第4話憲兵


 日が上がり、貧民街と接している商業区の端、薬屋の前を憲兵隊が囲み入り口を布で囲み中が見えないようにしていた。


 憲兵の制服は紺色で、肩にある赤の刺繍で階級が分かるようになっている。


 薬屋の中でむずかしい顔をしたエルフの男性の方には二本の線と星が一つ、上級士官の証だ。


 その横で立っている虎の獣人は筋骨隆々で、体の幅は横で難しい顔をしているエルフの三倍はありそうだが、後ろで手を組み、じっと動かない。


「トラビス、君はどう見るね」


 エルフの男がそう虎の獣人トラビスに、声をかける。声はしゃがれている、美しいエルフの男だが、見た目より歳なのかもしれない。エルフは年をとっても見た目はほとんど変わらないが、声だけはしゃがれていく。


「はっ、どう見ても魔力痕だと思われます」


 虎の獣人トラビスが軍人らしく簡潔に答える。


「だな、これは魔力痕だ、魔法で殺されてる。前回魔法による殺人事件はいつだ?」


「はっ、三十年前だと記憶しております」


「そうだな、魔法による殺人は魔力痕が残る、魔力の波形は証拠になり犯人の特定は容易だ、だから誰も魔法で殺人を行わない、常識だな」


 エルフの男は栗鼠の老婆の死体の下顎にべっとりとついた魔力痕を見てため息を落とす。


「それで、この魔力痕は?」


「はっ、未登録の物です」


「未登録の魔法術者か……、大問題だな?」


「はっ、大問題であります」


 もう一度エルフの男はため息をはき、栗鼠の獣人の老婆の死体の前にしゃがみ込む。


「記録を頼む」


 エルフの男がそう言うと、紺色の制服を着たヒューマンの女性がメモ用紙とペン

を持ち、後ろに立つ。


 胸のポケットから万年筆を出し、死体の顎先をひっかけ、傷がよく見えるように押し上げるエルフの男。


「傷口は鮮やか、切断魔法、風魔法かな?」


 後ろに立つヒューマンの女性のペンが走る。


「切り裂いた後、舌を体外に引き出している。これも魔法だ、べっとりと舌に魔法痕が見える。念動か?」


 エルフの意男はじっと死体の目を覗き込む。


 開いた瞼、瞳孔の奥に薄っすら残る魔力痕。


「目の奥に残る魔力痕、目くらましか? フラッシュか、煙幕か? いや幻術かもしれない。それにしても最低でも三つの魔法を使っているな、それも短い時間内でだ。天才か?」


 カリカリと、ヒューマンの蛇性がペンを走らせる音だけが響く。


「どう思うトラビズ?」


 質問を向けられた虎の獣人トラビスはじっと死体を見て、一呼吸あけ、答えた。


「質問を質問でお返しして申し訳ないのですが」


 顔を上げ、チラリと虎の獣人トラビスを見るエルフの男。


 そのまま続けろと目で訴えている。


 トラビスは話し出す。


「なぜこんな、面倒くさいことをしたんでしょうか? こんな老婆殺すのに三つも魔法を使う必要性が、思いつきません。 首を切った魔法一つで済むでしょうに」


 エルフの眉間にしわが寄る。


「見せしめ? それとも自分の才能を見せつけるため?」


 ヒューマンの女が口を挟む。


「薬師の女は、魔法取得七級ですね。そこそこの魔法使いです。反撃を恐れたのでは?」


 鼻で笑うエルフの男。


「この魔力痕を見たまえよ、このべったりと張り付く濃厚な魔法痕を、これは少なく見積もっても三級以上の魔法の残滓だ、七級程度の雑魚、一瞬で殺せるよ」


 ヒューマンの女性は少しムッとしたような顔になる。自分が七級の魔法使いなのだろう。雑魚と言われ気分を害したのだ、口に出さなかったが、上官の前で表情に出すのは、彼女がさほど優秀な軍人でないことを表している。


 ヒューマンの女性の態度を木にした様子も見せず、エルフの男は立ちあがり、サッと薄暗い薬屋の中を見渡しす。


「ここにいても、らちが明かないね」


 と言い、出口に向かう。


 後ろからトラの獣人トラビスが付き従う。


 薬屋から出て、蒸気自動車に乗り込むと、トラビスがハンドルを握り、車を出す。


 後部座席に座るエルフの男に向かい、トラビズはバックミラーで目線を送る。


「さっきにヒューマン、首にしますか?」


 つまらなそうに手のひらを振り、つまらなそうに笑み浮かべるエルフの男。


「捨て置け」


「はっ」


 エルフの男はじっと車窓から貧民街を見る。


「あの魔力痕、始めて見る形だった」


 と、つぶやく。


「未登録の魔力痕だったのでは?」


 トラビスがそうきくと、エルフの男が目を閉じる。


「違う、あれはヒューマンでもない、エルフでもない、フェアリーでもない、獣人でもない、全く新種の魔法痕だ、そう、例えば、この貧民街にいる、オークやゴブリンのような……」


 虎の獣人トラビスは目を見開く。


 エルフの男はじっと車窓から貧民街を見ている。


 じっと。


 その中に、犯人がいる、ほのかな確信と共に。 


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