の家は親父さんがライブハウスを経営していて、

あいつもかなり仕込まれたらしい。

ただ悲しいかな、バンドを組んでやったことはなかった。

だが、ドラムはめちゃくちゃうまい。

それはオレも認めていた。


ドラムがめちゃくちゃうまいっていうのはいいが、

他の元から一緒だった3人のメンバーとは

年齢が離れすぎている。

そのせいでなかなか打ち解けられないでいるのが

ネックだ。


「まぁまぁ、お前たちはゾンビスクラップ……今の3+の前座を

ちゃんとこなすことができたんだ。

実力がないわけじゃない。

もっとお互いのことを分かり合えるように

よく話をするんだな」


「ハイ……わかりました」


ギターのヒロがそういうと、

全員ぺこりと頭を下げて社長室から出て行く。

その一瞬、翔太がオレのことを見たような……気のせいだろうか。

っていうか、気のせいじゃなかったら困る。

オレはあいつに隠していることがあるからだ。

それは今のところバレちゃいない。

これから先もバラす気はない。

だって現在進行形で黒歴史決定だからな。


メンバーが全員出て行くと、

再度カナタは俺に質問した。


「地獄の殺人鬼が微妙って、なんでそう思うの?」

「勘」

「いつもの勘かよ~……」

「でも、オレの勘を頼りにしてるのは間違いないことでしょ?」


オレの自慢は売れるアーティストと

売れないアーティストを聴きわけることができることだ。

また、生まれ持っての強運で、オレが『売れる』と明言したバンドは

100%売れる。

いつの間にかそんなジンクスまでついていた。

それに、音楽会社社長だった親父のせいで

小さい頃からの英才教育を受けさせられ、かなり耳も肥えている。

まぁ残念だったことは、オレ自身、楽器の演奏が壊滅的だということ。

ピアノにギターにベース。エレクトーンも無理だった。


だが、そんなオレに目をつけたのがカナタだった。

一緒にリロードレコーズを立ち上げようと誘ってくれた。

オレは『レイ』という名前を使って、スカウトマンとして

小さい頃から全国各地のライブハウスを回り、

いくつものバンドを発掘してきた。

3+、旧ゾンビスクラップもその中のひとつだったけど……

カナタのバカが『売れる曲』を書かせようとして一度潰れた。

だが、解散コンサートで元の3+として演奏して、やっとオレが見つけた宝物が

復活したんだ。


「でも、今回は勘だけでもないかもしれないね~」

「どういうことだ?」


オレは金髪のツインテールを指に巻きながら

ため息をついた。


「はぁ……翔太のことだよ。アイツのドラムはアクが強すぎる。

あれはソロの叩き方だって。

バンドであの演奏をしたら、ドラムだけ目立つ。

ヤバいでしょ? 調和が取れないんだよ」


「翔太自体は悪いヤツじゃないのにな。

なんでこううまく行かないんだか……」


カナタも頭を抱える。


……しばらく様子を見てみるか。

オレはバッグを持つと、

ビルの会議室に入り、『空室』から『使用中』の表示に変えた。


「……冬の間はいいけど、夏はきついんだよな。

このカツラ」


今までつけていた金髪ツインテールのカツラを取り、

ゴスロリ衣装から学校の制服に着替える。


ワイシャツにネクタイ。

ズボンをはいてジャケットを羽織ると、本当の自分に戻る。

高橋玲。本名は『レイ』じゃなくて『アキラ』だ。


なんでこんな女装をしてるかって?

それはわけがある。

オレは大手音楽会社の社長の息子だ。

その立場のせいで、誘拐されかけたことがある。

だから俺は、大勢の場所へ連れて行かれるときは『女の子』という

立場でいたのだ。


そしてカナタとの出会い。

バンドのスカウトは命がけだ。

2マンとかで片方のバンドに声をかけたとする。

すると、もうひとつのバンドは不服に思うだろう?

