間章その3 王子さまはご機嫌斜め

間章その3 王子さまはご機嫌斜め①

「ほんとうに、羽鳥さんって子と付き合ってるのかなぁ?」

「気になる〜〜。やっぱり、本人に聞いちゃおうよ! あっさり教えてくれるかもよ?」

「聞きたいところだけど……今日の王子くん、なんか珍しく怖くない?」

「うわ、ほんとだ。見るからに不機嫌そう」


 今年が始まって以来、間違いなく最高潮にイライラしている。

 作り笑顔を浮かべる余裕すらない。みっともなく、貧乏ゆすりまでしてしまう始末。

 これまであんなに気にしていた他人の顔色すら、どうでも良くなっていた。


 昨日の一件が、もう学校中の噂になっているなんて、死にたいような気分だ。

 羽鳥さんは僕の彼女だって堂々と宣言できたら、気持ちも晴れやかになるのだろうけれど。残念ながら、僕らはそういう関係ではない。

 本当は昨日のデートの帰り際に、告白する予定だったのに。

 史上最悪のタイミングで、白石さんに遭遇したから。


 その時の、羽鳥さんの表情ときたら。

 まるで、この世の終わりを宣言されたかのような顔だった。

 僕とは今ここでたまたま会っただけだと即座に言い訳までしていて、地味に、めちゃめちゃヘコんだ。

 それはそうと、かなり顔色も悪かったようだけど、大丈夫かな。

 大丈夫……ではないよな。

 一刻も早く、羽鳥さんに会いにいきたい。

 でも、さすがにこの状況で堂々と一年の教室に出向くのはためらわれた。なにより、これ以上、彼女に嫌われてしまうことは避けたかったから。

 放課後が、待ち遠しい。

 イライラと焦りが、胸を圧迫するように募っていく。


 授業中も休み時間も、心ここに在らず。

 やけに時計の針の進みが遅いような気がしたけれど、やっと放課後になった。

 あからさまに不機嫌オーラを全開にしていたからか、今日は珍しく誰にも絡まれなかったな。その分、遠巻きには眺められていたけど、この際気にしていられない。

 羽鳥さんに会いたい。

 とにかく、それだけ。

 それでも、念のためにいつもの作法にならうことにする。

 放課後、少しだけ時間をつぶしてから昇降口を出て、はやる気持ちで生物室の裏口の扉をノックした。


「どうぞ」


 出迎えてくれたのは、羽鳥さんではなく、その親友の坂本さんだった。

 部屋を見渡した限り、羽鳥さんの姿はない。


「ええと……羽鳥さんは?」

「今日は早退しましたよ、体調不良です。ちなみに今日はメガネも塾で来れないので、あたしが餌やりを託されました」

「体調不良……?」


 背中に、嫌な汗がにじむ。

 体調不良だって? 

 昨日、そんなそぶりはなかったようだけど、それっていつからだ。もしかして、知らず知らずのうちに無理をさせていたんじゃ……。

 それとも、まさか――噂が、まずい形で彼女の耳に入ってしまった?


「王子先輩」


 目の前の坂本さんは、いつになく険しい顔をしていて。なにかと身構えたら、突然、勢いよく頭を下げられた。


「いまから勝手なことを言います。先に謝っておきます、ごめんなさい」


 その凄まじい気迫に、ごくりとつばを飲みこむ。


「……どういうこと?」


 坂本さんは顔を上げると、意を決したように告げた。


「先輩だけのせいでないことは、よくわかっているんです。だけど、率直に言わせていただきますが、あなたのせいで親友の佳奈に迷惑がかかっています」


 その言葉のガラスのような鋭さに、身動きが取れなくなった。

 絶句している僕に、彼女は淡々と、残酷な事実を突きつける。


「今朝も、下駄箱に蛙を入れられていたんです。佳奈は、あなたに対して特別な感情はないと言っていました。これ以上、佳奈と関わろうとするのはやめてください。彼女を傷つけることにしかなりません」


 痛い。

 心臓が、激しく収縮している。

 鋭いナイフで胸を抉られたら、こんな感じなのかもしれない。

 坂本さんの言っていることは、嘘ではないのだろう。

 彼女は羽鳥さんの親友だもの。傍から見ていても、大好きなんだって伝わってくる。

 そんな坂本さんが、羽鳥さんのためにならないことをするわけがない。

 つまり、今の言葉は、言いづらいけれども羽鳥さんのためを思って口にした真実。


「そっか……」


 僕の初恋は、完全に一方通行なものだったらしい。

 もしかしたら、少しくらいは彼女も僕に特別な想いを抱いてくれているかもだなんて、とんだバカげたことを考えていたものだ。


「そう、だったんだね。……教えてくれて、ありがとう」

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