その19 デ、デデデデデ、デート……!?
「そっか」
先輩は、子を見まもる親のようにあたたかい瞳をしてうなずいた。
「ねえ、羽鳥さん。そこのメダカの餌、取ってもらって良い?」
「ああ、はい」
言われるがままに、目の前にあった餌の瓶を渡そうとしたら、手と手が触れあって。
ドキリ、と心臓が飛び跳ねた。
淡い電流が流れたような感覚にびっくりして、思わず手を引っこめる。
「っ」
「わっ!? あぶないっ!」
先輩が、慌てて、瓶をキャッチしてくれたから間一髪。
「大丈夫だった?」
か、顔が近い!
心配そうに顔をのぞきこまれて、ただでさえ不安定な心拍数がどんどん上がっていく。
「だ、大丈夫ですっ!!」
「そう? でも、なんか顔が赤いような……。もしかして熱でもある!?」
純粋な善意から、たしかめるように額に手を伸ばされ、全力で後ずさる。
「ないないない! 気のせいです!」
ううう。
困惑したような顔をしている先輩が恨めしい。
あれ?
おかしいのは、この程度のことで動揺している私の方なんじゃ……。
「ほんとに大丈夫? それなら良いけど。あのさ、羽鳥さん。話は変わるんだけど、十二月二十四日って空いている?」
唐突だと思ったものの、早く話をそらしたい身としては助かった。
たしか予定はなかったはずだ。ちょうど試験期間も終わった直後で、勉強も一段落している頃だろう。
「はい。特に、用事はなかったかと」
「ほんとに!?」
先輩は急に瞳を輝かせたかと思えば、こほん、とわざとらしく咳払いをした。
怪訝な顔をして首を傾げる私に、彼は、意を決したように告げた。
「ええと、その……。あのっ、その日、僕と出かけませんか?」
「はぁ。その日って、たしか日曜日でしたよね? 休日にお出かけするんですか?」
「そうそう! 実は、とある水族館で、珍妙な生き物展が開催しているみたいで! 羽鳥さんと行ったら楽しそうだなぁって」
「珍妙な生き物展!?」
なにそれ、最高に楽しそう!
「うん。興味ある?」
「はい! ぜひ行きましょう!!」
「ありがとう! じゃあ、その日はよろしくね」
元気よくうなずいたら、先輩はにこにこと本当に嬉しそう。
よっぽど珍妙な生き物展に行きたかったんだなぁ。先輩も中々の生き物好きだ。
「るりとメガネくんも誘いますか?」
「あー、いや。できれば二人が良いかなぁ」
えっ。
二人きり?
「……ダメ、かな?」
私の沈黙をどう受け取ったのか、不安そうに尋ねてくる先輩。
ダメ、というわけじゃないけれど。
「むしろ、先輩はそれでも良いんですか?」
「え?」
「私なんかと二人で良いのなら、かまわないですけど」
「もちろん! というか、むしろ嬉しいよ。やった、羽鳥さんとデートだ」
……へ?
デ、デデデデデ、デート…………!?
「すっごく楽しみにしてるから」
バクバクと、胸の鼓動が、急激にうるさくなりはじめる。
もしかして、とんでもない誘いを引き受けてしまったのでは?
「よろしくね、羽鳥さん」
先輩は、見ているこっちの目がくらみそうなほど眩しい笑み。
今から『やっぱりなしで!』なんて言ったらしおれてしまいそうだったので、おずおずとうなずいてしまったのだった。
✳︎
「佳奈ー! 聞いて聞いて聞いて聞いてーっ!」
少し早く教室に着いたので、窓辺で寒風の吹いている校庭を見下ろしていたら、背後からるりに突進された。
「うん。そんなに連呼しなくてもちゃんと聞くから、落ち着こうか?」
振り返ると、彼女はニタァと顔をゆるませた。
「なんと、クリスマスイブに真ちゃんと過ごせることになりました! えへへぇ」
「ふーん。良かったねぇ」
「二人きりではないところが惜しいんだけどねぇ。毎年恒例、家族ぐるみのホームパーティ的なやつよ。でも、真ちゃんも参加するって! 良かったぁ、今年は彼女ができたからパスとか言われたら危うく死んじゃうところだったよ……」
「それは本当に良かったよ。るりに死なれたら、私も困るし」
「うんうん。ちなみに、佳奈のクリスマスイブの予定は?」
「予定? 特になかったような……」
と言いかけたところで、不意に、昨日の先輩とのやりとりが頭によぎった。
あれ……?
