第6話イバとドワーフ



 イバは母の手を引き、川に入る。


「つめたーい!」


 雪解け水の冷たさに体を震わせ、ケラケラと笑う母。イバは腰に巻いていた布にクロムジの実を包み、川の中で顔を出している岩にべしべし叩きつける。


「おかあも、服かせ」


 イバに言われ、服を脱ぎ、素っ裸になった母がバシャバシャ水柱を立てて不細工に泳ぎ出し、すぐに、


「イバー! たすけてー!」


 母は溺れる。


 イバはため息を吐きながら、洗濯を止め、服を岩の上に置き、母の元に向かう。


「おかあ、足、つくぞ」


「ほんとだー!」


 すくっと立ち上がった母は両手を上げ、万歳をして全身で助かった喜びを表現した。


「イバおいでー」


 母は大きな手でイバを掴み大きな胸に包み込む。


「洗ってあげるね」


 自分の股の間にイバを挟み、掬った水でイバの髪をやさしく洗い出した。


「かゆいとこ、ございませんかー」


 にこにこイバの髪を洗う母に、されるがままにするイバ。


 そこには今まで注げなかった愛情を、取り戻そうとする母の気持ちがあった。


 裸のまま川から上がり、焚火をおこし、二人は来ていた布を乾かす。


 火の前でも母はイバを股の間に挟み座り込み、ニコニコ頭を撫でていた。


「イバの髪は綺麗だねー」


 ニコニコ笑いながら母は言う。


「おかあのほうは、きれいじゃ」


 真顔でそういうイバに、母はポカンとして、ニパッと太陽のように笑い、力いっぱい抱きしめた。


「お、おかあ、く、く、くるしい」


 右腕を酒呑童子にくれてやった見返りに得た神酒の効果で、母の体はオーガの力を軽く凌駕し、そしてあり得ないほど魔力が満ち満ちている。


 その剛腕により無邪気にイバの命は刈り取られる寸前にまでもみくちゃにされていた。



 

 体が温まったイバと母はまた川に入り、魚を手掴みで取る。


 母はその突出した動体視力により、イバは何度も取ったこともある経験により、何匹も川魚を取り、内臓をくり抜き、焚火で焼く。


 尻尾に買った塩をよく塗り、じっくり遠火で魚を焼くイバ。母はそれを見て、よだれを垂らす。


「イバ、もういい?」


「まだじゃ」


「もうたべたいよ!」


「川の魚にゃ、虫がおるのじゃ、死ぬぞ」


 生焼けの魚に手を出そうとする母をけん制しつつ、じっと魚を見つめるイバの目は職人のように真剣である。


 ゆっくり時間をかけて魚を焼き、買いためてあったパンとワインと共に食べた。


 二人で二日連続腹がはち切れるほど食べ、日がゆっくりと落ちていく。


「今日は薬草とらないの?」


「薬師のばあが気になる、当分薬草売りはなしじゃ」


「でも、おかねはー?」


「いい場所がある」


 イバは立ちあがり、焚火の始末をする。


 二人は乾いた布を着て、イバが先導し、森の中に入っていった。



 

 森の中を少し歩くと、崩れた崖に出る。


 そこは蒸気機関を魔法で動かす技術が開発される前、泥炭で蒸気機関を動かしていた時代の名残、泥炭採掘場だった。


 そこに汚い小屋が数件と、ツルハシを持ったドワーフが数人、焚火を囲み、酒を飲んでいた。


「今でも酒を造るには、泥炭が必要じゃ、ここにいるのは酒造りドワーフじゃ」


 イバが左手を上げドワーフに近づいていくと、ドワーフたちも手を上げ挨拶し帰した。


「左手の、久しぶりじゃな」


 ドワーフの男が嬉しそうにイバの頭を撫でる。


 子ども好きなのだろう、目を細め、イバのことを見ている。


 そしてイバの後ろでニコニコしている母を見て、驚いたように目を見張る。


「これは立派なオーガ殿じゃ、こんな力強い角は初めて見たのじゃ」


 そうじゃ、そうじゃと、手黍を囲んでいたドワーフたちも口をそろえて母を誉め、母もまんざらじゃなさそうに体をくねらせ、しなを作った。


 口笛を吹き、囃し立てるドワーフたち、母も気がのったのだろう、次々しなを作る。イバはため息をつき、母が持っている蔦を編んで作った籠の中から、かりんの実を取り出し、ドワーフの一人に手渡す。


「こりゃいい実じゃ! いい酒ができるわい!」


「いくらで買う?」


「銅貨三枚じゃな」


「薬草もある」


「ほう、薬草酒はうまいしの、銅貨五枚でどうじゃ?」


「まいどあり」


 母が持っている籠の中から十束の薬草とかりんの実七個をドワーフに渡すと、七十一枚の銅貨が入った小袋をもらい、おまけとしてドワーフの作った小さい壺に入った蒸留酒をもらった。


 金をかごに入れ、森に帰っていくイバと母。


 ドワーフたちに見送られ、森の中で拠点にしている、昨日掘った穴のところに戻ると、日はかなり傾いていて、二人は穴の中で抱き合い眠った。







◇◇◇◇







 一晩おいて朝、泥炭堀をしていたドワーフたちが町に下りると、町の様子がおかしいことに気がついた。町に出ている憲兵の数が多いのだ。


 なにか大規模な犯罪があったのかも知れないと、ドワーフたちは気をつけながら商業区にある酒工場に向かっていると、なじみの魔道具職人であるドワーフに道で出くわす。


「これはどうしたことじゃ?」


 泥炭堀をしていたドワーフの一人が魔道具職人のドワーフにきくと、魔道具職人のドワーフは、声を押さえ、ココじゃ喋れんと、なじみの酒場に泥炭堀のドワーフたちを誘う。


 ドワーフたちは酒場の二階にある個室で酒を飲みながら、話しをきいた。


「薬師の栗鼠獣人がのう……」


「魔法によるものらしいのじゃ」


「どうしてお前がそれを?」


「わしが殺された当日店を訪ねた一人らしくての」


「容疑者か!?」


「まあすぐ、魔力痕と魔力の波長が違うことが分かり、釈放じゃ」


「それにしても、誰がそんなバカのことを……」


 ドワーフ一同が黙りこむ。


 そこで、より声を搾り、魔道具職人のドワーフが喋り出す。


「どうやら、憲兵は、オーガを追っとるらしい」


 泥炭堀のドワーフたちは皆おなじオーガのことを思い出していた。


 二本の立派な赤く色づく角。


 その角がほんのり、光っていたように思えるのだ。


 ほんのり魔法の力で。




「どうやらそのオーガ、親子らしい」




 魔道具職人の絞った言葉に、泥炭堀のドワーフたちは、背中に、冷たい汗を感じていた。

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