オレのことを誘拐して、リロードレコーズを脅迫するかもしれない。

だから、音楽業界絡みの仕事をするときは女装することにしている。

さすがに今は女装なんてしなくてもいいと思うが、

今度は『リロードレコーズのレイ』が有名になってしまったから

変装を解くわけにはいかなくなったんだ。


「だけどこの姿、絶対翔太にはバレないようにしないとなぁ~」


地獄の殺人鬼の吉田翔太とオレは、同じ高校の同じクラスだ。

もしオレがレイだとバレたら……女装趣味の変態野郎だと誤解される。


「でも、翔太がバンドでうまく行ってないのは気になるかな。

学校では普通にしてるように見えるけど……少し様子をうかがうことにしてみるか」


オレは化粧を落とすためにウェットティッシュで顔を拭くと

衣装が入った荷物を持ってビルを出た。


「……あれ? アキラ?」

「げ。翔太……」

「『げ』ってなんだよ。っていうか、こんなところで会うなんてずいぶん奇遇だな!」


ビルを出たところで、ちょうど練習を終えた翔太に声をかけられた。

あんまりこのビルに出入りしていることは

バレたくないんだが……。


「どうしてこんなところにいたんだ?」

「え、えっと、近くにうまいパンケーキ屋ができたらしくてさ。

行ってみようと思ったんだけど、ちょっと道に迷ってたんだ」

「へぇ、いいな! オレも行っていい?」

「あ、うん」


咄嗟についた嘘だったが、翔太は信じてくれたみたいだ。

実際にパンケーキ屋は近くにある。

オレは迷っているフリをしながら、店まで翔太を連れて行った。


「お待たせしました~! 生クリームと季節のフルーツ盛りだくさんパンケーキです」


「……すごいね」

「そう?」


運ばれてきたパンケーキをさっそく大きな口で食べる。

翔太もアボカドとサーモンのパンケーキを食べ始めた。


「ちょっと恥ずかしいような……」

「ま、男ふたりってのはオレたちだけだからね。

でも、気にしてたらうまいもんが食えないじゃん?」

「本当にアキラは甘いもの好きだよな!」


呆れたように笑う翔太。

その表情は、学校での翔太と同じだ。

さっき、社長室で見せたあの顔とは全然違う。


「なぁ、翔太。お前バンドはどうなの? 

あのビルにいたってことは、今日仕事だったんでしょ?」

「あ、うん。まあね」


パンケーキを小さく切り刻みながら、

翔太はつぶやいた。


「やっぱさぁ、年上ばっかだからやりにくいのかもしれない」

「ふうん? まぁ、全員4つ以上は離れてるって聞いてるもんな。

普段どんな話してるの?」

「音楽以外の話は特に……」

「え? 日常会話は?」

「それが、あまり……っていうか、できないんだよ。

高校生の普通の話と20過ぎた人の会話って、なんであんなに違うんだろう?」


ふう、とため息をつく翔太。

日常会話ができない、か。

それじゃ余計にコミュニケーションなんて取れないよな。


「学校ではそんなことないのにな?」


オレが笑っても、翔太はどことなく暗い面持ちだった。



翌日。

朝、普段通り翔太と待ちあわせて学校へ向かう。

わりと早めに教室につくオレたちだけど、すでに女子たちが数人

登校していた。


「おはよ! 吉田くん、高橋」

「おはよう、宿題やってきた?」

「やったんだけど、ちょっと難しくってぇ~」

「どこ? オレでよければ教えるよ?」


うぇ。

どんだけフェミニストなんだよ。

言い方を変えれば、優しくて面倒見がいいってことだけどな。

それに女だけじゃなくて男にも同じ態度だからすごいよ、翔太は。


「翔太~! 数学の宿題見せてくれ~!!」

「はい、ノート。次の休み時間には返してね?」

「さんきゅー!」


学校での翔太は、爽やかオーラに包まれている。

勉強もできなくないし、運動神経もいい。

いつも話題の中心にいる。

もちろん、バンドのドラムをやってるってことで、

人気もバッチリだ。

こんなにも爽やか好青年なのに、なんでバンドの中に入ると

あんなにもキレやすくなるかなぁ?


「かはし……高橋っ!」

「は、はいっ!」

「今の問題、解いてみろ」

「ええっ!?」


先生の話なんて聞いてなかったよ……。

困っていると、離れた席から翔太が問題の載っているページを

指で教えてくれる、

あとで礼を言わないとな。

なんとか問題に正解すると、オレは翔太に軽く手を合わせた。


そして昼。

翔太にはさっきのお礼で好きなパンをおごり、

一緒に食べていたら、3人の女子が近づいてきた。


「ねぇ、吉田」

「ん? どうかした?」

「吉田って……どんな女子がタイプなの?」


うしろにいる女の子は、恥ずかしそうに下を向いている。

ああ、そういうことね。

でも、翔太の好きなタイプか。

そう言えば聞いたことなかったな。

ずっと『女の子よりドラム!』って感じだったから。


どんな子がタイプなんだろう?

翔太は少し考えてから、ぼそりと言った。


「好きなタイプっていうか、最近気になってる子はいるんだよね」

「え!? マジで!? どんな子!?」


オレは女子より食いついた。

というか、女子の方は気になる子がいるという答えに

ショックを受けているようで、それどころじゃなさそうだった。


「金髪でツインテールの子で……いつもゴスロリ服着てるんだけど、

無口なんだよね。それがまるで人形みたいでさ。

肌とかも陶器みたいで……」


「………」


思わず口を結んだ。

それって、それって……オレのことじゃないか!!

