第2話 オタクは忙しい

『今週のスプリング・デイみました? みてないなら今すぐみてきてください今から語るから』

「うわネタバレされる。まだ更新されて2分しか経ってないんですけど」

『まってまって、今読んでるから。団子さんちょっと黙ってて』

『黙ってられますかこれがッ!』


 ヘッドフォンから流れてくる声に急かされながら、つい先ほど更新されたばかりの漫画に意識を集中する。


 短いメッセージを発信できるSNSの一つである『XX』。現実リアルに友達がいないわたしは、そこで共通の趣味を持つ人達と知り合い、交流を深めている。

 その趣味とは、いわゆる二次創作と呼ばれるジャンルの漫画を描き、SNSに投稿すること。

 そして漫画を描きながら通話をする、いわゆる作業通話と呼ばれるものを、気心の知れた仲間内で頻繁に行っている。


「読みました、まって最高。令和イチのナギウサきた」

『やばくないですか!? ナギ→ウサに対するクソデカ感情が……! これだからナギウサはさあ!』

『皆さん読むの早くないですか? わたしまだ途中なんで黙ってもらえます?』

『蟹さん早く、蟹さんの冷静かつ俯瞰的に考察されたナギウサ語り聞きたいから』


 みたらし団子こと団子さん、蟹煎餅こと蟹さん。この二人とは長い付き合いで、好きな漫画のジャンルもCPカップリングも被っているので、この二人と会話するのが定番になっている。


「あ、蜜柑さんこんばんはー」


 そしてもう一人。わたし達が通話をしていると、高確率で参加してくる人が蜜柑さんだ。わたしがSNSのアカウントを作った当初からの相互フォローで、ボイスチャットは苦手らしいが、いつも聞き専で入ってきてくれる。


『見ました。まずウサミがあの場面でナギサの名前を呼ぶのがもう深すぎる。普段はあんなにツンツンしてるくせに幼馴染の絆を感じられて……言葉にならない』

「蟹さんが珍しく語彙力失ってる」

『多分今頃天仰いでるから』

『なんでわかったんですか?』


 わたしも漫画を読み返しながら、該当のシーンを読み返して同じように天を仰ぐ。尊いという言葉はこのシーンのために生まれたな違いない。


『ねえてか、リジュさん東京に引っ越したんでしたっけ』


 リジュとはわたしのことである。食べ物の名前をつける人が多い中、わたしのニックネームはジュリという名前を反対に入れ替えただけの簡単なものだ。


「そうですそうです、一ヶ月ほど前に」

『えーやば。じゃあ今度池袋であるコラボカフェ行きません? スプデイの!』

「えっいいんですか!? 行きたいです!」


 地方から都内に移り住んでから、まだわたしは家から学校までの道のり以外を歩いたことがなかった。今まで住んでいた田舎と違って、都内は人が多すぎてなんとなく苦手意識があるからだ。


『じゃあ来週の土曜の11時に、当選連絡きたらまた連絡します』

「わかりました。超楽しみにしてます」


 その日の通話は、ナギウサの供給とコラボカフェへの期待が混ざって、幸せな気持ちで幕を閉じた。

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