その21 将来の夢

 珍妙な生き物展は、中々の人気を博していて、けっこうな数の人が並んでいた。

 クリスマスイブだからか、カップルらしき人々が多い気がする。

 チケットの列にならぼうとしたら、先輩が「もう買ってあるから、並ばなくて大丈夫だよ」と二人分の入場手続きをあっさりとすませてしまった。

 おお、なんという手際の良さ。


「ありがとうございます。お金は後で払わせてください」

「あー、気にしないで。今日は僕から誘ったわけだし」

「でも……。先輩の大切なお小遣いを、こんな形で使わせるわけには」

「僕、夏に短期集中でバイトをしてたんだ。これは一応、僕が稼いだお金になるから、使いたいように使わせて」


 そうまで言われてしまうと、断るのも違うような気がしてくる。


「先輩がそうしたいというのなら、良いですけど。ありがとうございます。このご恩は、いつか必ずお返しします」

「ふはっ。羽鳥さん、おーげさすぎ」


 ここまでそつがないなんて、やっぱり遊び慣れているのでは?

 ますます疑惑が深まっていく。


「……さすがは、先輩ですね」

「さすがはって。聞き捨てならないんだけど、それはどういう意味?」

「べつに。こっちの話です」


 やっぱり別世界にいる人なんだと感じたことまで、話す義理はないもんね。


「先輩、先輩! みてください~~!」


 入場して最初に出迎えてくれたのは、ケージの隅っこの方で、大きな口をあけているそれは大きくていかつい亀だった。

 ワニガメ、というらしい。英名だと、Alligator snapping turtle。

 ワニのように噛みつくカメ、という意味なんだって。


「うわ、すごいね。甲羅も刺々しいし、すごい大きさだ。かめきちの三倍ぐらいはありそう」

「はあぁ、体格しっかりしてるなぁ。うはー、めちゃめちゃかっこういい」

「……もしかして、羽鳥さんって、イカつい方が好みなのかな? もうすこし鍛えるべきか」

「大きい子だと、百キロを超えることもあるそうですよ! この首の周りのトゲのようなもので水の流れを感知できるんですって! 一見、のぼーっとしていそうだけど、実はハンターなんですって! すごい、すごいなぁ」

「褒め殺しだねぇ」

「だって、これをすごいと言わずにいられますか!?」

「はいはい、すごいと思うよ」

「ふふふ」


 最初の生き物にふさわしい、ワニガメの堂々たる姿に、あっという間に『珍妙な生き物展』の虜に。


「ウーパールーパーって、名前の響きが良いよね。耳に残る」

「あー、わかる気がします。かわいいですよねぇ、生物部でも飼いたいぐらいです」

「え。そもそも、一般人にも飼えるの?」

「はい。アクアリウムショップなんかに足を運ぶと、購入できますよ。かくいう私も一時期飼育を検討したのですが、金銭面で断念しました。社会人になったら再検討しようかと」

「そこまで生き物が好きなら、いっそのこと、飼育員とか目指してみたら? 個人では飼えないスケールの生き物たちのお世話もできるし」

「えっ」


 飼育員、か。

 どうしてだろう。

 言われてみるまで、考えたこともなかった。


「意外だな。てっきり、もう目指してますって言われるかと思ったのに」

「目指してみても良いのかなぁ」

「どういうこと?」

「漠然としているんですけど、好きなことを、そのまま仕事にするというイメージが持てなくて。好きなことはあくまでも趣味にしかなりえないって、心のどこかで思っていたのかも」


 銀行員である両親の生き様を見て、育ったからだろうか。

 ちなみに、堅実に働きながら私を育ててくれている二人には感謝しかない。共働きだからこそ、幼い頃は、あまりかまってもらえないことに反発してしまったりもしたけど。お父さんもお母さんも、大変そうだけど自分の仕事に誇りを持っているのだと知った時、素直にかっこいいと思った。

 イベント事には無頓着な二人だけど、その代わり、一緒に過ごせる時間を大切にしてくれていることも、今ではちゃんとわかっている。


「羽鳥さんの言っていることも、正しいと思う。仕事としてお金をもらうからには、綺麗事ばかりじゃないだろうね。だけど、好きを仕事にしている人たちが存在していることも現実だよ。ここで働いている人たちも、きっとそうなんだと思うし」


 そっか。言われてみれば、その通りだ。

 常識や、思いこみに縛られる必要はないってことだよね。

 先輩の言葉は、やっぱり魔法がかかっているみたい。


「あの。先輩には、将来の夢とかあるんですか?」

「漠然とだけど、良いなと思ってる職業はあるよ」

「何ですか?」

「……笑わない?」


 うなずくと、先輩は耳に口元を近づけて教えてくれた。


「教師」

「へえ。子供が好きなんですか?」

「いや? 恥ずかしいんだけど、そんな殊勝な理由じゃなくて、実は、かなりイケてない理由」


 イケてない理由……とは?

 首を傾げると、彼は、照れたように頬を赤くしてうつむいた。


「同性の友達とバカ話をして、お腹がよじれるほど笑ったり、かわいい女の子の話で盛り上がったり。そーゆー青春ってやつに憧れてるんだ。でも、現実はどうもうまくいかなくて、いつも浮いちゃうの。面と向かって、女子にヘラヘラしてるのがムカつくって言われたこともあるし」


 弱ったように笑っている先輩は、さびしそうで。

 言葉を濁しているけれど、実際はもっとキツいことを言われたんじゃないかと思った。


「先輩も、大変ですね。でも、それでなぜ教師を?」

「やりなおしたい、って思ったから」

「は?」

「生徒たちに自分の姿を重ねて、青春をやり直したいって思ったんだ」

「現役高校生なのに、もうやり直したいって思ってるんですか?」

「たしかに。あー、でも、羽鳥さんと過ごせる今をやり直したいとは思わないかな」

「はいはい」

「今のをスルーするのはひどくない?」


 こんな風に、まじめなんだかふざけているんだか、よくわからない会話をして。

 その後はまた、今まで目にしたことのない生き物たちとの出逢いにはしゃぎつづけていた。

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