ゴスロリパツキンツインテール女子なんて、

そんなにしょっちゅう見かけるようなタイプじゃない。

翔太の周りだったら、高確率でオレだ。


「なんか見たことあるような気もするんだけど……」

「へ、へぇ、そうなんだ。吉田、趣味濃いね……」


女子たちはかなりダメージを受けた様子で

その場を立ち去った。


「はは、マジかよ……」


これは絶対に正体バラせない!

お前の気になってる女子は、この俺だよ……。

それを知ったら、やっぱり翔太でも怒るかな。

普段温厚だけど、バンドのときの激しい性格も知っているオレは、

嫌な汗をかいた。



放課後。

翔太と別れると、オレはまたこっそりビルの裏口から入り、

会議室で女装するとカナタ部屋へと向かった。


「レイ~! 待ってたよ。ちょうど相談したいことがあったんだ」

「何? 相談って……。カナタの相談って、ろくなことないからな~」

「地獄の殺人鬼についてだよ」


カナタが言うには、そろそろ地獄の殺人鬼のアルバムを作ろうと計画しているとのことだ。

ゾンビスクラップでの前座でやった曲は、すでにミニアルバムとして

発売されている。

その売上がなかなかよかったので、この波に乗ってフルアルバムも製作しようと

考えているらしい。


「アルバムができたら、ワンマンライブも開催する予定なんだけど……問題は」

「メンバーの不仲……特に翔太が浮いてるってことでしょ?」

「うん。なんかいい案ないかなぁ? みんなが一致団結するようなこと」


一致団結ねぇ。

どうしても昔の流れで、元からメンバーだった3人対翔太1人になっちゃうよな。


「4人全員で協力したり、

楽しんだりするイベントがあればいいのかもしれないけど……」

「イベントか! それ、いいじゃん!」

「へ?」


思いもよらずカナタが食いついてきて、オレはびっくりした。


「しばらくすればお前たちもテスト休みに入るだろ? 

それを利用して、みんなで合宿すんの!

ほら、大学入学のときにレクリエーションってことで

キャンプとかあるっしょ? いいと思わない?」


「大学って……オレ行ったことないし。

カナタだって専門卒でしょ」


「でも面白そうじゃん! 2泊3日でどっかいいとこ探して!

レイ、引率よろしく~!」


「ちょっと待ってよ! オレが連れてくの?

カナタは?」


「俺、仕事あるもん」


マジかよ……。

2泊3日って、その間ずっとオレ、女装姿!?

合宿みたいなことは嫌いじゃないけど、

翔太に正体をバレないように過ごすのはキツい……。


でも、このイベントで翔太がバンドに溶け込んでくれるなら……。

すべてがうまく行くようになるなら。


「はぁ……わかったよ。行けばいいんでしょ?

オレが責任もって、みんなをまとめる。

バンドのためだからね」


「さすがバンド界のミューズ!」


「その名前、やめてよ……」


ミューズって女じゃね?

オレは男だっつの。


まとまらない地獄の殺人鬼を、

同じ目標に向かう同士にする……。

オレにできるかどうかはわからないけど、

翔太のためだ。


カナタのパソコンを借りると、

オレはさっそく合宿できそうな場所のチョイスを

始めた。



「……『清里強化合宿』!?」


地獄の殺人鬼のメンバーにしおりを配ると、

みんな目を点にした。

そりゃそうだ。

翔太は学生だけど、他のメンバーはいい大人。

それが今更合宿なんて、笑っちゃうよね。


「ボクがみんなを引率していく。

カナタに頼まれたから」


「えーと……レイさんは何者なんですか?

社長は前に『ちょっと言いにくい関係者』って言ってたような」


翔太のやつ、よく覚えてるな……。

それってレイの姿で初めて会ったときのことじゃん。


「あー……ボクはリロードレコーズのスカウトマンなの。

だから顔がバレると面倒くさい。

カナタはそういう意味で言ったんだよ」


「レイ……さん?」


何度もオレを見て名前を反復するな!

どんだけオレのことを気にしてるんだよ、翔太!

こっちが恥ずかしくなるわ。


「で、なんすか? 強化合宿って」


テツがしおりをパンパンと叩きながら

質問する。


「カナタもボクも、このバンドには結束力がないと思ってる。

だからみんなで同じ釜の飯を食って、

様々なことを一緒に体験して

仲良くなってもらおうってこと」


「仲良くも何も、俺たちは問題なんかねぇよ……。

ただ、新入りが下手くそだからその教育が面倒だってだけで」


「オレが問題みたいに言わないでくださいよ!」


翔太のやつ……。

相変わらずバンドの中では吠えまくるな。

学校のときの爽やかさが嘘みたいだ。

まぁ、ある意味ロッカーぽくは見えるけど。

でも、問題はそこじゃない。


「だーかーら、そうやってケンカすんのが問題なの!

