第2話「遅咲きの桜」2

「さっきから思ってたけど、花川って涼川と会話するような仲だったんだ、だいぶ意外」

一見全く違ったタイプの俺達が会話していたことに、先生は驚いたようだ。


「涼川と志津見は友達で、花川と涼川も友達ということは…花川と志津見は友達の友達同士って感じなのかな?」

「はい、そんな感じです!私は二人が仲良くしてくれたら嬉しいなって」

涼川は先生にそう返すと、ちらっと俺達の方に目を向けた。

いや、そんな期待した目で見ないでね? 俺は一旦置いておいて、志津見の方は俺と仲良くしたいなんて全然思ってないだろうからな…


「仲良いに越したことはないよね」

先生はそう言って、ニコッと笑ってみせた。

「だけど、花川も志津見も話すのは得意じゃなさそうだしな…だから、もしダメそうだった時は涼川が二人の関係取り持ってあげてね〜」

いや、涼川が俺たちの関係取り持つってなんか坂本龍馬みたいな役目だな…そんな面倒事押し付けられて可哀想…まあ俺のせいだけど…

しかし、涼川はなんだか楽しそうな表情だ。

「はい!」

「そう言ってくれて先生は安心だよ。それで本題に戻るけど、部活どうするかだよね〜三人とも何かしらの趣味とか共通点はありそう?」


その先生の質問には、涼川が答えた。

「私達は"アニメ好き"っていう共通点があります!」

ということは志津見もアニメとか見るのか…

「ふむふむ。ちなみにアニメって言ってもどういうジャンル見てるの?」

「学園系の青春ラブコメがメインですね〜」

「なるほど、ラブコメね!実は私もそういうラブコメアニメ見たりするよ〜」

おい、まじか。この人も青春ラブコメ見てるってちょっと親近感沸いちゃうだろ…

「え、そうなんですね!意外です…」

驚いたような表情の涼川のその横で、志津見も似たような表情をしていた。いや、お前も驚いたりするのな。


「まぁ確かに意外って思うかもしれないね…もうアラサーなのに学生のラブコメを好んで見てるなんてさ。あ、でも別に私が学生時代に青春失敗したからそれを取り返したいとかそういう理由があるわけじゃないから…ね?」

…うん、そういう理由があるんだな。

「…先生、学生時代上手くいかなかったんですか…?」

涼川はすかさず、そう質問した。

「いや、だからそういう理由があるわけじゃなくてね…私もちゃんと青春謳歌してたし…」

先生にしては珍しく、言葉尻を濁しながらそう答えた。

「どんな感じだったんですか?」

志津見がすっと口を挟んだ。


「え〜と…そうだね、私も高校時代は同じクラスの男子に恋なんかして青春してたな〜。でも、その男子は私の親友と付き合いだしたな〜親友には恋愛相談もしてたんだけどなぁ〜……」

なんか一個目から結構可哀想な感じなんだが……これ大丈夫かよ。

「あとは修学旅行の夜も青春だったなぁ。恋バナの流れになったから私の彼氏(エア)についてたくさん語ったなー……本当は本物の彼氏が欲しかったなー…はは、はぁ…私の青春……」

先生やめて!先生のライフはもうゼロよ!自爆しないで!

先生の話を聞いて、涼川も志津見も黙り込んでしまった…この空間が"先生可哀想オーラ"で充満してる…


「あの、もういいんじゃないですか…」

聞いてて可哀想だしな…

「…うん、なんかごめんね…」

俺の言葉にそう返した先生の姿は弱々しい。

にしても盛大に青春失敗してたのな……可哀想に。


しかし、てっきり教職に就く人間は全員が学生生活で成功したやつらなんだと思っていた。自分が成功したから教師になろうと思うもんだと。

逆に、失敗を味わっておきながらよく教師になろうと思ったな…

「…先生、それでよく教師になろうと思えましたね…青春楽しんでるような生徒とか見てたら普通に辛くなりません?」

俺がそう問うと、先生はこちらにゆっくりと目を向けた。

「それはそうだね。でも…私は、私と同じような失敗を誰かに味わってほしくないって思うんだ。そのための手助けが少しでも出来れば良いって思ったのが教師を目指した理由としては大きいかな」

「なるほど…」


教師になりたいと考えた理由に学生時代の失敗があるというのは、先生が良い教師である証拠だろうと思う。

成功しただけの人間は、失敗しそうな人間を見捨てることがほとんだ。しかし、失敗を味わった人間であれば、多少なりとも相手に歩み寄ろうと努力する。

つまり、単に学問を教えるだけでなく、生徒の社会性や人間性を育んでいくことも教師の役目であるというのなら、失敗を味わったという経験も、当然教師に求められるべきものだろう。

