心霊内科医 弥月天四郎の処方箋

紙緋 紅紀

第1話 初診

私は、檸檬畑レモンばたけかぬれ。秋葉原フルーツパーラーズというアイドルグループでセンターを務めている。

私は、最近、ある悪夢に悩まされている。

シャレにならない悪夢だ。

毎晩のように大勢の男達に犯される悪夢――。

しかも、その私の夢には、リアルな感触がある。

男臭い吐息、全身を這い回る不快な指先と舌、秘部へと侵入してくる肉の塊、乱暴な腰使いによる痛み、恥辱、そして、否定したい波を打つような押し寄せてくる自らの性的反応。と同時に口を塞がれ、喉奥を突かれ、私の尊厳は、ボロボロになる。

全てが現実のように思え、毎回、飛び起きるが、そこに、私の一人住まいのマンションのベッドルームに人は、私以外にいない。

いるのは、うなされていた私を心配そうに見上げ、

「クゥン」と鼻音を立てる

ゴールデンレトリバーのポン太だけだ。

私の身体に男達が放った精液は、一粒も残っておらず、パジャマも乱れておらず、綺麗なままだった。

が、あの感触をただの夢だとは、私は、どうしても、思えない。

私は、悩んだ末、マネージャーに相談し、マンションの管理会社に頼んで、マンションの全監視カメラの映像を確認したが、私の部屋に侵入した男達などどこにも映っていなかった。

マネージャーは、私に精神科や心療内科を勧め、カウンセリングも受けさせたが、私のその毎夜の症状がおさまることは、なかった。

私は、眠るのが、怖くなり、不眠症にまでなり、精神が摩耗する日々が続き、芸能活動を休止せざるおえなくなった。

それでも、見えない男達による強姦行為は、続いた。

私は、まさかとは、思ったが、見えない男達は、私の想像物ではなく、幽霊ではないか、と考えが及ぶようになった。

私は、毎夜、幽霊に犯されてるのではないか、と――。

その可能性について、カワベというカウンセラーに話したところ、

知り合いに心霊内科医という私のような霊障に悩む人々を専門に治療している医者がいると、紹介状を渡された。

私は、わらをも掴む思いでそれにすがりつき、O阪府のJ地区にある小ぢんまりとした個人経営らしき医院を訪れた。

看板には、弥月心療内科と書かれていた。

私は、結局、あのカウンセラーも私を精神病扱いしていると、舌打ちをした。

まるで、私に非があるみたいに――。

でも、私に他に頼るツテがあるわけでもない。

私は、その診療所に入り、紹介状を受付で渡した。

午後の診療時間が始まったばかりの18時――。

私以外に待合にいる患者は、一人もいなかった。

こんな感じで経営が成り立つのか、と私は、心配した。

いや、見知らぬ診療所の経営を心配したのではなく、ここに私を任せて本当に大丈夫かな?と心配した。

今日本きょうもと朋花ともかさん、お入りください」

と私は、本名で呼ばれ、診察室に入った。

白衣を着たスキンヘッドの顔色の悪い20代か30代か40代か判然としない男が黒い丸椅子に座っていた。頭は、完全なハゲというわけではなく、毛が無いのに、青みがかっていて、気持ちが悪かった。

年齢不詳の童顔も、美容に気を使ってる風でもなく、不気味に見えた。

そもそも、いい歳こいたおっさんの童顔は、気持ち悪いが、それだけではない呪われてるのか、コイツと思わせる雰囲気を持った不気味な男だった。

不気味ではあるが、不清潔ではない白衣の下の黒シャツと黒ズボン。私は、男の身なりと雰囲気におずおずとしながら、男と対面する黒い丸椅子に座った。

「はじめまして、今日本朋花さん。私は、病院長を務めている弥月天四郎です。まぁ、病院長と言っても、ここに医者は、私しかいないわけですが」

弥月天四郎は、冗談を言ったらしく、クスッと不器用に口を歪める。

こちらをリラックスさせる為に言ったのだろうが、別におかしくもなんともない。

私は、初対面の弥月医師に少し苛立いらだった。

「あなたを悩ます症状は、お持ちになった紹介状に書かれてあったので、わかりました。就寝中に襲われる霊障に悩まれてるようですね。あなたのような若くて、キレイな女性には、決して、珍しくない症例です。よくある事なので、心配ないですよ。決して、治らない霊障ではありません。お薬を出しておくので、3日程、それで様子を見てください。その効きめ次第で今後の治療方針を決めます」