いいから、ボクのいうことを聞いて、2泊3日過ごしてもらうよっ!」


「はぁっ!?」


全員露骨に嫌な顔をする。

こいつらには一度ガツンと言わないとダメだ。

ったく、ガキじゃないんだから……。

なんで仲良くできないんだよ!


「いてっ」

「わっ!?」

「なっ」

「うおっ」


オレは並んでいた順に、しおりを丸めて頭を殴った。


「いい加減にしろっ!

お前ら大人3人は前から一緒だからいいかもしれねえ!

だけど、新入りが入ったならうまくやってく努力くらいしろよっ!」


「ず、ずいぶんハスキーな声っすね、レイさん」


やべ、つい地声が出た。

ヒロのやつ、変なところに気づきやがる。


「こほん、ともかく!

3月のスケジュールはみんな空けとくように!

翔太も、ちゃんとテスト休みの日に設定してあるから

大丈夫でしょ!」


「えっ……オレ、カナタさんにテスト休み申告したっけ?

でもスケジュールは休み通りだ」


くそっ、カナタに全部任せられたから

勝手にスケジュール組んだけど、

あいつ確認してなかったのかよ!

ホント、『社長職』とギター以外なんもできないな!


「そう? それは偶然!

よかった~。ボク、適当に組んだからダメだったら

どうしようって思ってたんだ」


テヘペロ☆

……なんて、柄にもないことをして自己嫌悪に陥る。

だけど、なんとか翔太はそれで誤魔化せたようだ。


「そっか。よかったです!

オレのせいでスケジュール調整し直しになったら

また迷惑かけちゃうから……」


「そういうわけだから!

みんなしっかりこの合宿で仲良くなってよね!

ちゃんと新曲作る時間も取っておくから!」


「はいっ!」

「はーい……」


やる気満々の翔太と、面倒くさそうな3人の声が

響く。

この4人をケンカさせずに

うまく仲良くさせることはできるのだろうか。

それはオレの手腕にかかっている。


でも、そもそも甘えなんだよな。

お前ら仕事なんだから、職場の人間関係として

ある程度割り切れっつの。

あーもう、イライラするな。こいつら!


とりあえずこいつらはここで解散させよう。

まずはテスト勉強。

オレだって高校生だからな。

それが終わったらお前らの甘えた根性、

オレがみっちり直してやるっ!


メンバーが部屋から出て行く中、

翔太だけがなぜか残った。


「ん? どうかした?」

「………」


じーっと見やがって!

オレはともかくできうる限りのかわいい笑顔を

翔太に向ける。

バレちゃいけない。こいつだけには。


「いや、レイさんとお話ししてみたかったから……

その、嬉しくて!」


「あはは、そう?」


声が裏返る。

お話って、毎日学校でしてるだろっ!


「んー、なんかよくわからないんですけど、

オレ、レイさんと気があうような感じがするな!」


最上級の笑顔きた。

……お前、その笑顔をファンの女の子に向けてやれよ。

クラスの女子でもいいさ。

みんなメロメロになるぞ?

というか、正体を知らないとはいえ、

男のオレにそんな笑顔を向けないでくれ。

それはすごいムダだ。

もったいなさすぎる。


これが女子だったらなぁ。

きっとときめいたりしてたと思う。

爽やか系イケメンに『気があいそう』なんて言われたら

気分がよくなるだろうよ……。

でも、あいにくオレは男だ。

しかし演技で誤魔化す。


「ボクも同じ気持ちだよ。

だけどさ、翔太。

キミはちゃんと自分の問題に向き合い合わなきゃいけない。

それはわかってる?」


「もちろん……オレも悪いんだ。

もっと努力しないといけないってわかってるのに。

東京で成功するって、父さんと約束して、

やっとデビューまでこぎつけたのに、こんなんじゃ……」


「翔太……」


そうだよな。

オレ、忘れてた。

こいつがめっちゃ努力家ってこと。

努力してないわけがなかったんだ。

ドラムの腕ももちろんだけど、転校してきたときもそうだった。

すぐクラスに打ち解けようって、いつもニコニコ笑ってさ。

一番近くで見てたはずなのに、オレも案外ひどい人間だな。

今もこうして女装してだまして……。


「でも、レイさんがサポートしてくれるなら、

オレ、もっと頑張れるかもしれない。

いや、頑張りますっ!

合宿で、ビシビシ鍛えてくださいっ!

お願いしますっ!」


翔太は勢いつけて頭を下げると、

にっこり笑って部屋から出て行った。


「ちくしょう……なんて真っ直ぐなヤツだよ。

オレ、なんだか負けそう……」


その場にへたり込むと、

ずるっとカツラを取る。

爽やかなヤツはどこまで行っても爽やかなんだなぁ。

こんな純粋すぎる人間は、

確かに大人……他の3人のメンバーから見たら青臭いかもしれない。


「こりゃ厄介な仕事になりそうだ」


オレはこっそり着替えて部屋を抜け出すと、

電車の中で単語帳を広げる。

厄介な仕事の前に、もうひとつ厄介なテスト勉強。

ああ、オレって忙しい。

大きくため息をつくと、視線だけで英単語をなぞった。



「よっ、アキラ!

