第4話 体
泣き面に蜂....と言うには大袈裟だが、悲しいかな、入学式の時の教師は真希のクラスの体育を担当するらしい
2年生初日に配られた年間予定表にはしっかり【体育・湯浅】と書かれていた。そして4組から6組は別の担当教師である
「神は死んだ」
「何言ってんの」
すかさず横から紗英のツッコミが入る。しっかりとジャージに身を包み、更衣室のロッカーの前でげんなりと立ち尽くす真希
どうか欠伸のことは忘れていますように。普通に考えてあの崩れた顔面をしっかり見られていたなど末代までの恥である
しかも今年度が始まって1週間も経っていないのに我が校のアイドルかと言うほど、ずっとあの教師の話でもちきりだ
勘弁してくれ
寒さに弱い真希はジャージの中に手を入れたまま虚ろな目でとぼとぼと廊下を歩く
紗英には置いていかれた。
「アホに付き合ってる時間が勿体ない」
だそうだ。仮にも幼なじみにその物言いは酷くないだろうか。豪快に欠伸している顔を男性に見られるなんて弟や父親以外に無いのだ
傷心中の幼なじみがいるのだから多少慰めの一言があっても良いのではないだろうか
本日何度目かのため息を吐く
「こら!」
後ろから声が聞こえ、肩が揺れる。恐る恐る振り返ると、この肌寒い時期に半袖を着るかの教師
爽やかな笑顔でバインダーを持ち、首にはホイッスルとタイマー
絵に書いたような体育教師の格好。だが真希には教育番組でやっている体操のお兄さんにしか見えない
だから女生徒から人気なのか、とここで腑に落ちた
しかし何故自分が呼び止められたのかわからない
「ちゃんと腕出しな。転んだ時に顔から行っちゃうだろ?」
「はーい....」
渋々袖を通すと、この短時間ですっかり冷え込んだ布が腕に擦れ、体が震えた
「....んー」
「あの、まだ何か?」
真希の顔をまじまじと見つめて首を捻る陽太
「あぁ!入学式で欠伸してた子か」
やはり神は死んだ。覚えられてた。最悪だ
頭が真っ白になるとはこの事だ。恥ずかしくて穴があったら入りたい。なんの拷問だろうか
「ははは!そんなこの世の終わりみたいな顔しなくても。ほら、授業始まるから行くぞー」
陽太は何も気にしていないかのように目を細めて笑う
なるほど、これはリアコが沢山製造されそうな先生だな、と思考を現実世界に呼び戻して陽太の後ろを追いかけた
グラウンドには既にほとんどの生徒が集まっていて、そこに合流するように駆け足で近づく
あんな人気の教師と共に来たなどと思われたらファンの女子陣にどんな報復を受けるかわかったもんじゃない
振り返ると陽太はゆっくりと歩いていた
気にしていないようだったし、欠伸の件は記憶から早々に風化されることを願おう
再び生徒の集まっている方を見れば、紗英の姿を見つける
「寒い」
微塵も表情を変えずに小さく文句を言っている。その場には茉依香と入学式で茉依香と共にいた大人しそうな女子
その茉依香の餌食になった女子生徒は白川陽菜。入学式の後から、気づけばこの4人で行動することが増えた
とは言え、陽菜自身は自己主張が強いタイプでも無いため、茉依香が紗英に絡んでいるのを真希と二人で眺めているのが現状だ
「陽菜ちゃんは運動好き?」
沈黙が辛く、変な質問を投げかける
「あんまり....」
「だよね。私も」
そして沈黙。真希は決してコミュニケーションが苦手な訳では無いがここまで話が広がらないと言うのも苦しいものがある
そんな気まずい空気が流れる中で少し離れた所から生徒達を呼ぶ声
「行こっか。2人共集まれってー」
少し離れた場所で紗英と茉依香が夫婦漫才のように騒いでるのを止めるように呼びかけると気づいたようだ
無言のまま陽菜と歩き、整列する
「えっと、このクラスは今日が初めての体育だな。改めて、体育を受け持つ湯浅陽太です。よろしくね。それじゃあ点呼を取るから返事してくれなー」
そうして順番に呼ばれていく。女子生徒は色めき立ち、コソコソと話している
「如月真希」
「はい」
自分の名前が呼ばれ、返事をすると何故か笑う陽太。絶対欠伸の顔を思い出していたのだろう。風化とか言ってないで記憶を抹消して頂きたい
微々たる視線でのやり取りには流石に周りも特に気付かなかったようで、そのまま淡々と点呼が続く
「よし、全員いるな。今日は寒いし、まずはウォーミングアップからしようか」
「せんせー!質問タイムとかないんですかぁ?」
茉依香が突然手を挙げて言ったかと思えば女子生徒代表とでも言いたげに満足気な顔をしている
そんな茉依香に陽太は少し困ったように頬をかいた
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