その4 イケメンだからなんだというのだろう?

「目指すは、真ちゃんのクラス! 二年一組へレッツゴー!」

「担任をしているからといって、そのクラスにいるとは限らないんじゃない?」

「まぁ、そうだけど。かといって、他に心当たりもないしさぁ」

「原先生のことだから、屋上で煙草でもふかしてサボってそうだけどね」

「うわー、めちゃめちゃありえるじゃん! やっぱり屋上に行こう!」

「方針ブレブレだなぁ」


 くだらない会話をしながら、見知らぬ来訪者で賑わう校舎を進んでいく。

 通い慣れているはずなのに、いつになく活気があって知らない場所のように思えるなぁ。

 ひとまず三階の二年一組へ向かうことになって、階段を目指していたら、不思議な光景に出くわした。


「はいはい、押さないでー! 通行者の邪魔にならないよう、一列に並んでくださいね~!」


 階段の上の方から一階の廊下に至るまで、とんでもない長蛇の列ができている。

 しかも、並んでいるのは、全員女子?


「最後尾はこちらです! ただいま、一時間待ちとなっております」


 一時間!?

 愕然としている間にも、列は、どんどん伸びていく。

 嘘でしょ?

 たかが高校の文化祭の一出し物に、こんなに人が並んでいるなんて、普通に異常事態だ。


「えっとー、これって何の列ですか?」


 るりが、並んでいた先輩女子たちに尋ねると、彼女たちは「「それはもちろん、王子くんの執事姿目当てだよ~!」」と瞳を輝かせた。


「王子くんの執事姿があまりに麗しくて、バド部の子が鼻血をふいたって噂!」

「うっそぉ、楽しみすぎ! っていうか、お客さんの半分以上が他校の女子っぽいよねぇ。さすが王子くんだわ。星燐高校内にとどまらないイケメンぶり!」

「もはや国宝級だよね~。はああん、早く順番こないかなぁ」


 きゃぴきゃぴと盛り上がる女の子たちを前にして、心が無になっていく。

 ええっと……王子先輩の執事姿を一目見るためだけに一時間も並ぶの?


「なるほど、この行列は真ちゃんのクラスだったのか……。そして王子先輩効果ね、納得だわ」


 るりも、納得しちゃうのか。

 私には、よくわからない。

 王子先輩は、たしかにイケメンだとは思う。

 でも、だからなんだというのだろう?

 鑑賞するのなら、生物室のあの子たちを眺めていた方が、よっぽど楽しいと思ってしまう。まぁ、一般的に、美男にはこれだけ多くの人を集める価値があるってことなんだろうけど。


「王子先輩の執事姿ねぇ。ふーん、あたしもちょっと興味あるなぁ~」

「私はパス。先に生物室に帰る」

「わー、ごめんごめん! 並ばないよ、冗談だってば!」


 るりは、真顔になってしまった私の背中を押しながら、並んでいる女の子たちに会釈した。

 その後は、吹奏楽部の演奏を聴いたり、調理部お手製のカレーを食べていたりしたら、あっという間に午後になっていた。


「ああー……。演劇、憂鬱だなぁ」

「ファイトー。私は、生物室に戻るね。メガネくん一人にしてきちゃったし」

「佳奈。今更だけど、連れまわしちゃってゴメンね?」

「んー、いや。なんだかんだで、るりと文化祭を満喫できて楽しかったよ。カレーもおいしかったし」

「なら、良かった! じゃあ、あたしはリハーサル行ってくるね!」


 るりと別れて、生物室へと引き返す。

 相変わらず人の気配が感じられないことに安堵しながら、部室の中へと戻ったら、


「羽鳥くん! すまない!!」


 血相を変えたメガネくんが、いきなり土下座をしてきた。

 ……ええっと、どういうことだ?


「こちらこそ、長時間一人にさせちゃってごめんね。どうかしたの?」

「単刀直入に話そう。かめきちが、脱走してしまったんだ!!」


 エッ!?

 かめきちが、脱走した!?


「ウソ!? 嘘、嘘、嘘だよね!?!?」


 慌てて飼育ケースに駆けよれば、いつも愛くるしい瞳で私を見つめてくれるかめきちの姿はそこになく、もぬけの殻となっていた。


「おお……いつも冷静沈着な羽鳥くんが、こんなに取り乱している姿は初めて見たよ。って、そうじゃなくて! 謝って謝りきれるものじゃないけど、それでも本当にスマないッッ」


 ただでさえ白い顔を青くさせたメガネくんによれば、空腹に耐えきれなくなって生物室を無人にしてしまったらしい。お腹を満たして帰ってきたら、かめきちの姿が消えていたのだとか。


「生物室中を探しまわったんだけど、見つからなくて。もしかすると、換気のために開け放していた裏口から、外に出てしまったのかもしれない……」


 メガネくんがおろおろとしながら何度も謝ってくるので、さすがに気の毒になってきた。


「謝らないで、メガネくんのせいじゃないよ。生物室を留守にしていた私が悪いし、そもそも、今までこういう事態を想定していなかったことが問題なんだから」


 でも、今まで大人しかったかめきちが、まさか脱走をしでかすなんて思いもよらなかった。


「もう起きちゃったことを、いくら嘆いても仕方がないよ。今後どうしていくかの方が大事でしょ」

「羽鳥くん……。君は、ほんとうに合理的だなぁ。感心するよ」


 合理的。

 それって、なんだか、けなされているような……。

 つまり、ロボットみたいで心がないってことでしょ?


「……嬉しくないなぁ」

「は?」


 いけない。

 メガネくんに八つ当たりするのは、筋違いだった。


「ううん、なんでもない。かめきちを探してくるね! 私は外を探すから、メガネくんは校内を頼んだ!」

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