第2話 診察(2回目)

私、天下の大アイドルである檸檬畑かぬれは、弥月天四郎という謎の心霊内科医を自称する男の処方した退化薬なる怪しげな薬を服用して、3日経過したが、霊障と思われる例の症状は、一切、治る気配を見せていなかった。その為、

「どういう事よ!ちっとも、良くなんないじゃないのよ!この霊感詐欺師!」

と私は、東京からO阪まで、わざわざ彼の診療所を訪れてまで、文句を言いに来ていた。


「あら、効果が出ませんでしたか。どうやら、今日本さんの霊力は、減退しても、霊障を受信してしまうほど、強力なようですね」


「いい加減なこと言って、ごまかすんじゃないわよ!私に霊感なんて、無いわよ!」


「今日本朋花さん、幽霊が見えたり、幽霊の声が聞こえたり、するのだけが、霊能力ではないのですよ。霊能力をお持ちの方には、霊障の被害を受けるアンテナだけが特化している方がいます。ここに来る人の大半がそうです。あなたのように霊障に合って、初めて自分に霊能力があったと気づく人も珍しくありません」


「何よ、そのクソ迷惑なゴミみたいな能力……こんな能力いらないから、なんとかしてよ!私に取り憑いてる変態供を早く祓ってよ!」


「今日本さん、祓え祓えと簡単におっしゃいますが、霊を祓うなんて、都合の良い能力、持っている人は、非常に稀なんですよ。実際、祓い屋のほとんどは、詐欺師です。まぁ、インチキでもプラセボ効果、思い込みの力で、ある程度の霊障は、抑えられるので、良くも悪くも、っといった感じですが」


「退化薬うんぬんの話もそのプラセボ効果を狙ったものだったのね」

私は、アイドル界で評判の自慢の目ヂカラで弥月医師に詰め寄る。それに対し、


「あなたは、あなたの信じたいものを信じればいいと思います。何が真実かなんて、人それぞれが決めるものです」

と弥月医師は、シニカルに笑った。

なんて、不誠実な男なのだろう。


私は、

「もういい!帰る!」

と黒い丸椅子から立ち上がり、彼に背中を向けた。


すると、弥月医師は、私の背中に向け、

「私としては、髪を切ることをおすすめします」

と喋りかける。

「髪は、長ければ、長い程、霊との波長を合わせやすくする強力なアンテナの役割を果たしますから、元から絶った方がいいでしょう。髪を切って、霊と繋がる電波自体を遮断してしまうのです」


その時点で私は、気づいた。弥月医師は、私の背中に語りかけてるのではなく、私の黒くて長いストレートな髪を見ながら、語りかけているのだと――。

「は?髪なんて、切れるわけないでしょ?私、タレントよ」

私の黒くて長いストレート髪は、漫画「君に届け」の主人公黒沼爽子みたいだと女子ファンの評判が良い。女性アイドルにとって、女子人気を得ることが、如何に重要か、このおっさんには、わからないだろうが、男性ファンの支持を得ることが当たり前の女性アイドルグループでは、センターの座を得るには、女性からの支持もないといけないのだ。

少なくとも、私は、そう考え、今まで3枚のシングルでセンターを務め、不動の地位を築きつつある。

この霊障があったせいで、次のシングルでは、センターを後輩に譲る事になりそうだが、次の次のシングルでは、必ず、返り咲いてやらねばならない。

その私に髪を切れだと?このハゲが!!

「私、この症状が収まったら、主演映画の第二弾の撮影をする事になってるんだから、無理に決まってるでしょ!ただでさえ、撮影開始を待ってもらってる身分なのに、髪型なんて変えれるわけない!役のイメージが崩れちゃう!」

私は、振り返って、霊感詐欺師かもしれない男に向け、金切声で叫ぶように感情をぶつけた。


弥月天四郎は、少し困ったように、黒い丸椅子から立ち上がる。

「そのあなたの芸能活動とやらは、あなたの人生より大事なんですか?」

ほとんど問いかけに近い喋り方だった。

「その映画の主役をやる事と自分の命、どちらかしか取れないとしたら、どちらを取るか、もう一度、冷静になって、考えてみてください。この霊障は、決して、治らないものではない。自分を救うかどうかを決めるのは、あなたです」

私は、弥月医師にそう言われても、答えず、背中を向けて、診察室を出ていく。

前と同じように退化薬だけ受け取り、家路に着く。

自宅マンションの玄関を開けると、シッポを振って、ポン太がハァハァと舌を出し、かけ寄って来る。

「よちよち、いい子でちゅうね〜。ポン太!ママでちゅよ〜」

私は、しゃがみ込んでポン太の頭を撫でてやる。

ポン太は、愛くるしい瞳で私を見つめて、顔面を舐めてくる。

「ママの髪、長いままの方がいいよね〜」

ポン太は、

「クゥンクゥン、ワッフ!」

と答えた。

私は、

「そうだよね〜」

と言って、スカートからパンツを下ろした。


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