第1話 似たもの同士


酒井朱莉さかいじゅりです、よろしくお願いします」


 何度経験しても慣れることはないこの瞬間を、人生の中であと何度経験するのだろう。

パチパチというまばらな拍手で迎えられながら、わたしはぺこりと頭を下げた。


 高校二年になったわたしの引っ越し経験は、既に片手じゃ収まりきらないほどの数になっていた。新しい制服に身を包み、初めて訪れる教室で、少しがたつく椅子に腰を下ろす。


 二学期が始まろうとしているこの日。こんな中途半端なタイミングで転校してくるのはどんな人なのかと、他のクラスの生徒が廊下から覗きに来るのは、どの学校でも同じだ。

 わたしは視線に気づいていないふりをしながら、頬杖をついて窓の外に視線を向けた。


「酒井さん、校舎の案内を先生に頼まれたんだけど……」


 昼休みになると、人の良さそうな二人の女の子がわたしの先までやってきてくれた。


「一人で覚えるから、大丈夫」

「でもせっかくだし、よかったらみんなで……」

「気持ちだけで嬉しいから。ありがとう」


 絶対に首を縦に振らないわたしを前にして、二人は困惑したように顔を見合わせていた。

 この一件以降、この二人がわたしに声を掛けてくることはなかったし、クラスの女子が休み時間に進んで声を掛けてくることもなくなった。



「酒井さんって難しくない? いっつもぽつんと座ってスマホ弄ってるし、誰とも仲良くしようとしないし」

「この前英語のペアになってちょっと雑談しようと思って話しかけたのに、鼻で笑われてガン無視されたんだけど」

「感じ悪いよね。うちらのこと見下してるっていうか、善意でやってあげてるのに」


 ──転校して二週間、わたしはすっかりクラスの中で孤立していた。


 トイレの個室の中で、わたしは自分の悪口を無感動のまま聞いていた。悪口大会が盛り上がり始めたところでわたしが個室から出ると、見覚えのあるクラスメイトの女子達は慌てたように廊下へと逃げて行った。


 最初の頃はそれなりに悲しかったし、傷付いたりもした。だけどどうせまたすぐに引っ越して二度と顔を見ることもなくなるのだと思えば、特に何を言われても気にしなくなった。


(あー、楽だな。誰とも話さなくてもいいし、誰も話しかけてこないし)


 授業の合間に好きなだけスマートフォンを触ったり、誰にも邪魔されることなく眠ったりできる。自分のペースで過ごせるから、案外一人だって悪くない。

 

「はい、じゃあ今日は8日だから、8番木崎ー……は休みだな。じゃあひとつ飛んで、久保答えろー」


 クラスに少しだけ慣れてきた頃、わたしはあることに気が付いた。


 出席番号8番の木崎くん。


 彼はどうやら不登校の生徒らしく、わたしが転校してきてから一度も姿を見たことがない。

 先生達も『当たり前』のように欠席をスルーするし、周りのクラスメイトも全く気にする様子もないところからして、きっと彼が休んでいることはデフォルトなのだろう。


 ひとりぼっちの教室の中で、ぽっかり空いた彼の空席だけはなんだかわたしに似ているみたいで、いつしか親近感すら覚えるようになっていた。


 

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