テストどうだった?」

「翔太は?」

「なんとか赤点は回避ってところ」


テスト用紙を見せてもらうと、そこそこな成績だった。

『なんとか回避』なんて言って、頑張ってるな。やっぱり。


「バンドも大事だけど、学生の本分は勉強だろ?

父さんともそう約束してたから。

大学は行かなくてもいいけど、高校だけは

きちんとした成績で卒業しろって」


「お前、父さんと仲いいよな。

長野でライブハウスやってるんだっけ?」


「あ……う、うん。

それより! アキラの方はどうだったんだよ!」

「お、おい、ちょっと! 勝手に取るなよ」

「え……な、なんだこれ!?」


オレのテストの点を見た翔太は

固まった。


「……99点、100点、94点……って、

先生何にも言ってなかったじゃん!

いつも言うのに! 『うちのクラスで一番成績がよかったのは~』って!」


「あんまり目立ちたくないから、言わないでもらってるんだよ。

それに、オレの実力じゃないから。その点数」


「何言ってんだよ! 実力じゃないって……。

もっと胸張ればいいのに」


「あのな……。

お前にはホントのこと言うけど、

オレ、ヤマ勘100%当たるんだよ……。

先生の仕草とか口調とか性格とかで、なんとなくこの辺が出そうだなって。

だからテスト勉強はその範囲しかしてないんだけど、

見事に的中して高得点を取っちゃってるの。

だからこんなの、実力じゃない」


「運も実力のうちだと思うけどなぁ~。

あ! そういえば、オレの知り合いにもいたよ!

運がいい人」


「へぇ、どんな人?」


「前に話したゴスロリの……」


「あっ、そうだ。オレ、先生に呼ばれてたんだ。

ノート化学室に忘れてて!

ちょい取ってくるわ!」


……危ない危ない。

自分で地雷踏んでどうするよ。

なんとか翔太から逃げることはできたけど、

こんな調子じゃ合宿が思いやられる。

――『地獄の殺人鬼』合宿日程は、いよいよ明日からだ。



7:00ちょい過ぎ。

駅に集合したオレたちは、

特急で清里まで行く。

カナタの配慮でグリーン車だ。

なんだかんだ言っても、こいつらも有名人の端くれ。

万が一、何かあったら敵わないからな。


「レイさん! この弁当、おいしいですよ!」


「いや、それはいいんだけどさ……。

翔太、キミはボクにばっかり構わないで、

もっとメンバーと絡みなよ!」


「そう言われても……」


「おう、ヒロ! すっげー!!

レタス畑だぜ!!」


「川広ぇ~!! てか、まだ超雪積もってるじゃん!」


「雪を見ながら露天風呂で一杯……くぅ~っ!」


「……みんな特急乗る前に酒買っちゃって。

できあがってるんですよ」


あいつらっ……!

こんなことなら、最初に注意しておけばよかった。

ただ、修学旅行みたいなノリだったらまだ翔太も

入れたかもしれない。

だけど、酒の力が入ってるならなぁ……。


ちっ、しょうがない。

宿に着いたら即、根性叩きなおしてやるっ!

あいつら、なんで合宿やるのか忘れてやがるっ!!


隣で翔太が心配しながら、オレは親指の爪をがじがじと

噛んでいた。


清里は雪がまだ腰まであって溶けていなかった。

駅からは雪かきしてあった道を歩き、

合宿の地へと向かう。


「うわっ、すっげぇ~!」


テツが声を上げる。

他のメンバーも到着したロッジを見て

目を輝かせている。

8部屋しかないきれいな個室。

しかもディナーは地元の食材を使った絶品。

ワインの種類も豊富らしい。

貸切り制の露天風呂もあり、小説家やライターが

季節を問わず執筆活動に利用すると有名な場所だ。

しかもジャズバーがついており、

ドラムとマイクはある。

ギターとベースはヒロと石坂に持ってくるように言ってあったから、

問題なく作曲活動もできる。


……が、浮かれるのもここまでだ!


「いい? ここは少人数しか泊まれないロッジなの。

今はシーズンオフだから予約は詰まってないけど……

ボクがお願いして、キミたちがここで働けるようにしたから」


「は、働く!?」


4人は目を見開いて驚いている。

ま、当然か。

『合宿』って聞いてたのにいきなりロッジで働けなんて言われたら、

誰だって度肝を抜かれる。

だが、これは試練だ。

みんなで協力して乗り越えてもらうぞ!


