第4話(2)
「じゃあ、2つか3つの質問に答えようかな。と言っても俺に聞きたいことなんかあるのかー?」
腕時計を一瞥して冗談めかして笑う陽太
真希は確信した。恐らく男子陣と心はひとつ。そう。寒いから早く体を動かしたい
そんな真希の思惑とは反して女子生徒は何を聞こうかと黄色い声を上げながら近くの友人たちと小声で相談している
新手の拷問である
「せんせー!彼女いますかー!」
体も冷えている事ながら、真っ先に出た質問に真希の心も冷え冷えとした
色恋ごとにとんと興味のない真希からすれば物凄くどうでも良いのだ。それはもう寒すぎる。凍ってしまう。無理だ
「残念ながらいません。そんなことが聞きたかったのかー?」
子供は風の子ってな。誰が言ったんだそんなこと
年齢的に若いはずの真希はジャージに包まれながら凍え、大人であるはずの陽太は半袖にジャージズボンで笑っている
肉体年齢は真逆なのだろう。勘弁して欲しいと男子生徒と共に思うのだった
その後も浮き足立った女子生徒たちによる質問を簡素に答えた陽太は強めに1度だけ手を叩いた
「はい!もう終わり。寒いからまずはストレッチして体温めるよ」
その言葉を皮切りに、女子生徒達は渋々と、男子生徒達は嬉々として立ち上がった
それからは時々雑談を挟みつつも授業は進み、終わる頃には体が少し温まった
「なんか顔色悪くない?」
更衣室で制服に着替え直していると茉依香が横から真希の顔を覗き込んだ
「え、そうかな。寒かったからだと思うけど」
「えぇ〜。ねぇ紗英ちゃん!なんか真希ちゃんの顔、青白いよねぇ」
茉依香の言葉に紗英は顔を向けた。真希の顔を一瞥して小さくため息を吐く
「保健室行きな」
「わかったよ.....」
着替えを済ませた真希は紗英の言う通り、保健室へ向かった
「あれ。如月さん」
「湯浅先生....」
保健室と職員室は隣合っている。鉢合わせる可能性はあるが、授業前にも会って終わってからも会うなど神の嫌がらせだろうか
体育で温まったと思った体も徐々に冷えを取り戻し始め、頭痛がする
「さっきの授業で怪我でもした?」
職員室の扉に掛けていた手を離して駆け寄ってくる
本当に心配をしているようで、眉は八の字に下がり、どうしたら良いのかわからず挙動不審だ
「大丈夫です....ちょっと持病?みたいなのがあるだけで」
頭痛が段々と激しくなり、説明も面倒くさく思えてくる
真希の顔色が青白くなっていくのを察した陽太は咄嗟に保健室の扉を開いて、真希の体を支えるように肩を抱いた
入ってすぐに置かれていた椅子を足で乱雑に引き寄せ座らせる
「熱測ってて」
頭痛を耐える真希は気づかなかったが、養護教諭が不在だったようで、体温計を手渡した陽太は慌てたように保健室を出ていってしまった
熱が無いのは分かっているが測っててと言われてしまったので気怠い体を動かして脇に体温計を挟む
「こっちです!」
焦ったような声と共に陽太と養護教諭の今野沙和が入ってきた
沙和は真希の顔を見え困ったように笑った
「ごめんねぇ真希ちゃん!体調はどう?」
「あ、いつものだから....ちょっと酷めかな」
真希の言葉に沙和は「そっか〜」と間延びした声で呟き陽太を振り向いた
「湯浅先生ありがとうございます。後はこちらで。次も授業でしょう?」
沙和が視線を時計に向けると釣られて陽太も時計を見ると頭を下げて走って行ってしまった
大袈裟ではあったが体を支えてくれた事や心配してくれたことにお礼を言えていない
それが少し引っかかった
「さっき体育だったの。グラウンドで走ったから」
「そうなの。それにしても若いっていいわねぇ」
脇に挟んでいた体温計が鳴り取り出す。案の定、熱は無かった
沙和も体温計を覗き込んで頷くと真希の手から受け取り仕舞う
「湯浅先生。素敵よね」
「え?」
体調が悪い生徒にする話だろうか、と思いつつも何故か聞き返してしまった
「ほら、すごーく心配されてたから。生徒に対してあんなに必死に走る先生、中々居ないわよ」
「あぁ、確かに」
真希本人にとっては慣れたというか、よくあることだったが故に面食らってしまうほど
陽太に黄色い声を上げている女子生徒ならば一瞬で本気の恋に変わってしまっていただろう
「ベッドで寝ていく?」
「そーする」
保健室のベッドに入り込みながら、ますます近寄らないでおこうと決意を固めた
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