第9話
今まで言葉にしてこなかった。
傍にいるだけでいいと思っていた。
だけどこんな風に、突然日常が奪われることが、これからもあるかもしれない。
その時にもう、後悔はしたくない。
「私の命を助けてくれてありがとう」
継母に従えば、私は殺されていたはずだった。それを助けてくれて、自らの地位も何もかも捨てて、森で私と過ごしてくれた。
「ずっと、私を守ってくれてありがとう。私、貴方が大切で、大好きよ」
「……ユキ」
城から逃れ、私は姫ではなく、ただの『ユキ』になった。彼がつけてくれたこの名前も、彼に呼ばれるだけで嬉しい。
「ね、貴方は?」
瞬間、真っ赤に染まった顔を見て、ついつい笑ってしまう。彼のこの顔が大好き。
この顔を見れば、答えは聞かなくてもわかっている。だけど、ちゃんと言葉で聞きたいの。
「ね、一言でいい。一度でいいの。ちゃんと聞かせて」
縋るように彼を見上げれば、真っ赤な顔で狼狽えたけど、しばらくして、微かな声が聞こえた。
「…………すき、です」
風に飛ばされて聞き逃してしまいそうなくらい小さな声。鳥が囀ったらかき消されちゃうくらい。
だけど、ようやく聞けた言葉に私は嬉しくて、羽が生えたかのように身体がふわふわする。
「ね、あんなヤツの感触、貴方が消して」
だいたい、私が意識なかった間のことだもん。カウントゼロよ。
突然待ちの体勢に入った私の要求にオロオロしていたけれど、大きく深呼吸をする気配がした。
このあと触れる気配を感じて、世界一幸せな気分を噛みしめながら、その瞬間を愛おしく待った。
これからは毎日キスしましょう。
楽しいときも、喧嘩したときも。
触れるたびにもっと愛おしくなるから。
あなたと結婚なんてお断りです。 桜 花音 @ka_sakura
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