「みんなには部屋と風呂の清掃、ディナーの用意、

あと酒の提供をお願いするよ。

それが終わったら、バーで新曲作りね」


「清掃? ディナーの用意……。

ミュージシャンの俺が!?」


テツが真っ青になる。

せっかく頑張って有名人になったのに、

いきなり下積みに逆戻りだな。


ヒロも石坂もショックを受けているようだ。

そんな中翔太だけはウキウキしてる様子だった。


「オレ、家の手伝い以外で働いたことなかったから、

ちょっと楽しみかも!

でも、オレには酒の提供はできないんじゃ……」


「そこはみんなで協力して。

酒の提供って言っても、ただグラスに注ぐだけじゃない。

ここは甲州ワインが有名だからね。

赤、白たくさん種類があるし、味も違う。

それ、全部説明できるようにしてね、今夜まで。

さっ! さっそく掃除とディナーの準備を始めて!」


「は、始めるって言ったって……」


ヒロもうろたえる。

わりと冷静だった石坂も、何をすればいいのかわからず、

混乱しているようだ。


「みなさん、ここは分担して取りかかりましょう!

料理ができる人はディナーの準備、それ以外は掃除と……」


「俺、料理無理」

「俺もカップ麺しか……」

「じゃ、テツさんとヒロさんは清掃をお願いしてもいいですか?

石坂さん、料理は?」

「偶然だけど、俺はホテルの厨房でバイトしてたよ」

「俺も少しは料理できるんで、厨房入ります。レイさん、レシピはあるんですか?」

「あ、うん、預かってる」


オレはロッジから受け取っていたディナーのレシピを

翔太に渡す。


「では一度、掃除と夕食の下ごしらえが終わったら

再度集合して、ディナー時の対応を考えましょう!」

「お、おう」


翔太がパンと手を叩くと、一同解散になった。


……翔太がこんなにうまく仕切れるとはな。

思ってたよりうまく行くかも。

テツたちもみんな、いきなり働けと言われて対応できなかった中、

あいつはひとり順応していた。

コック用の白いエプロンをつけると、翔太と石坂はディナーの下ごしらえを始める。

テツとヒロも室内の掃除を開始する。

うん、なかなかいい調子じゃないか?


みんなは忙しく働きだす。

最初の客のチェックインは、15:00。

それまであまり時間はない。

オレはロッジの全権限を委託されているので、

オーナーへの挨拶にひとり出かけることにした。



「たっだいま~。どう? 調子は」

「お、レイさん。おかえり」


厨房に集まっていたメンバーがオレを迎えてくれる。

石坂と翔太は下ごしらえを終えていた。

このふたり、手際なかなかいいな。

残りの清掃組のふたりも、なんとか8部屋のクリーニングを

終わらせたようだ。


「はぁ、肉体労働はキツい……」

「何言ってるの、ボーカル! 体力なきゃ、武道館のステージで駆けまわれないよ?」

「え?」

「武道館……?」

「あ」


つい言っちまった。

まだ計画段階ではあるけど、新譜が出たら武道館公演もありかなって

カナタと話してたんだよな。

決定してるわけじゃないけど、オレの言葉はみんなを奮い立たせたようだ。


「よしっ! 掃除と下ごしらえが終わったら、今度はディナー提供時の

役割を決めるぞっ! それが終わったら新曲作りだ!」


ヒロがはしゃいでいるところ、翔太もまたみんなに気合いを入れる。


「料理と風呂の掃除はオレと石坂さんで何とかできそうなので、

2人はお酒の種類を覚えてください。

今日のゲストは4組でしたよね、レイさん」


「うん。明日も4組。みんな常連だから、粗相がないようにね」

「ってか、こんなたくさん種類あんのかよ!