「もしかして、クリスマスイブって、十二月二十四日だったりする……?」
「あははっ。そーだけど、なに寝ぼけてんの?」
嘘!?
まさかのまさかだった……!
羽鳥家は、イベント事に無頓着。
私も普段意識することがなかったから、まっっったく気がつかなかった!
そっかぁ。
十二月二十四日って、世間的にはクリスマスイブなんだ。
「佳奈? どうかしたの?」
「いや? な、なんでもない……」
一体、先輩は、何を考えているの?
いや、特に深い意味もないのか……?
以前に、誰とでもデートに出かけるわけじゃないって言っていた気もするけど。あれもどこまで本気だったのかはわからないし。
誘われたのが、珍妙な生き物展だというところもポイントだと思う。いくら先輩が行きたかったとしても、普段、彼がつるんでいそうな女の子たちは誘いづらそうだ。
クリスマスイブ云々は単なる偶然で、純粋に、珍妙な生き物展に行きたかっただけかもしれない。
うん、きっとそういうことだ。
そう思ってはみても、無性にそわそわとする日々が幕をあけた。
「じゃあ、次の問題を羽鳥」
十二月二十四日まで、わずか一週間とあと少し。
意識しはじめたら、街中はどこもイルミネーションとツリーで眩しく飾られていて、クリスマスムード一色だ。
どうして、先輩に言われたその時に、思い当たらなかったんだろう。
ついうっかり、珍妙な生き物展のインパクトにつられてしまった。
「羽鳥? 聞いてんのか?」
「うわっ!? えーと……すみません、聞いてませんでした」
原先生は腕組みをしながら、首を傾げた。
「珍しーこともあるもんだな。まぁ、いつものクソ真面目ぶりに免じてゆるしてやるけど、授業はちゃんと聞いとけよ。試験も近いんだから」
「……すみませんでした。ありがとうございます」
今日から一週間は、試験勉強期間だ。
この間は、学校として部活動が休みとなるので、生物部の活動もできない。といっても、生き物たちは当然、我々の勉強事情なんぞおかまいなしにお腹を空かせるので、この間は、主に私とメガネくん、時々るりの三人で交代して餌やりだけすることになっている。
普段なら、早くテストが明けてほしい、堂々と生き物たちと戯れたいとしか思っていないところなのだけど……。
クリスマスイブ当日まで、王子先輩と顔を合わせずにすむ。
その事実に、ほっとしているような自分がいた。
会いたくないわけじゃない。むしろ、さびしいような気もする。
だけど、今はそれ以上に、どんな顔をして会えば良いのかわからないという落ち着かないような気持ちだ。
早くきてほしいような、永遠にやってこないでほしいような……。
なんなんだろう?
自分でも、もてあましてしまうこんな気持ちは、初めてだ。
王子先輩からしたら、たかがデートでしょ? って感じの軽いノリなのかもしれないけど。私にとっては人生で早々起きえない一大事。そつなく、無事にこなせると良いけれど……。
先輩と二人で出かける日のことを考えると、ふわふわとした気持ちになってしまうので、目の前にテスト勉強という集中すべきものがある状況はありがたかった。
でも、あえて全力で勉強に意識を注ぐようにしていたからなのか、あっというまにテスト期間は明けてしまい。
問題のその日は、思っていたよりも、はやくやってきた。
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