間章その4 王子さまの見た夢
間章その4 王子さまの見た夢
ほとんど家の外に出ない鬱々とした冬休みを過ごしていたら、きわめつきに、高熱を出して年始の初っ端から学校を休むことになった。
「あー……ホントについてない」
両親ともに、今日も会社だ。
まぁ、高校生の息子が風邪をひいたぐらいで一々会社を休んでいられないだろうしな。看病してもらうといっても、病人は基本的に寝ているしかないのだし。
じゃあ、学校に行きたかったのかといえば、それも微妙なところだったしな。
登校したところで、もう、生物室に足を運ぶことはできないから。
もちろん、羽鳥さんに会いにいくことも。
彼女にこれ以上の迷惑をかけられないから、みんなの前では『なんとも思っていなかった』と嘘をついたのだけど。
そう口にした瞬間、胸に、切り裂かれるような痛みが走った。
嘘をつくことも、笑顔を取り繕うことも、今までの僕にとっては息をするのと同じぐらい当たり前にしてきたことなのに。
「はぁ……」
いつもの数倍、身体が重たく感じる。水浸しの服を纏っているような、気持ちの悪さ。
全身が熱い。汗がしたたり落ちる。
羽鳥さん。
夢でも良いから、会いたいよ。
我ながら、なんて未練がましいんだろうって思うけれど、冬休みの間中、ずっと思っていた。
でも、君は、僕の顔を見るのも嫌なんだろうな。
ふっと目を覚ましたら、もうすぐ夕方になる頃だった。
どうやら、寝落ちしてしまったらしい。なにも食べずに寝ちゃったから、さすがにお腹が空いているな。
のそのそと起き出して、冷蔵庫の中身をあさったけれど成果なし。
いま食べれそうなもの、なんにもないなぁ。
買いに行かないとダメか。
身体は相当だるいものの、近所のスーパーまでならなんとか行けそうだ。
不自由な身体を引きずりながら、やっとのことで、マンションのエントランスまで降りていったら、信じられない光景を目にした。
羽鳥さん……?
羽鳥さんが、なんで、うちのマンションに?
ぼーっとしていたら、彼女は慌てた様子で僕の方まで駆け寄ってきて。手を貸してくれた上に、部屋についてきて、ベッドに倒れこんだ僕を心配そうな顔で見つめている。
これは、夢?
僕が、あまりにも彼女への想いをこじらせすぎて、ついに夢にまで出てきてしまったのか?
たとえ、そうであっても、死ぬほど嬉しい。
そういえばさ、古典の授業で先生が言っていたけれど、昔の人は、夢にその人が現れるのは、その人が自分のことを深く想っているからだと考えたんだってね。つまり、この状況なら、羽鳥さんが僕のことを好いているからだと思ったということ。
そんなの絶対にありえないのに、遥か昔に信じられてきた言説ですら、信じてみたくなる。
もう、夢の中でもかまわないや。
ただ、君と会いたかった。
お願い。夢なら、どうかこのまま醒めないで。
熱に浮かされていたこともあり、いろいろなことを口走った気がする。
クールそうに見えて、好きな生き物のことになると夢中になってはしゃぐ。親友想いで、しっかりしていそうに見えるのに、微妙に抜けている。不器用だけど、本当は、すごくやさしい君のことが好き。
羽鳥さんが、好きだ。
ああ。情けないぐらいに、あきらめきれていないな。
夢でも、彼女に手を握っていてもらえることに安堵して、まどろんでいたら。
耳元から、急に、君の声が聞こえてきた。
「先輩。好きです。あなたのせいで、恋が、わかってしまいました。こんなに苦しいものなら、一生、わからないままでよかったです」
風にさらわれてしまいそうなほど頼りないその声は、沈みかけた意識の中で、それでも鮮烈に僕の耳へ飛びこんできた。
…………。
エッ!?
心臓が、胸を突き破りそうなほどの勢いで、バクバクと動きはじめる。
いやいや、ちょっと待って?
タンマ、ストップストップストップ!
好きな子に、こんな、願望を鍋にブチこんで溶かして固めなおしたような台詞を吐かせるなんて。いくら夢にしても、あまりにも都合が良すぎじゃないか?
逃げるように部屋から遠ざかっていく足音までリアルで。
どくどくと加速していく心音に急かされるようにして飛び起きたけれど、そこには誰もいなかった。
いつもの、見慣れきった僕の部屋だ。
「……やっぱり、夢だよなぁ」
かわいた笑いを漏らしながらベッドから降りると、勉強机の上に見覚えのないプリントが置いてあった。
あれ?
手にとって、しげしげと眺める。
物理の課題……?
こんなプリントをもらった記憶はまったくない。たしかこれは、次の授業で習う予定の新しい範囲だ。
そのプリントの右上に、紛れもなく今日の日付が印字されているのを発見した瞬間、また胸が大きく騒ぎ出した。
どうやっても、今日学校を休んだ僕のために、誰かがプリントを持ってきてくれたとしか考えられない。
もしかして……。
いや、もしかしなくても……さっきの、やっぱり夢じゃなかったんじゃ。
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