覚えられねぇ!!」


テツが頭を抱えているところ、翔太が赤いシートと

緑のペンを渡す。


「これ、暗記用のペンです。よかったら使ってください。

昨日までテストだったんで、筆箱にいれてたんです」


「マジか! 助かるぜ!」


素人4人の接客にオレは少しだけ不安だったが、

翔太を中心としてうまく回っていって、

オレはホッとした。


ちょっと心配していた1日目も

何とか終え、2日目。

合宿は2泊3日だから、今日が終われば

帰るだけだ。

当初の目的である、仲間意識についてだけど……。


「翔太! カワセミの部屋のお客に肉料理!」

「今持っていきます! テツさん、赤ワインの提供は?」

「石坂がやってる! ヒロ、デザート運んで!」

「りょうか~い」


うんうん、チームワークバッチリじゃん。

オレはレストランの隅のテーブルで翔太と石坂が作ったディナーを

口に運びながら、満足な気持ちに浸っていた。

どうやら昨日は一緒に働いて心がひとつになっていたのか、

夜の曲作りも遅くまで一緒にやってたみたいだしな。

これでオレのミッションもクリアだな。


デザートを運んできた翔太に、オレは声をかけた。


「どう? みんなとは打ち解けられた?」

「はいっ! 昨日も曲作りのあとにみんなでトランプやったり……。

普段だったらこんなことしないのに。

それにみなさんの下積み時代の話も聞けて、すごくよかったです!」

「そっか。ボクもそれを聞いて安心した」

「……レイさんのおかげですよ。こういう

機会を作ってくれたから」

「ボクのおかげ? それは違うよ。これは……ボクの仕事。

地獄の殺人鬼を売るためにね」

「レイさん……」


だからそんな目で見るなって。

お前は犬かよ……。

オレも飼い主じゃねーっての。


だけど、翔太はよくやったよ。

さすが努力の男だ。

あいつがうまく仕切ったから、今回みんなもうまく立ち回れたみたいだし。


「ま、2泊3日、よく頑張ったね」

「まだ明日もありますよ。朝食の準備とか」

「まぁね。最後まで気を抜かないように」


オレはデザートのクレームブリュレをスプーンで割る。

翔太のヤツ、こんなもんも作れるのか。

なかなかうまいじゃん。

すべてのディナーが済むと、オレは口元をナプキンで拭いて

自室へと戻った。



「ふあ~、みんなも仲良くなったみたいだし、

なんだかんだ言ってうまいメシも食えたしな~。

まだ清里は雪がすごくてどこも出かけられなかったけど、

ここのロッジ、居心地いいし、風呂も露天だ」


2日間ほとんど女装だったオレだが、

風呂のとき普段の高橋アキラに戻れる唯一の時間だった。


「ここも明日でおさらばか~。それと最後の総仕上げだな!」


身体を洗って風呂に身体を沈める。

マジ気持ちいいわ……。

一日中カツラかぶってたせいか、首も疲れた。

それも、明日で終わりだ。


オレが至福のひとときを過ごしていた

そのとき……。


ガラッと露天風呂の扉が開く。

えっ……!?

ここって確か貸切りで、ドアに札をかけておけば

誰も入ってこないはずだよな!?

なんで……。


「あっ、あ~っ!?」

「げ、翔太!」

「アキラ!? なんでこんなところにいるの!?」

「お前こそなんで! 札がかかってたはず……」

「落ちてたからてっきり誰もいないんだと……。オレの方がびっくりしたよ!」


マジかよ、最後の最後で最悪だっ!

何オレミスってんの!?

居心地が悪くて

無言で風呂に口までつけるが、すぐに息が苦しくなる。


「アキラ……だよね」

「う、うん」


翔太も身体をお湯で流すと、湯船に入りオレの隣に座る。

またじっとオレの顔を見つめると、はぁとため息をついた。


「やっぱりな」

「え?」

「レイさんって、お前だろ?」

「……気づいてたの?」

「確かに顔はかなり美人だったけどさ、一緒にいるときの居心地の良さとか

話のテンポ、声質でわかったよ」

「うわ、だっさ……正体バレてんのに、女装なんかしてさ」


お湯のせいか、恥ずかしさのせいか、

顔が赤くなっていく。


「気づいていたとはいえ、やっぱ本当にアキラだってわかったら

びっくりしたよ」

「悪かったな、お前の気になる『レイちゃん』じゃなくて」

「え? 『気になる』ってどういうこと?」


不思議そうに首を傾げる翔太。

それをオレに言わせるか?

濡れたタオルを頭に乗せ直すと、言いにくいことを自ら

言った。


「その……好きっていうか、ひとめぼれしてたんじゃねーの?

オレに」

「違うけど?」

「はぁ!? だったらなんで『気になる子』とか言ったり、

やたら犬みたいに懐いてきたりしてたんだ!?」

「学校と同じテンションでいられたからだよ。

これでようやく合点がいった。

レイさんがアキラだったから、そばにいると気楽だったんだ」


……それだけ!?

こいつ、大丈夫か?

イケメンでモテるし、ファンも多いのに

そんな女子に興味がないって。

事務所としては安全で信頼のおけるミュージシャンだけど、

同年代の男子としては色々心配になる。


「お前、男好きとか?」

「いや? 普通に女の子が好きだけど、ほら! 今はそんなことよりも

オレには向き合う問題があるじゃん!

そう言ったのはレイ……アキラだよ?」

「あ」


またニコニコと笑う翔太。

努力家で、真面目で、誰よりもバンドのことを考えている。

こんな純粋なヤツっているか?

