プロローグ

「これはい。今回の進捗」

「ありがとう。早速読ませてもらうね」

 いつものやり取りの後、紅茶とコーヒーが運ばれてきて、私は彼の物語を読み、彼は自分の言葉を紡ぐ。

 ゆったりとした時間の流れの中でそれぞれ過ごし、私が続きを最後まで読み終え、顔をあげると、彼もパソコンを閉じて顔をあげる。

「どうだった?」

「すごくいいよ! 希望とか勇気とかすごい身近に感じられたし、どこか現実離れしてるはずなのにリアルに感じられて、すごく好き」

「ありがたいお言葉だ」

「でもまさか君がこんな話を書くようになるなんて思わなかったなあ」

 彼は笑った。

「僕が一番驚いてるよ。でもこの方が書いてて苦しくないからいいね」

「苦しみから生まれる作品も私は好きだからまたあの暗い話読みたいけどなあ」

「僕の気が向いたらだね」

 そうして飲み物を二人とも飲み干して喫煙所へと向かう。入ってすぐの席に座り火をつけて互いに無言でタバコが短くなるまで過ごした。

 建物を出るとそのまま居酒屋に行き、ビールを飲み、タバコを吸った。

「こうして過ごすようになってもう何年も経つのかあ」

「そうだよ。君と私が出会ってから結構な年月が経ってる。それに私達が付き合ってからもね」「そういえばもう少しで記念日だ。忘れるところだった」

 私は本気で忘れかけていた彼に少し怒った素振りを見せてみた。すると彼は申し訳なさそうにしながらも優しく微笑んだ。

「ちゃんと思い出せたからお咎めなしってことで」

「物は言いようってやつだね。まあいいけどさ」

「そう、いいんだよ」

 その後も彼と他愛もない会話をし、いい時間になったところで店を出て二件目のバーへと向かった。

「おう、二人とも、いらっしゃい」

 マスターに挨拶してからお酒を頼み、三人で仲良く話した。

「まさか、二人がこうして付き合うことになるなんてなあ。結婚式呼んでくれよ?」

「だって、頑張んなきゃね」

「下手にプレッシャー掛けないでくれ……」

 その一言で狭い空間は笑いに包まれた。ああ、幸せだ。毎日好きな人とこうして一緒に時間を過ごせるのだから。私はこの時間が一生続けばいいと思う。


 空想の物語の世界で私と彼はまだ生きている。私は今日も言葉を紡ぐ。彼の奪われたものを少しでも取り戻すために。

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奪われたもの 緋山宥 @aru_revoa

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