その13 嘘も方便
「噂のことだけど、早乙女先生とは残念ながら特に何もねえよ。数少ない同世代の教員だから、たまに飲みにいったりはするけどさ。その時のことを、生徒の誰かに目撃されてたんじゃねーか?」
自分のことをまるで他人事かのように話す先生に、少しだけムッとしてしまう。
その噂のせいで、るりは食欲もなくすほど落ちこんでいるのに。
「事実無根なら、なぜ否定しないんですか」
「あのなぁ。俺は、あくまでも教師という立場なわけよ。生徒同士の会話に割って入って、わざわざ否定しにいくのもおかしいだろ。それに、こーゆーのは、否定するほど怪しく見えるもんだ」
「言われてみれば、たしかにそうですね。ごめんなさい、考えなしにモノを言いました」
「ふはっ、なにも謝る必要はねえけど。羽鳥ってほーんと真面目だよなぁ」
なぜだろう、さっきからまったく褒められている気がしない。
それはさておき、このままだと肝心なことを煙に巻かれてしまう予感がする。
逃げおおせられる前に、もう一歩、踏みこみたい。
「そうはいっても、先生には、誤解されたままだと困る人もいるんじゃないですか?」
「はあ? ……別に、いねーけど?」
あっ。
今、また片眉がぴくりと動いた。
もう一押し、してみよう。
「話は変わりますけど、るりって本当にモテるんですよねぇ。かわいいですし」
「いきなり話が変わったな」
「先生、三年の
「あー、有名だよな。主に悪い方の意味で」
三年の千賀先輩といえば、そこそこ顔がよく、彼女をとっかえひっかえしていることで有名な男子生徒だ。
「るり、この前、その人に告白されたみたいなんですよ」
嘘は言っていない。
告げているのは、あくまでも事実のみ。
「……へえ?」
おお、声のトーンが低くなった。
先生のあからさまな態度の変化に頬がゆるみそうになるのをこらえながら、さらなる攻めの一手を放つ。
「るり、なんだか最近やたらと落ちこんでいるようだし。もしかすると、傷心につけこまれて、あの先輩と付き合ってもおかしくはないかもなぁ」
ガタリ、と。
先生はいかにも『虫の居所が悪いです』という顔をしながら立ち上がっていた。
「……あの軽薄野郎だけはダメだ」
「はい?」
「良いか、羽鳥。俺は、一生徒の交際事情に首をつっこむ気はない」
「はぁ」
「だがな、相手が千賀となると話は別だ。アイツは校内の風紀を乱しかねん。今まで散々やらかされて、俺ら教師もほとほと困っているんだ。そろそろお灸を据えにゃならん」
「ふむ」
「……クソが。なんでよりにもよってアイツなんだよ、あのバカ女」
おーい。
教師としてどうかと思うような舌打ちと恨み言、ここまで思いっきり聞こえちゃってますよー。
「あの。どこか行くんですか?」
「ちょっと用事を思い出した。また適当に来るよ。じゃーな、羽鳥」
白衣を翻して、イラだたしげに去っていく。
すごい、絶大なる効果だ。
たまには嘘も方便だと思ってしまった。
るりが、千賀先輩に告白されたというところまでは事実。
だけど、彼になびきそうだという部分は、完全にでっちあげだ。
現実の彼女は『え? いやいや、あんな軽薄な人と付き合うわけないじゃん。ってゆーか、そもそもあたしは真ちゃんにしか興味ない』とブレる気配は微塵もなかった。後で先生から『羽鳥、ちょっと表に出やがれ。この前は、俺にさらっと嘘をついてくれたなぁ』とお説教される未来が見えるけど、そのぐらいは安いもの。
正直、ちょっと安心している。
今までは、るりの話を聞いているばかりだったから、わからなかったけど。
今の様子を見ている限り、親友の恋は、ただひたすらに一方通行なものではないのかもしれない。
るりの悲しむ姿は、できる限り見たくないもの。
そして、原先生が去っていってから、数十分後。
「やあ。羽鳥さん、今日は一人なの?」
「うわ! えっ、先輩?」
いつものように裏口から王子先輩が顔を出して、ものすごく驚いた。
「今日は、遅かったですね。もう来ないだろうと思っていましたよ」
「あー、ちょっとね……。今日は、白石さんに捕まっちゃったから。かわすのが大変だったんだよ」
白石さんというと、黒髪ストレートの美人な先輩か。
「大変だったって……、デートのお誘いとかですか?」
「……ん-。まぁ、そんな感じかな」
「それなのに、生物室に来てしまって良かったんですか?」
性格はちょっと気が強そうだったけど、あの美人な先輩からデートに誘われたのなら、そっちに行っても良さそうなものだけど。
首を傾げると、先輩は私に近づいてきて、ふわりと笑った。
「もちろん。だって、会いたかったから」
っ。
違う。今のは、『私に』という意味ではない。
先輩はあくまでも『かめきち』に会いに来ているのだから。それなのに、なにを一人で焦ったりしているのだろう。
胸に生まれた不思議なゆらぎを誤魔化すように、咳払いをする。
「ふ、ふーん……。先輩って、変わってますね」
「えっ! なんでそうなるの?」
「私にはよくわからないけど、男の人って美人さんからデートに誘われたら嬉しいものなんじゃないですか?」
「うーん……。どうだろう、そういうものなのかなぁ」
「先輩がモテすぎるあまり、美人とのデートにも飽きてしまっただけじゃないですか?」
「はは……君が僕のことをどう捉えているのか、いまあらためて思い知らされた気分だよ」
なぜか王子先輩がしゅんと落ちこんでしまった。
頭に獣の耳が生えていたら、しゅんと垂れ下がっていそうな感じ。
なんでだろう? ただ事実を言っただけのはずなのに。
「あのね、羽鳥さん。君には誤解してほしくないからちゃんと言っておくけど、僕は誰とでもデートに出かけるようなチャランポラン男ってわけじゃないんだよ?」
「へえ~……」
「好きになった子とだけデートしたいもん。それで、他愛もない話をして笑ったり、ドキドキしたり、一緒に幸せを実感できたら良いなぁって。恋人ができたら、すっごく大事にしたくなっちゃうと思う」
「な、なるほど……?」
かなり意外だ。
なんというか、想像していたよりも、だいぶロマンティックな恋愛観……?
すごく大事にしたくなる、かぁ。
それってどんな風に? ……なんて、考えても意味ないのに、ちょっとだけ気になった。
そもそも、この美しすぎるひとの場合、恋人が一人だけとは限らないわけだし。
「あれ。なんか疑った目をしてない?」
「まぁ、これまでのことはともかく、最近は放課後デートはしていなさそうですね」
「最近は、って言い方……。でも、信じてくれるの?」
「はい。ここのところ、ほとんど毎日生物室に来ていますもん」
「そうだよ。だって、ここはすごく居心地が良いんだもの。ねえ、かめきち?」
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