間章その2 王子さまの恋わずらい

間章その2 王子さまの恋わずらい

 僕、王子慧には、最近気になっている女の子がいる。

 真面目そうで、きっちりとしているところまでは、見た目どおり。

 話すと、かなりサバサバとした感じの子だ。

 大の生き物好きで、とりわけ亀を愛している。

 彼女の名前は、羽鳥さん。

 生物部所属の一年生だ。


『はぁ。えーっと……先輩、また来たんですか?』


 羽鳥さんは、僕には素っ気ないけれど、生物室の生き物たち相手にはうんとやさしい顔をする。僕としては、もっと彼女と話をしてみたくてけっこう必死なのだけど、いつもなにかとクールにあしらわれている。


 そもそも、女の子から冷たい態度をとられること自体が新鮮だった。

 初対面の時なんて、名前を尋ねたのに、答えてももらえなかったし。

 僕なんか眼中にも入っていなさそうな雰囲気で、愛亀を大事そうに抱えて立ち去っていったのが印象的で。

 最初は、ただただ、興味深かった。

 そんな始まりだったけど、知れば知るほど、目が離せなくなっている。


 先日、そんな彼女から唐突に、こんなことを尋ねられた。


『王子先輩。恋とは、どういうものなんでしょうか?』


 ……まぁ、噴き出したよね。


 勝手ながら、羽鳥さんは恋愛とかにあまり興味がなさそうなタイプに見えたから、余計にびっくりした。

 どうして急にそんな疑問を? と焦ったけれど、聞いてみればそれは彼女の親友のためだった。

 親友想いのやさしい子なんだな、ってあたたかい気持ちになったな。ちなみに、彼女自身の恋煩いではないとわかり、ほっとしてしまったことはひみつだ。


 恋とは、どういうものか。

 つい最近までは、そんなの僕の方が聞きたいぐらいだと思っていたけれど。


『たぶんだけど。恋は、きっと……もっとこの人のことを知りたい、近づきたいって願う気持ちなんじゃないかな。この人の特別になりたいって焦がれるような、抗いようのない気持ち』


 口をついて出たのは、彼女に芽生えかけている気持ちそのものだった。

 君と出逢って、初めて、気がついたんだ。

 今までの自分が、どれだけ、女の子に対して神経を尖らせていたのか。

 羽鳥さんと過ごす時間は、心地よくて、息をするのが楽だからかな。自然と笑顔がこぼれてくるんだよね。


 羽鳥さんへの想いは、日に日に色づいて、膨らんでいった。

 十二月に入り、吐く息が白くなるほど寒くなった近頃は、もう認めざるをえない。

 あー、めちゃめちゃ好きだなぁ、と。


 だからついというわけじゃないけれど、先日、勢いあまって抱きしめちゃったんだよな……。おまけに、軽く額までくっつけちゃったし。

 抱きしめたという話でいうと、あの雷の日もそうなるんだけど……。あれは羽鳥さんが怖がっていたのを慰めるためであって、別にそれ以上の深い意味があったわけでは。僕に抱きしめられるのは嫌じゃなかったって言ってくれて、正直めちゃくちゃ舞い上がったし、その日は、目が冴えすぎて寝られなかったくらいだけど! 

 って、本題はそうじゃなくて。


「……付き合っているわけでもないのに、流石にアウトだったかなぁ」


 下心ありきの行動じゃない。

 いや、完全になかったのかと言われたら、口ごもってしまうけど……。

 なにより、羽鳥さんを元気づけたいという気持ちが確かだったことも、嘘じゃなかった。

 あの日の彼女は、大切にしていた愛亀をうしなって、魂が抜け落ちたような顔をしていたから。

 お節介だったかもしれないけれど、どうしても放っておけなくて。

 観念したように、彼女が心の内を吐き出してくれた時には、心の底から嬉しくて、同時に、伝えたいという気持ちがあふれてきた。

 まじめすぎるからこそ、泣けない自分に苦しんでしまった彼女に。

 君は、こんなにも胸を痛めているじゃないか、って。


「へえー。王子くんは、付き合っているわけでもない子に一体ナニをしちゃったのかな?」


 うわっ!?


「ほれ、せんせーに話してみ?」


 放課後になり、女の子たちから逃れるようにして男子トイレに隠れてから、誰もいなくなった教室に戻った後。

 先日の屋上前での一件を思い出してしまい、悶々としていたら、目の前に原先生が現れた。


「……盗み聞きはやめてください」

「いや、盗み聞きもなにも、ふっつーに聞こえてきたからな」


 あー、うかつだった……クソ、めちゃめちゃニヤけられてるじゃん。


「話してさえくれたら、せんせーが客観的に判断してやるよ?」


 ええい。どうせ、聞かれてしまっているんだ。

 今さら取り繕ったところで、どうしようもない。

 誰でも良いから話を聞いてほしいという気持ちも手伝って、気がつけば、先日の一件を先生に打ち明けてしまっていた。


「なるほどねぇ」


 先生は、両腕を組みながら、神妙な面持ちをしてしっかりと聞き届けた。

 すがるような気持ちで、返答を待つ。


「っっ、あーーー、もう笑いこらえんの無理! お前って、顔に似合わず、マーージでピュアなんだな! ひいいっ、腹が痛ぇ」


 ……この人に相談しようと思った数秒前の自分を殺したい。


「まーでも。お前みたいな絶世のイケメンから抱きしめられたら、大抵の女子は、ふつーに嬉しいんじゃね? 実際、引かれることはなかったんだろ?」

「……欠片も役に立たないゴミアドバイスを、どうもありがとうございました。せんせーに相談した僕がバカでしたよ」

「おーおー、むくれんなって。お前、かわいいな」


 イライラ全開の僕に、先生はニシシと悪戯っ子のような顔で笑う。


「なんで先生みたいなのが先生になれたのか、理解に苦しみますよ」

「あー……それは、バカな幼馴染のせいなんだよな」

「は?」

「なんでもねー。とにかく、応援してるよ。頑張れ、王子少年!」

「僕、もう帰りますね!」

「ちなみに、どんな子なの?」


 さらなるネタを提供するだけだとわかっていながら、答えずにはいられなかった僕は、よほど恋の話し相手に飢えていたのかもしれない。


「……まじめで、クールで、ちょっと不器用な子ですかね」


 大人しいのに、生き物の話をしはじめると途端におしゃべりになるところなんて、すっごくかわいい。見ていて頬がゆるんじゃうよね。


「ははっ、マジでベタ惚れじゃん。思い出しただけでニヤけるなんてさ」


 あー……。

 僕、けっこう重症かもなぁ。

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