5章 らしくない

その17 自意識過剰過ぎ!

「あっ、王子先輩だ~!」


 お昼休み。

 購買でお弁当を買って教室に戻ろうとしたら、ちょうど視線の先の渡り廊下を王子先輩一行が通りがかった。


「きゃーっ。相変わらず、かっこいい!」

「取り巻きの数もすごいなぁ」


 彼は、今日も、華やかな女の先輩たちに囲まれている。

 廊下を歩いているだけで、注目の的。

 生物室で気兼ねなく会話をするようになってからは忘れかけるけれど、校内でたまに見かける先輩はいつもあんな感じ。


「なんてゆーか、こうやって遠くから眺めてると、やっぱり雲の上の人って感じだよねぇ。王子先輩」


 るりも、感心したような顔つきだ。

 そういえば、最近のるりは、すっかり元気を取り戻している。原先生の噂の一件が根も葉もないことだったと知ったのだろう。

 親友が元気そうでなによりだ。私も嬉しい。


 立ち止まった先輩たちは、輪になっておしゃべりをしはじめた。どんな話をしているのかまで、この距離ではわからない。

 普段の王子先輩は、いったいどんな話をするんだろう?

 考えてみれば、私って、先輩のことを全然知らないな。

 いつも、聞いてもらうばかりだったんだということに今さら気がつく。


 ぼうっと眺めていたら、彼が肩の凝りをほぐすように、身体を回しはじめて。

 先輩と、私の視線とがぴたりと重なった。

 にこり、と。

 微笑みかけられた気がして、一気に、顔中に血液が集まる。


「きゃーーっ! わたしっ、いま王子先輩と目あっちゃったんだけど!」

「えー? 自意識過剰すぎぃ。気のせいじゃないの~?」


 通りがかった女子の黄色い悲鳴に、ハッと我にかえった。


 ――今の私、まさに、自意識過剰過ぎだった!

 恥ずかしすぎる……。


「佳奈? なんか、ボーッとしてない?」

「へ? な、なんでもないよ」

「そう? なら良いけどさぁ」


 熱を帯びてしまった頬を冷ますように、早歩きで教室に戻ったら、るりが眉根を寄せながらしんみりと聞いてきた。


「あのさ……。もう、本当に大丈夫なの? その、かめきちのこと」


 そっか。

 あれから、もう一週間が経つんだっけ。

 あの後、先輩と一緒に埋葬場に戻り、みんなにも『心配をかけて、ごめんなさい。もう、大丈夫です』と謝りはした。部活も休んでいない。

 そうはいっても、友達が目の前であんな風に取り乱したら、本当の意味でもう大丈夫なのかって疑いたくもなるよね。


「うん。もちろん、なんにも感じていないといったら嘘になるのかもしれないけど……。生き物を飼っている以上、いつかはって覚悟していたから」


 購買で買ったメロンパンをかじりながら、るりはため息をついた。


「そっかぁ。うーーん、なんだかもどかしいなぁ」

「え?」

「あたしも、佳奈の助けになりたいのに」

「いきなりどうしたの。こうやって一緒にいてくれるだけで充分だよ」

「でも……。いつも助けられてばっかりなんだもん。この前の真ちゃんの噂のことだって、根回しをしてくれたんでしょ?」


 なんだ、そこまで知っていたんだ。


「あれは、たまたま原先生が部室にやってきたから、ちょっと話を振ってみただけ。大したことはしていないよ」

「十分すぎるほど大したことだから! それに中学の時もさ、あたしが恋愛絡みのいざこざに巻き込まれてハブられてた時、佳奈だけは気にせず話しかけてくれたでしょ? あたしが中学で不登校にならずにすんだのは、佳奈のおかげだよ」


 懐かしいな。


 るりとは、中学二年生の時に初めて同じクラスになった。

 彼女は、その当時から、明るくてかわいい今時の女の子。教室内でも一番目立っている、派手な女子グループに所属していた。

 対する私は、教室の隅の方で大人しくしているタイプ。いわゆる、ぼっちというやつだ。クラス替えをしたばかりの頃、いきなり風邪をこじらせて登校できず、グループに入りそびれたから。


 るりがいた女子グループは、休み時間になるたび、男子たちと楽しそうに会話をしていて。私はその様子を教室の隅から眺めていた。

 正直に話すなら、あの中の誰かと関わることだけはないと思っていた。そのぐらい、私と彼女たちとは、相容れない存在だったから。


 だけど、クラス替えをしてから二か月が経った頃に、状況が一変した。


 ある日の教室で、るりが、いつも絡んでいる子たちに素っ気なくスルーされているのを目の当たりにしてしまったのだ。

 違和感を抱いていたら、同じ日に、彼女たちが『るり、マジで最低だよねぇ。口ではあれだけ優紀のことを応援してたくせに、まさか自分が告白されちゃうなんてさ。絶対、るりの方から色目を使ったに違いないよ』と陰口を叩いているのを耳にした。

 どうやら、るりは、誰かに告白されたことを責められているらしかった。

 それまで輪の中心にいたるりの周りからは、潮が引くように人が遠のいた。教室中のみんなが、目立つ女子グループの発する静かな圧を恐れているのを肌で感じた。


 事態を静観していた私は、ふと思った。

 これは坂本さんと仲良くなるチャンスなのでは、と。

 女子だけでなく男子までもが平然と彼女を無視するようになった中で、私は流れに逆らうように、機会さえあればるりに話しかけた。

 すると、るりは、そんな私のことを心配した。


『あの、羽鳥さん。話しかけてくれるのは、ありがたいけど……あたしと話さない方が良いよ』

『どうして?』

『だって……羽鳥さんも、目つけられちゃうかもだし』

『そうはいっても、もともと一人だったから。むしろ、坂本さんと話せるのが嬉しいの。迷惑じゃなければ、これからも話したい』

『そう、なんだ……。あのさ、羽鳥さんは……どう思ってるの?』

『え?』

『……あたしが、みんなの言うように、優紀を裏切ったんだって思ってる?』

『さぁ。よくは知らないけど、坂本さんは、何もしなくてもモテるでしょ。だって、すごくかわいいもん』


 それは私の飾らない本音だった。

 そんな風に冷静に分析ができたのは、この冷めた性格のおかげだったのかもしれない。みんなにとって大きな関心事らしい恋愛も、私にとっては、大した意味をもっていなかったから。嫉妬や、羨望からもほど遠いところにいたんだ。

 純粋に、かわいい友達ができるかもしれないという期待しかなかった。


『っっ。ありがとう』


 これが、見た目も中身もまったくタイプが異なる私たちが、仲良くなったきっかけだ。

 ちなみに、当時の私の勘は当たっていて、るりは何も悪くなかった。

 なんといっても、彼女はあの当時から、いっそのこと感心してしまうほどに原先生一筋だったのだから。

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