第5話 オペ依頼

あの日以来、ポン太から聞き覚えのない知らないおっさんの声が聞こえてから、私は、自宅のマンションに帰れなくなり、ホテル住まいをするようになっていた。

ポン太の餌やりは、全自動の餌やり機があるので、ポン太は、今も生きている。

私と住んでいたあの部屋で。私と交わっていたあの部屋で。

ペットとそういう行為をするのは、倫理的に間違いだと、わかっている。

しかし、アイドルは、一度でも男の影がちらつけば、一発アウトだ。

ましてや、私は、国民的アイドルグループのセンター。

バレなければ、いいでしょ。と思っていた。誰にもバレなければ、そんな事実はないのと、一緒なのだから、と――。

でも、弥月医師に知られてしまった。しかも、私がポン太だと思ってたペットの中身は、おっさんだった。

私のペットに何度も喘がされる見とっもない姿は、誰にも見られていないと思っていたが、幽霊からは、丸見えだった。

その事実が幽霊達にレイプ漬けされていたのと同じぐらい、いや、それ以上に私を恥辱で苦しめた。

何もかも、無かった事にしたい。

それには、ポン太の存在自体を無かった事にしてしまうのが、一番いいとわかっていたが、私にポン太を殺処分する勇気は、湧いて来ない。

だって、私とポン太には、思い出がある。逢瀬以外にも、一緒に過ごしたかけがえのない日々が――。

仕事のストレスから何度、ポン太の存在で助けられたか、わからない。

その中身がおっさんとわかり、全てが台無しになってしまったが、だからと言って、殺してしまえとは、簡単に思えないのだ。

芸能活動は、徐々にだが、再開できていた。

あの部屋に帰らなくなってから、ポン太がいる部屋に帰らなくなってから、レイプされる夢も見なくなった。

やはり、弥月先生の言う通り、場所というのは、ある程度、霊にとって、関係あるらしい。

このまま、あの部屋に帰らなければいいだけだが、そろそろ自動餌やり機に入れておいた餌が全部、無くなる頃だ。私が帰って、餌をやらなければ、ポン太は、簡単に死んでしまうだろう。

ペットを意図的に餓死させれば、確か、犯罪になるんじゃなかったっけ?

例え、法律に触れなかったとしても、国民的アイドルがペットを餓死させれば、週刊誌のいいネタになりそうだ。

私は、自分の保身ばかり考える自分に嫌気が差しながら、ホテルに帰ろうか、マンションに帰ろうか、迷っていた。

そうするうち、ウェザーニュースの予報通りにゲリラ豪雨が降ってくる。

傘を用意してなかった私は、ずぶ濡れになる。

ずぶ濡れになりながら、私の足は、自然とホテルの方へと向いていた。

そこに黒い雨がっぱを着た背の高い細身の男が立ちはだかる。

「檸檬畑かぬれさんですよね?」

と言って、男は、名刺を取り出し、私に向けてきた。

悪質なファンでなければ、十中八九、週刊誌の記者だろう。

弥月医師と一緒にマンションに入っていくところを撮られたのかもしれない。

面倒くさいことになったなぁ、もう。

私は、ろくに名刺も見ずに、

「違います」と言って、その場をやり過ごして、去ろうとした。

その私に向け、黒い雨がっぱの男は、

「ポン太くんをこのまま、見殺しにするつもりですか?」

と言った。


どうして、それを?


どこから、情報が漏れたか、私は、一瞬のうちに脳をフル回転させる。

考えられるのは、弥月医師だが、彼は、医者には、守秘義務があると言っていたし、彼がベラベラ喋るような男には、私には思えない。


なら、どうして?


困惑に瞳が揺れていただろう私の前に男は、再び、名刺を差し出した。

「俺は、こういう者で」

名刺には、こう印字されていた。


心霊外科医・神津かみつ継次けいじ と――。


「俺なら、ポン太くんを生かしたまま、ポン太くんに取り憑いた霊を除去できますぜ」


私は、彼の言葉に脳が一瞬、固まったような感覚を味わう。

そして、私の口から次に出た言葉は――、

「本当に?」だった。

へなへなと口元が雨の冷たさで歪んだ。


「ええ、心霊摘出手術というもので、お値段は、そうですね。600万円になりやす」


私は、その値段を聞いて、

妥当な値段ね――、と思った。

ちょうど、私の一ヶ月分の給料に近い。

ポン太を生かしたまま、本当に取り憑いた霊を取り除いてくれると言うなら、それぐらいは、払える。


「あなた、霊感詐欺師じゃないの?本当に信用していいの?弥月先生も霊を祓える霊能力者は、少数だって、ほとんどが詐欺師だって、言ってたわよ」


「はっ」と神津継次という男は、鼻で笑った。

「少なくとも、俺は、弥月より信用できる男だよ。あんなアメリカの殺人電波がなんちゃら言って、効果のない退化薬なんざ渡すだけの霊を祓う能力をまるで、持ってない奴に頼るより、俺に一回、600万払う方が、よっぽど賢い選択だよ。まぁ、俺に用が無いっつんなら、俺は、このまま、帰るよ。客は、全国に万といるんでね」

神津継次は、そう言って、名刺を下げ、帰ろうとする。

私は、彼の腕を掴んで、止めた。

「払う。600万払いますから、ポン太から、悪霊を取り除いて!」


神津継次は、にんまりと信用の置けない笑みを浮かべ、

「ご依頼、承りましたぜ」

と言った。

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