後悔さえ愛

@ichika0511

序章

「うん、わかってるって。もうやめるよ」


この言葉を彼は何度口にしただろう。本人も分かっているに違いない。

そしてこの言葉を何度聞いただろう。彼女もそう思っているに違いない。


げっそりと削げ落ちた頬。対照的に膨れた風船のようなたるみきった腹部。

そして今にも落ちてしまいそうな眼球。その瞳の中には、妖しい希望が溢れている。

次に放たれる言葉は本人にとっては希望でも、彼女にとっては絶望でしかなかった。


「いつものヤツ、買おうよ」


まるで行きつけの喫茶店で、ブラックコーヒーを注文するかのような言い慣れた口調だった。

そして彼女にとっては、飽きるほど聞き飽きた台詞でしかなかった。

続く言葉もまた、いつもお決まりだ。


「今回のモノは、前回のやつよりもすごくいいんだってさ」


規格外の肉体を持ったアスリートも、幼い頃から超人的な暗記力を持っている天才少年も、前回の記録を超えることは容易ではないし、あり得ないと言っても過言ではないだろう。

社会の大多数を占める平凡な一般人が、前回の記録を更新するということはまず不可能に近い。


更に例え話をするならば、人間の平均寿命を考えてみることが分かりやすいだろう。

現在の日本では、少子高齢化が進み続けている。現代の食事と言えば、白米が食卓に並ぶことが当然になっているが、戦中戦後は麦や玄米が主流であった。


しかし、洋食化が進み、以前とは比にならないほど栄養価のある食料がどこでも手に入る。

なおテクノロジーが進んだ現代では、自転車にですら電気が流れていて快適な日々を簡単に手にすることができる時代だ。


社会が豊かになり続ける一方、彼の言っている『モノ』は社会性も寿命すらも全て奪っていく悪魔だった—


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