大人3人には青臭すぎる。

そう思ったけど、だからこそこいつがあのバンドに必要だ。

デビューが目標で、その目標に達したあと、

燃え尽きてしまわないように。

あの3人には未来を照らす光がいる。


「そうだったな。

最終日、いつもより気合い入れとけよ? お前ら全員驚かすイベントが

待ってるんだから」

「驚かすイベント?」


オレはニヤリと笑うと、露天風呂をあとにした。



「やっと帰りか~! 2泊3日よく働いたぜ!」


テツが拳を高く掲げる。


「俺は昔のバイトを思い出したな。下積み時代の苦労があってこその

今だ」


石坂も満足げに胸に手を当てる。

ヒロは翔太に目をやると、嬉しそうに笑った。


「でも、一番の収穫は翔太だな」

「オレですか?」


翔太は不思議そうな顔をするが、

テツも石坂も笑顔だ。


「そうだな。ガキだガキだと思ってたけど、俺たちの誰よりも

頼りがいがあった」

「夜の新曲作りもうまくいったのは、お互いを知りあえたからだ。

トランプとか久々にやったしなー!

俺も学生時代のことを思い出しちまったよ」


「ふうん、テツたちの学生時代ってどんなのだったの?」


「俺たちは軽音楽部だったんだけどさ、面倒くせぇ先輩がいたの。

後輩で年下ってだけでいちゃもんつけられて。

俺たち、そんな人間になりたくないと思ってたのに、

気づいたら翔太に対して同じことしてたんだよな」


「テツさん……」


翔太はあまりの嬉しさに、涙を浮かべている。

地獄の殺人鬼。

とんでもないバンド名で、元・ゾンビスクラップの弟分。

メタル系と青春系の融合……なんてカナタに無茶振りされた

みんなだったけど、

今ならそれができそうだ。


見た目は爽やか、やる曲はガチ。

『なんとなく微妙』と言ったけど、今は違う。

こいつら、絶対売れるわ。


「よし、合宿ラスト! 締めに入るぞ。

荷物をまとめたら、ロッジの外に止まってるバンに乗って!」


オレたちの2泊3日を締めくくるのに最高のステージが待っている。

ロッジのオーナーに送ってもらって着いた場所は……。


「お、オレの家?」


山梨から翔太の実家まで、そう時間はかからない。

初めて見た翔太の実家……ライブハウスF.L.Yに、今は人がいない。


「翔太、ごめん。親父さん亡くなってたんだな。

今回お母さんに連絡取ったとき、初めて知った」

「謝るなって、アキラ。

オレは今、父さんの遺志を継いでこのバンドにいるんだからさ」


「……今日はお母さんから特別にここの鍵を預かってるんだ」

「え?」

「みんな、新曲はできてるんだろ? 翔太の凱旋ライブだ!」

「えぇっ!? 急すぎるよ、レイちゃん!」


驚く石坂にヒロ。

だけどテツは翔太の肩を抱いて、自信満々な顔を見せていた。


「俺は別にいいぜ? 翔太の父さんのライブハウスで

できるなんて、サイコーじゃん!

ま、当日じゃ客も集まらないかもしれないけど、

俺たちの初ライブもそうだったし!

気にすることは……」


「お客はいるよ?」


ライブハウスの表側には、すでに8組の男女。

彼らはみんな、ロッジに泊まっていたお客だ。

さらにいうなら……。


「今回は有名な音楽ライターやバンドウォッチャーに

集まってもらった。

そんな中で新曲発表するんだから、生ぬるいノリじゃ甘いからな?」


「みんな関係者だったのか!?」


驚くメンバーたちだけど、オレは心配していない。

こいつらはもってる。

絶対にイケる。

数日後にはきっと、

雑誌のコラムに今夜の『地獄の殺人鬼』のライブの話題が出る。

ついでに合宿のことも。


すべてはうまくいく。

なんてったって、オレがついてるんだから。

男だけど、お前たちにはレイっていうミューズがいるんだ。


……っていうか、ヘボい演奏なんてしたら

すぐに見捨てるけどね。


「楽しみにしてるぞ? お前ら!」


「おうっ!」


4人の男たちの声が、雪のとけきっていない街に響く。


やべえ、楽しみすぎる。

このバンドを育てていくのが。

今からワクワクするよ――。


翔太はオレに軽く手を合わせる。

それに首を振ると、オレも笑った。


「礼なんていらないって。

それより! これからもお前らを支えていくから

絶対負けんじゃねーぞ?」


「もちろん! 『レイさん』に目をかけてもらったんだから、

恥かかせるわけにはいかないよ」


「バーカ」


「ほら、はやくゲネプロ始めようぜ!」

「舞台のセッティングから始めないといけないのか?」

「っていうか、まずは掃除かもな! 使ってなかったんだろ?」


テツやみんなに急かされ、オレたちはライブハウスの扉を開ける。

ホコリっぽくて、一度は死んだ場所。

だけど、今夜だけは地獄から殺人鬼たちが戻ってきて

小さな祭りを開くんだ――。


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