その2 通り名かと思いきや本名でした

 やわらかそうな明るめの茶髪に、透き通るように白い肌。大きな瞳、筋の通った高い鼻、花びらのような唇、すらりと高い背丈。

 なんて、かっこいい人なんだろう。

 遠目に見ても、華やかな容貌だとわかる。


「はー、相変わらず完ぺきなイケメンぶりだなぁ。ま、あたし個人としては、真ちゃんの方がタイプだけどね!」


 まるで、絵本から飛び出てきた王子さまが、うちの高校に迷いこんでしまったようで驚いた。住まいはヨーロッパの立派なお城だと言われても鵜呑みにしそうだけど、うちの高校の制服を身につけているし、一生徒のようだ。

 王子先輩(?)は上履きからローファーに履き替えると、わらわらと集まっている女子生徒たちに向きなおった。


「特に誰とも約束はしていなかったよね? みんな、嘘はいけないよ」

「「きゃー!!!!」」

「何度も言っているけれど、僕は誰か一人を特別にするつもりはないから」

「「きゃー!!!!」」

「じゃあ、また明日」

「「きゃー!!!!」」


 彼が昇降口から颯爽と出ていくと、女子生徒たちは夢から醒めたかのような顔をして、用は済んだとばかりに散らばりはじめた。


 …………なに、あれ。


「佳奈ったら、そんな白けた顔をしないの。あの光景は、もはやうちの高校の名物じゃん」

「えっ……。そうだったんだ」

「ウッソ! もしや、王子先輩のことをご存知でない!?」

「少なくとも、目にしたのは初めてだね」


 きらびやかな容姿に、彼を取り巻くたくさんの女子生徒。あんなに目立つ人だったら、一度でもすれ違えば忘れない。


「入学して半年も経つのに知らないの!?」

「そこまで言う?」

「はぁー。佳奈は噂とかに興味がない子だってわかってはいたけど、まさかこれほどまでとはねぇ」

「私の持ちうる情報源って、主にるりぐらいだからね」


 教室で、用事がなくても話すのは、るり一人。

 生物部の活動の時は、大半がメガネくんとの生物トークだからなぁ。校内の噂話にはからっきしついていけてない。

 るりは、「それにしても、人間に興味がなさすぎでは……?」とぼやきながらも、校舎から駅に向かうまでの間に王子先輩について解説してくれた。


「さっきのは王子先輩だよ。本名は王子慧おうじけい、ニ年一組。見ての通り、芸能人顔負けの超絶イケメン! うちの高校の全女子が憧れている存在といっても過言ではないね。現にファンクラブまであるし」

「すごい人なんだね」

「そう、実際にすごい人なんだよ! 噂では、芸能事務所からもスカウトきてるらしいし。王子なんて、普通だったらネタにされそうな苗字だけど、先輩の場合はガチのリアル王子だから、すんなりと受け入れられちゃってるところもすごいよねぇ」


 なるほど。

 王子先輩って、通り名の類かと思ったけど、普通に本名だったんだ。


「るり、詳しいね」

「いやいや。星燐に通ってるなら常識だからね? 本当にいままで名前も聞いたことなかったわけ?」

「さぁ。あったような気もするけど、特別なイケメンだからといって、わざわざ見に行くようなこともしないし」

「さすがだなぁ。佳奈はブレないね」

「だって、失礼じゃない? 私だったら知らない人からいきなりジロジロ見られたくないし。それに、あーゆう目立つ人とは、むしろ関わりたくないから」


 夏の匂いを残すなまぬるい風が、私たちの制服のスカートを揺らしていく。

 るりは、理解できないというように首を傾げた。


「なんで? あたしは、お近づきになれるものなら、なってみたいけどなぁ。単純に目の保養になるし」

「いかにも、そう考える人が多そうだからだよ」


 だって、学校内の全女子の憧れなんでしょ? 

 つまり、彼とお近づきになるということは、そのまま全員を敵に回すということだ。

 私は、目立たず、波風を立てない学校生活を送りたい。

 生物室で、のほほんと生き物たちを愛でている時間がなにより幸せだから。

 つまり現状に満足している。

 るりと、生物オタクトークができるメガネくんと、たまに顧問の原先生。

 これ以上の交友関係は、全く望んでいない。


「それにあの先輩、なんかチャラそうだし。誰か一人を特別にする気はない、とか言ってなかった?」


 実は、あの台詞で、心に吹雪が舞いこみ一気に白けてしまった。

 私にとって、恋は未知の分野だ。

 だから、人様の恋愛事情に口出しできる立場にはない。そもそも興味がないから、もっと厳密に言えば、勝手によろしくやっていてくれという感じだけれども。

 それでも、るりの話を聞いていて、切実な想いなのだということは知っている。

 一生懸命な気持ちをもてあそぶような行為は、単純に嫌だ。


「まぁ、あれだけ選り取りみどりだったら、仕方ないよねぇ。美人な白石しらいし先輩、ファッションモデルの女子大生、社会人にいたるまで、王子先輩関連の噂は絶えることがないし。もはや、星燐高校の彼氏がいない女子のうち八割は王子先輩の彼女になりたいって思ってるんじゃない?」

「わー、すごい。興味がないだけで少数派になれちゃうんだ」

「うちのクラスの子たちだって、いつも王子先輩の噂で盛り上がってるじゃん。そんな先輩からしたら、誰か一人に心を決めるなんてもったいないんだよ」

「るりだってモテるけど一途じゃん。あきれるぐらい」


 るりは、かわいい。

 ふわふわとした栗色の髪に、ぱっちりとした大きな瞳。おしゃべりがとまらないさくらんぼの唇は愛らしい。おしゃれで、きらきらとしていて、今時の女子高生って感じ。


「いやいや、王子先輩と比べないでよ。モテるの次元が違うから」

「でも、るりはあの先輩と同じぐらいモテたとしても、やっぱり先生一筋なんだろうなぁ」


 るりは、胸をはりながら、上機嫌そうに笑った。


「まあね。何年かかっても振り向かせてみせるよ」


 るりの恋は、難しい。

 世間体的に大っぴらに言えるものでもないし、反対されることもあるだろう。

 だけど私は、一生懸命な彼女を応援したい。

 物理の原先生は、教師のくせに適当で、口も悪いけど、根は良い人だと思う。個人的にも、彼には恩義を感じている。


 最寄駅のホームにたどりついたところで、るりと別れて一人きりになった。


 王子先輩かぁ。

 まぁ、私はあの人と話すことすらないだろう。

 教室の真ん中がお似合いな彼に、隅の方で息をひそめている私はそもそも目にとどまることがないし。

 この時の私は、そう信じて疑っていなかった。

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