学園の王子様な先輩はなぜか恋がわからないわたしにご執心です

久里

1章 恋とは一生縁がないのだろう

その1 親友の恋バナに共感できません

「ねぇねぇ! 聞いてよ、佳奈かな~!」


 放課後。

 みんなが部活に出ていき静かになった教室で、親友のるりが、桃色の幸せオーラを振りまきながら近づいてきた。


「なにか良いことでもあったの?」

「すごいね! 言わなくてもわかるの?」

「いや。るりが、わかりやすいだけだよ」

「えへへ~。あのね、すっっっごく久しぶりにしんちゃんから名前で呼んでもらえちゃったんだ!」


 うん。まぁ、そんなことだろうとは思った。

 夏休み直後の期末試験がようやく終わったばかりだというのに、元気なことだ。


「へー」

「真ちゃんさぁ、昔みたいに名前で呼んでよって言っても『はあ? 呼ぶわけねーだろ』って冷たかったんだよ。それでもずっと言い続けてたら、『今度の期末試験に俺の教科で満点を取ったら、考えてやらないこともない』ってゆーから、あたし、めちゃめちゃ必死に物理の勉強を頑張ったわけ」


 なるほど。

 テスト前のるりが、大きな瞳の下にクマを作っていたのはそれが原因か。


「るりにしては、珍しく勉強を頑張っているなぁと思ってた」

「でしょでしょ!?」

「でも、たしか満点は取れていなかったよね?」

「そうなんだよぉ~。惜しくも一問ミスの九十八点! 他の教科を犠牲にしてでも、物理だけは満点を取るために教科書の隅から隅まで読んだのにっ。解説書の端っこに書いてある誰も目に留めないような超難問を仕込んでくるなんて、ひどくない!?」


 言われてみれば、一問だけ明らかに浮いている問題があったような。その時は、はら先生も大人げないことをするなぁとしか思わなかったけれど、まさかこんな裏事情があったとはね。


 私の前の席に腰かけた彼女のマシンガントークは止まらない。


「最近、親のお使いで真ちゃん家に行く用事があったから『あんな鬼問題を出してくるなんて卑怯すぎ! 真ちゃんのバーカ!』って言ってやったんだ。そしたら『まさかバカなお前が九十八点も取れるとは思わなかったよ。頑張ったんだなぁ、るり』って……! るりって呼んでくれたの!! もーー不意打ちなんてズルくない!? 心臓が止まるかと思ったよ~。ダメだ、思い出しただけで、またドキドキしてきたっ」


 大げさだなぁ。

 頬を薔薇バラ色にして熱心に語る親友を目の当たりにして、そう思う私は冷めているのだろう。

 私――羽鳥佳奈はとりかなには、恋が理解できない。

 両想いなんて、遠い別の世界の話に感じる。

 そもそも片想いをしたこともないし、憧れを抱くことすらないまま高校生になった。

 そして、このまま一生、恋をしないんだとも思う。

 

「ふーん。そういうものなんだ」

「反応うっっっす! 毎度のことだけど佳奈って恋バナにまったく興味ないよねぇ。華の女子高生なのにさぁ」

「うーん。別に、女子高生の全員が、恋愛に価値を見出すわけではないと思うけどな」

「えー、そう? そういうものかなぁ」


 るりは納得しきれない様子で頬杖をついた。


「……もしかして、佳奈にとっては、あたしの真ちゃん話って実は退屈?」


 今度は、茶色の髪を指に巻きつけながら、うかがうように私を見つめてくる。

 ここで不安を抱かれるのは、中学時代からの親友として心外だ。


「ううん。面白いよ」

「ホントウに?」

「うん。正直、恋についてはよくわからないけど、るり心底楽しそうだし」


 思ったままのことを口にしたら、彼女はいきなり口元をおおった。

 そうかと思えば、次の瞬間、私は思いっきり抱きつかれていた。

 女の子らしい甘い香りが鼻をくすぐる。


「~っ。あたし、佳奈のことも真ちゃんに負けないぐらい大好きだからね!」

「はいはい」


 坂本さかもとるり。

 私の親友は、恋に一生懸命なかわいい女の子。

 彼女の恋は、ちょっと普通ではない。

 先ほどからナチュラルに『真ちゃん』と呼ばれている彼、原真司郎はらしんじろう星燐せいりん高校の物理教師だ。

 私たちが所属している生物部の顧問でもある。

 るりにとっては、近所のお兄さんで、幼馴染のような関係らしい。

 そうはいっても、生徒と教師だ。

 恋愛事にうとい私でも、難しい恋であるとわかる。

 るりは、叶わないかもしれない恋に、どうしてここまで心を傾けられるのかな。

 私には、親友の気持ちがわからない。


「るりは、すごいよね。……私には、そういう気持ち、わかる気がしないなぁ」


 少女漫画や恋愛小説を読んでも、ピンときた試しがない。

 ドキドキしないし、憧れる気持ちすらわいてこなかった。

 私には、人らしい心というものが欠けている自覚がある。


「すごいっていうか……気がついたら、好きになってただけだよ。きっと佳奈にも、そういう瞬間がやってくるよ」


 照れくさそうな親友はきらきらとしていて、遠い存在に思えた。

 こんな私は、恋とは、一生縁がないのだろう。


 るりと一緒に教室を出て、昇降口に向かう。

 その途中、教室いっぱいにブルーシートを広げて、みんなで作業しているクラスを通りがかった。


「わぁ、二組はもう文化祭の準備をはじめてるんだね」

「たしかお化け屋敷をやるんだっけ? すごいね、気合いが入ってるなぁ」


 期末試験が終わったので、校内は、一ヶ月後の文化祭モードになりつつある。

 今日のホームルームで、私たち一年三組は演劇をやることに決まった。

 私はといえば、すぐさま裏方を志望した。

 目立つことは苦手だ。というか、日常生活においても表情に乏しい私に、演技なんてできるわけがない。


 るりは演劇チームに抜擢されたらしい。

 本人にその気はなかったみたいだけど、『えー! そんなこと言わずにやってよ~! 坂本さんかわいいから、華やかな衣装とか似合いそうだし!』とクラスメイトに頼みこまれて渋々うなずいていたっけ。

 目立つほどかわいいというのも、大変なんだろうなぁ。


 階段を下りていき、昇降口にたどりつくと、下駄箱のある一角に不自然な人だかりができていた。

 群がっているのは、全員女子……?

 不思議な光景に足を止めたら、隣のるりも、感心したように目を丸くしていた。


「うわぁー。王子おうじ先輩、今日も今日とてすごいハーレム状態!」


 王子先輩?


「王子くーーん! ねえ、今日こそわたしと遊んでくれるでしょ?」

「ええーっ! 王子くんはアタシと遊ぶ予定なんですけど!」

「アンタたち、邪魔よ! 王子くんが困っているでしょう!?」


 女子生徒の黄色い声の中から、男の人の声がした。


「ゴメンね、みんな。通れないから、ちょっとそこをどいてもらっても?」

「「きゃーーっ!」」


 その人は、モーゼが海を割るかのごとく、女子の群れの中から姿をあらわした。


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ここまでお読みいただき、ありがとうございます(*´▽`*) 

恋がわからない佳奈と、王子先輩の行く末を見守っていただけたらうれしいです!

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