第6話 偶然は二度訪れる
学校が終わり、わたしは早速映画館へと足を運んだ。蜜柑さんに教えてもらった通り、綺麗めなビルの中にある映画館にはほとんど人がいない。
チケットと飲み物を買って、劇場の中へと入る。一番後ろの席に座って辺りを見渡してみると、ぽつぽつと人が座っているのが見えた。
『数年ぶりに映画を観ます。最高』
映画の半券越しに見えるスクリーンの写真を撮り、文字と共にSNSに投稿する。暗くなってからはスマートフォンを鞄にしまって、映画の世界に没頭した。
物語は高校生の男女の青春を描いたものだった。爽やかで誰からも好かれる一軍男子と、平凡で地味な女の子の恋物語。
女の子は男の子の言動に一喜一憂して、顔色がころころ変わって可愛らしい。物語も半ばのところまで来たところで、わたしはあくびを噛み殺し始めた。
(映画館の椅子って、なんでこんなに眠くなるんだろ……)
物語は特に派手な出来事が起きるわけではないので、一定のテンポで時が流れていく。だから観ているこっちも穏やかな気持ちになってしまうし、主人公の相手役のやたら顔の良い男の子の声がとっても心地良くて、授業で疲れた身体に染み渡り、ささくれ立った心を溶かしていく。
(あーだめだ……もう無理……)
まるで王子様のような笑顔を浮かべる男の子が女の子の頬にキスをするシーンを最後に、わたしの記憶はそこで途絶えた。
.
「ふぁ〜あ……」
映画館が明るくなったのと同時に目覚めたわたしは、大きなあくびをしながら階段を降りていた。
やっぱり学校帰りに映画なんて観るもんじゃない。ジャンルが普段は滅多に観ることのない『青春恋愛』だったこともよくなかった。でも仕方がなかったのだ、恋愛を学ぶためにはこうするしか──。
そこまで考えて、わたしははたと目を見開いた。
(いや待って、勉強のために来たのに、何にも覚えてないんだけど……!)
本来の目的すら忘れて爆睡をかまして退場。我ながら時間とお金の無駄である。
わたしは自分の情けなさにがくりと肩を落としながら、閑散としたロビーをとぼとぼと横切って出口を目指した。
「ねえねえ、お姉さん。一人?」
扉を潜ろうとしたその瞬間、近くのベンチに座っていた男性に声を掛けられた。20代ぐらいのサラリーマンで、やたら圧の強い笑顔を浮かべている。
「暗くなってくるしもしよかったら駅まで送るよ」
「いや……大丈夫です」
「そんなこと言わずにさ」
馴れ馴れしく肩に置かれた手が酷く不快だ。数秒前までとろとろと歩いていた自分を蹴り飛ばしてやりたい。さっさと帰っておけばよかった、と後悔をし始めたところで、
「お待たせ」
後ろから声を掛けられて、反射的に振り返った。
「待った?」
いつの間にかわたしの背後に立っていたのは、キャップの上からフードを重ねた、全身黒ずくめの男の人だ。
その姿には見覚えがあった。
(もしかして、あのときの?)
体調を崩した路地裏で、またねと言って去っていった、あの日の男の人に姿と声が酷似していた。
「チッ……連れがいたんなら早く言えよ」
男の人が現れたのと同時に、サラリーマンは態度を豹変させ、苛立ったように近くの扉から一人で出ていった。
わたしが唖然としながら立ち尽くしていると、大丈夫?と声が掛けられた。
「なんかされてない?」
「大丈夫です、ありがとうございます。……あの、前にも会ったことって」
人違いだったらどうしよう、と少し身構えながら喋りかければ、ああうん、とだけ返ってきたので、勘違いではなかったのだと安堵する。
「何かお礼……この前のお金も払ってないし、今払います」
「いらないって言ったじゃん」
「でも助けてもらってばっかりで、何か返さないと落ち着かないので……」
うじゃうじゃ人のいる都内で、こうしてまた出会えたのも奇跡に等しい。その奇跡はきっと、彼にお詫びをするために訪れたのではないのだろうか。
「マジでいらないけど。……じゃあ、いっこだけお願いきいてくれる?」
「何ですか?」
だぼっとした黒いパーカーに、黒いスキニーパンツ。自ら闇に紛れたがっているようにも見える彼の表情は、マスクに隠されていて見えない。
「少しだけ、お姉さんの時間ちょうだい」
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