第2話
母は通り魔事件で両親を亡くしている。
目の前で両親を奪われて、その身に深い傷を負っていた。
孤独となってしまった彼女は八幡町(現:岐阜県郡上市八幡町)に先祖代々の土地に住んでいた祖父母の元へと引き取られた。
死を知った私と同じ年齢であった母は巻き込まれた際の深い傷を体に宿し、砕け散った幼い心は峡谷よりも深い傷を負い嵐のように不安定な状態であった。
唐突に泣き出し、叫び、暴れまわったことも幾度もあったらしい。
父と母の姿を求めて八幡町を彷徨い、近所の人や警察にお世話になったこともあった。やがて家から出ることを躊躇うようになると、外界との関係を全て断ち切ってしまう。
孫娘に同情ではなく愛情で真摯に向き合い接した祖父母、長い時間をかけて優しく見守り、地域の人や行政、警察も事情を知り得ているが故にそっと手を差し伸べてくれる。
そんな環境で母は立ち止まることを自ら止め、そして新しい道へと歩み出した。
自己修復と自己整理を1年で成し終えると、周囲の手助けも受けながら幼い母はトラウマや苦難と戦って乗り越えた。そして再びしっかりと外界へと足を踏み出したのだ。その孫娘の姿を誰よりも喜んだ祖父母は、さらに精一杯の愛情を注いで優しく時に厳しく育て上げた。
そう、ひ孫娘の私が誰にでも自慢できる立派で綺麗な母を与えてくれた。
両親は名古屋の大学で知り合い、医者の息子で我儘勝手の放蕩三昧だった典型的なバカ息子の父が母に一目惚れをして溺愛しすぎたが故に母を見習い、父の両親すら別人ではないかと驚くほどに人柄が変わったそうだ。
父の深い愛にほだされた母は学生結婚をしてやがて私が生まれた。二人は名古屋で永住する決心をして家を買い生活を営みながら、毎年の夏には必ず八幡町に帰省した。
曾孫の私から見れば曾祖父母、曾孫を会わせて喜ばせるのが何よりの楽しみで二人もそれを心待ちにしてくれていた。
保育園で曾祖父母の絵を描いた時などその日の内に郵便局で郵送してしまうほど大切にされ、喜びの手紙を貰うことがとても嬉しかった。仕立ててもらった浴衣と下駄を履いて、初めてみんなで郡上おどりにも参加した。
五歳の夏、殺されてしまう二ヶ月前のことだ。
そう、曽祖父母は殺された。
母から親を奪った憎き犯人によってだ。
後々知ったのだが、刑務所で服役を終えた犯人は裁判で母の代わりに証言をした2人を恨み、妬み、嫉み、それは刑務所内で反省せず、復讐を考える時間に切り替えていたらしい。
舌先三寸だけのクズな犯罪者特有の反省へと至った訳だ。
仮初の模範囚として出所した直後、担当弁護士にお詫びをしたいからと巧みに住所を聞き出し、そして裁判で証言した時よりさらに年老いた二人が楽しみで通っていた近所の和菓子店からの帰り道、ゆっくりとした足取りで連れ立って歩く仲睦まじい姿を、卑怯にも背後から襲った。
ただひたすらにナイフを何度も、何度も、何度も、突き刺して。
動かなくなった2人の頭を足蹴にしてまで、死んだことを確認する徹底ぶりの果てにその場から逃げたのだ。
付近を偶然歩いていた観光客がすべてを見ており、恐ろしさのあまり動けずに居たそうだが、すぐに警察へと通報してくれ事件が発覚する。
以来、犯人逮捕の連絡はない。
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