「お薬?」

私は、しばし、呆然と弥月医師と見つめあった。

いや、睨んでいたかもしれない。

「薬で治るんですか?わかってるんですか?私は、精神病なんかじゃないんですよ?」


「ええ、わかっていますよ。大丈夫です。大概の場合は、私の処方するお薬で治ります」


「は?だから、なんで薬なんかで、霊が襲ってくるのを止めらるんですか?」

言いながら、私の苛立ちは、増していた。


「霊が襲ってくるのは、もちろん、止められませんよ」


「は?は!?」


「私は、薬で霊障を抑えると言っているんです。薬なんかで霊の動きは、止められませんよ」


「は?だから、どういう意味よ、それ?私をバカにしてんの?あんた」

あんた呼ばわりしたのが、気に食わなかったのか。弥月医師は、やれやれと首を振った。

「患者様のご要望とあらば、どのように霊障に効果があるか、お薬の説明を致しますが、どうなさいますか?」

バカ丁寧に言われたので、私は、余計にカチンと来たが、

「是非、説明して頂戴」

と怒りを抑えて、頼んだ。


「これから、あなたに処方するお薬は、俗に退化薬と呼ばれるものです。2000年代のアメリカの能力者狩りを目的とした殺人電波実験で世界のおよそ70%の能力者が精神や体調に異常を来たし、死亡しました。生き残った世界のおよそ3割の能力者の多くは、体の不調を精神疾患と判断され、精神薬を処方される事により、その薬の副次的効果で自らの能力が減退し、能力者ではなくなった為、能力者を狙った殺人電波攻撃から逃れ、体の不調や精神の異常から回復したのです」


「ちょっ、ちょっと待って。いきなり、なんの話?は?能力者?」


「霊能力者や超能力者の事です」


「霊能力者?は?超能力者?は?あんた、正気?」


「自分が霊障に合っていると思っているのに、霊能力者の存在は、否定するのですか?」

弥月医師に言われて、私は、返す言葉に困る。私は、こんな事になる前まで幽霊否定派だったのだ。

どう言っていいか、わからず、

「まぁ、いいわ。薬の説明を続けて」

と先を促した。


「退化薬は、そのアメリカの殺人電波実験で偶然、能力者の能力を減退させる事がわかった精神薬を改良して、霊能力や超能力を減退させる事に特化させた薬です。もちろん、国の承認を得ていない非合法薬なので、処方箋やお薬手帳には、別の合法な精神薬の名称で提供させて頂いております」


「それで、なんで私の霊障が治るっていうの?私は、ただでさえ、あんたの言う霊能力者じゃないのよ。その退化薬っていうので、霊能力を減退させたら、余計に霊にやりたい放題されるんじゃないの?」


「そうですね。ただ、霊感が失くなるので、霊に何をされても、何も感じなくなります。つまり、霊にレイプされても、レイプされた事を感じない。なまじ、霊感など持っているから、被害に合うのです。ラジオのチューニングと同じ。霊と波長が合わなくなれば、霊障に合っても、何も感じない。あなたのお悩みの症状は、無くなります」


「それじゃ、何の解決にもなってないじゃない」


「どうして?」


「だって、私をレイプした霊をそのまま放置するって事でしょう?」


「では、私にどうしろと?」


「私をレイプした霊を殺してよ」


「霊というのは、すでに死んでいます。殺すのは、不可能です」


「じゃあ、私をレイプした霊をはらってよ」


「私は、医者ですよ。霊を祓いたいなら、お祓い屋さんに行ってください」


祓い屋には、頼めない。

私には、どうしても、祓い屋には、頼めない事情というものが、あった。


「それに私に霊能力や霊感は、ない。ほんの少ししかね」


「少しなら、あるの?なら、金ならいくらでも、払うし」


「祓う程の能力は、ないと言っているんです」

霊障を専門とするとう医者なら、金を払えば、なんとかしてくれるという私の考えが甘かったのか――。


「それに霊を祓うという考えや手法自体が、私は、あまり好きじゃありません。彼ら彼女ら、霊には、彼ら彼女らのルールがあり、大概の場合、ルールを侵しているのは、人間の方なんです」


「何よ。その私の方に非があるみたいな言い方」


「身に覚えがないと?」


「私が誰か、わかってて、言ってるのよね?」


「今日本朋花さん、ですよね」


「メイクしてないから、わからない?私、檸檬畑かぬれよ」


「はい?なんですか?その檸檬畑かぬれって?」


「秋葉原フルーツパーラーズのセンター。国民的アイドルよ」


「すみません、知識不足で。テレビもネットもあまり、見ないもので」

こいつ、絶対、わざとだろ。

私は、粘って、なんとか霊自体を取り除いてもらおうと交渉したが、弥月医師は、それは、私の仕事ではありません、などと言い、退化薬の効果を経過観察しないと今後の治療方針も定まらないと言うので、仕方なく、その日は、受付で薬だけ受け取って、帰る事になった。

初診料は、高かったものの、薬代だけだと、3日分で630円。安すぎる。

非合法薬だと言うから、どれだけ、ふっかけられるのだろう、覚悟していたのだけれど――。

新手の霊感詐欺にしても、金じゃないなら、その目的がわからない。

私は、薄ら寒い想いで、出来れば、ここには、二度と来たくなかった。

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