その3 高校きっての弱小マイナー部所属です
今日は、良い日だ。
なんでかって?
授業がないから、堂々と癒しの生物室に直行できるんだ!
「かめきち〜〜〜! 元気にしてたぁ!?」
飼育ケース越しに、つぶらな黒い瞳で私の顔を見つめてくるかめきち。
「ごはんだよー!」
ケースの上から小松菜を分け与えると、かめきちはもそもそと口にくわえはじめた。あぁ、今日も今日とて私のかめきちはかわいい。いくらでも見ていられる。
屈みこんで愛亀の食事を見守っていたら、頭上から、るりの白けた声が降ってきた。
「佳奈って、亀を前にすると、人が変わったみたいに愛想が良くなるよねぇ」
「亀じゃなくて、かめきちね」
「……へーい」
かめきちは、黒と黄色のコントラストが美しい甲羅を持つヘルマンリクガメだ。元々はうちのおばあちゃんが飼っていた亀なのだけど、理由あって、星燐高校生物室の一員となった。
「羽鳥くんの愛亀は、今日も元気そうで何よりだな」
部室にやってきた彼は、メガネくん。
安直なあだ名の通りに、黒縁眼鏡がトレードマークのひょろ男子。
私たちと同じ一年生で、もう一人の生物部の部員だ。
「うんうん。今日は時間もあることだし、後でお散歩もさせてあげたいな」
「おお、それは良い考えだね! それにしても、朝から時間も気にせず堂々と生物室に入り浸れるだなんて最高だなぁ」
「メガネくんとは気が合うね。さっき、まったく同じことを思ったよ」
「ふふん、さすがは羽鳥くんだ。今日は思う存分、我が愛し子たちと遊ぼうじゃないか!」
しかし、和やかに微笑をかわしあう私たちに、死んだ魚のような瞳を向ける人物が一人……。
「あのねぇ、二人とも。今日がなんの日だか、おわかりかしら?」
るりだ。
不満げに唇を尖らせながら、スマホをもてあそんでいる。
「いかにも。今日は、我が生物部自慢の生き物たちの魅力を全校生徒に知らしめる日だろう?」
…………。
メガネくんの自信満々な回答に、ただでさえ静かだった生物室が、水を打ったように静まりかえる。小松菜をもぐもぐしているかめきちも、首をかしげているように見えた。
「おや? 何か間違ったことを言ったかな?」
「いや。趣旨は合っていると思うよ」
趣旨はね。
ただ、達成できているかどうかは別の話だけど……。
るりは、バンッと机に手をついて、もう限界! というように叫んだ。
「メガネもちゃあんとわかっているじゃない! そう、今日は華の文化祭なのよ!」
そうなのだ。
私たち三人がこうして朝から生物室に集まれているのは、今日が文化祭だからに他ならない。
校内はすでに生徒の家族や他校の生徒でごった返している。それにしても他校の女子生徒が妙に多かったような……? 気のせいかな。
私たち一年三組の演劇の開演は、午後からの予定。
道具係となった私は、そもそも出演もしないし、もう準備を終えているから気楽なものだ。
演劇に出演予定のるりも午後までは自由。
そういうわけで、さっそく二人で生物室へとやってきたのだけど。
「なーにが『生き物たちのお披露目会』よ! 文化祭がはじまって、もう一時間近くも経ってるのに来客ゼロ! これじゃあ普段の地味くさい活動となーんにも変わらないじゃん!」
「おかしいなぁ。パンフレットに目を通した限り、どう見ても我が生物部の企画が一番魅力的なのに。やれやれ、星燐高校の人間には見る目がないなぁ」
「いやいやいや。文化祭のために何か特別な準備をしたわけでもないし、正直、ただ生物室を開け放ってるだけじゃん」
「チッチッチッ、坂本くんはわかっていないなぁ。良いかい? 部活動の真髄というのは日常にこそ宿るんだよ。生きとし生けるものを愛で、観察し、その生態と魅力について語り合う。これ以上に尊い活動を、ボクは他に知らないね。つまり、日々の活動自体がパーフェクトな我が部は、文化祭だからといってあくせく準備する必要すらないのさ。おわかりかな?」
「オーケー、わからん」
「えええ! 何故、わからないんだい!? 前々から思っていたことだけど、坂本くんには部員としての自覚が足りないよ! 入る部活を間違えているんじゃないか? 君のようにやかましく、さして生物にも興味がなさそうな生徒は我が部にふさわしくない!」
「まーねぇ。その自覚はあるから強くは言い返せないけど、そうはいっても、メガネだってあたしに抜けられたらそれはそれで困るでしょ? 最低でも三人はいないと、部活として認められないんだから」
「ぐぬぬぬぅ。ほら、羽鳥くん! 静観していないでなにか言ってやってくれよ!」
「私はこの子たちを可愛がっていられれば幸せだからなぁ。るりが生物に興味を持ってくれたら嬉しいとは思うけど、まぁどっちでもいいや。廃部になるのは困るから、抜けられるのは嫌だけど」
現生物部のメンバーは、私とるりとメガネくんの三人。
全員一年生の上に、誰か一人でも退部したら即廃部になるという星燐高校きっての弱小マイナー部だ。部室として使用している生物室も校舎の片隅にあり、お世辞にも広いとはいえない。
個人的には、このアットホーム感が気に入っているから、現状を維持したいところだけど。
「うふふー。佳奈はあたしに抜けられたら嫌だって。メガネ、残念だったねぇ」
「クソッ。新しい部員が入った暁には、坂本くんなんていつでもお役御免なんだからな!」
るりとメガネくんは、どうにもそりが合わないらしく、いつも喧嘩ばかりしている。だけど、これも生物室の日常の一コマという感じだ。
「佳奈~」
かめきちの餌やりを終えて、メダカたちの餌やりをしていたら、るりが飼い主に甘える猫のように私の方へすりよってきた。
「んー?」
「飽きた。折角の文化祭なのに、このまま終わるなんて嫌だっ!」
「そうかな。私としては、このまま誰も来なければ、この子たちを愛でることに専念できて嬉しいんだけど」
「だからぁ、それじゃ、いつもの活動と変わらないでしょ!? はぁ。真ちゃ……原先生も、顧問のくせにまったく顔を出しにこないしさ」
メガネくんもいる手前、いちおう真ちゃん呼びは憚ったらしい。ほとんど隠せていないけれど。
「もおおっ。会いにこないなら、こっちから探しにいってやるし! 佳奈! ここはメガネに任せて、校内を探索するよ!」
「え……?」
餌に吸い寄せられてきたメダカたちを眺めていたら、頭をグワシッと掴まれる感触。
見上げれば、この退屈な場所から抜け出したくてウズウズとしたるり。
「というわけで、メガネ。留守番は頼んだよ!」
「おおおおおい! ボクは許可してないぞぉ!!」
背中にメガネくんの悲鳴を浴びながら、るりに腕を引かれて、生物室の外へ。
一度こうだと決めた親友は、誰にも止められないのだ。
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