だが、失敗を味わった人間は本能的にそれを厭うようになってしまう。だから、クラスを受け持つような教師で、学生時代に失敗を味わった者はほとんど存在しないだろう。


そんな中で、失敗を味わったその経験から教師を目指そうと考えた柚木先生は、比較的良い先生であると考えても良いだろう。

きっと、柚木先生こそ教師のあるべき姿だと思う。


「…まあ、もちろんみんなに失敗してほしくないって気持ちでなったのはそうなんだけど…高校生の彼氏が欲しいって気持ちもちょっとあるかな!…とか言ってみたり…」

……うん、前言撤回。普通に犯罪者の思考じゃねぇかよ。俺の称賛を返してくれ。


「あの、高校生はアラサーの先生に興味なんかないのでは?」

唐突に、冷めた顔の志津見がそう言い放った。

一見、先生のことを軽蔑してるようにも見えるけど、単に疑問に思ったことを聞いてそうだな、こいつ。…にしても流石にストレート過ぎるって。

「え、ごめん。冗談だから許して…」

先生はそう言ったが、本当に冗談なのかがわからないところが怖いな…

これがもし男女逆パターンだったら秒で教育委員会に訴えられて即解雇案件だろうに。


「…とりあえず先生の話は終わりで、部活のこと決めちゃお。アニメ好きなところ以外での共通点はありそう?」

その先生の質問には、再び涼川が答える。

「…あ、青春が苦手なところも私達の共通点ですね…」

志津見も青春とか苦手なのか…まあ、確かに青春が好きなタイプには全く見えないけど…

「それは…どういうこと?」

先生はあまり理解できていないようだ。よし、ここは俺が説明するとしようか。

「世の中での青春像って"友達とワイワイ"とか"クラスが団結して熱くなる"みたいな固定化と、それに伴っての理想化が進んでると思うんですよね。つまり、そんな青春を美徳とする風潮が進んでいるってことです。だから、世の中の人間はそんなような青春を謳歌したいって考える奴が多くて、その理想に近づくためにどこか嘘っぽくなるんですよ。もちろんそんな環境にいたら疲れますし、自分自身が流されてしまいそうになることもありますね。そこから自分を守るため、一人間としての特性を失わないための当然の防御反応としてあるのが、"青春を苦手とする"という考えですかね」

俺はヤバいやつ特有の早口で、一通りを喋り終えた。

まあ、これを要約というか一番言いたいことをまとめると「青春謳歌してる陽キャはうざい!死ね!」といったところかな。


そして、先生は少しの間をおいてから口を開いた。

「…おー、なるほど…そういう青春は確かに鬱陶しいかもしれないね…ただ、それが全ての人に当てはまるというわけでもないんじゃないかな?そんな青春を楽しむ人間に反して、花川のような考えの人がいるように、青春の形も多様に共存出来ると私は考えるよ。だから、花川、涼川、志津見、全員の青春がきっと存在出来るはずだよ」

「そんなもんですかね?」

俺がそう問うと、真っ直ぐな瞳と目が合った。

「うん、きっとね」

その言葉は短いながらも、確かな意思が込められているように思えた。


「…まあ、見つかるかどうかが一番問題でしょうね…自分は全く見つかる気がしません…」

俺がそう小さく零すと、先生の言葉が被せられた。

「花川、青春は見つけるものではないよ。花川の思う人生が、自然と形作っていくから。だから、いつの日にか花川がそれを青春として受け取ることが出来るかどうか、そこが大事なんじゃないかな?」

なるほど…"将来、自分が自分の過去を良い意味で懐かしめるような人間になれるかどうか"そんな話ってことか。

「…確かにそれもそうですね」


そんな俺の返答に先生は満足したような表情を見せ、それから涼川と志津見の方を向いて言葉を発した。

「涼川も志津見も、花川と同じように考えてたの?」

「はい、まあ…」

涼川は少し恥ずかし気にそう言ってみせた。

「だいたいそうですね」

一方の志津見は、ただ冷静にそう言い切った。

「…そっか…じゃあ、二人とも花川がさっき言ったような熱い青春とか偽りが必要なような青春は苦手ってことかな?」

先生のその問いに、二人は小さく頷く。

「なるほどね…じゃあ三人に聞くけど、もし自分に合う環境があって、偽りもいらない青春があったとしたら、それはどう?」

先生の続けた質問に、涼川が返す。

「私、そういう青春には憧れてます…アニメの影響もあって…」

それに志津見も続く。

「まあ、私もそういうのは結構良いかなって思ってます」

志津見もアニメを見てるらしいし、そういう青春については良く思っているのだろう。何の憧れもないのにわざわざラブコメなんか見ないしな。

そして、つまりそれは俺もそんな青春に憧れを抱いていることを示す。

「はい、自分も二人と同じですね」


俺がそう言い終えると、先生はフーっと一つ大きな息を吐いた。それから言葉を発した。

「そっか、三人共から同じ回答が聞けて、私は嬉しいよ。よし、これで方向性が決まった!」

「…方向性って何のですか?」

すかさず、涼川がそう訊ねた。

「もちろん、部活の方向性だよ。これは私の提案だけど、部員の日常を写真とか動画に記録していく部活っていうのはどうかな?目的はカメラに何か被写体を収めることというよりは、高校生活の時間をそこに閉じ込めること、ってイメージで。うーん、言うなれば一種のタイムカプセルみたいなものかなぁ…」

先生は顎に手を置き、首を小さく傾げる。

「なるほど…」

涼川はそう言って、少し考えるように顔をしかめた。

「自分は良いと思いますよ。そんなに難しくなさそうですし」


俺としては意外と悪くない提案だった。

体育会系ではないし、何かしらの練習を必要とするような部活でもない。強いて言うなら、俺みたいなゴミが記録に残るというのが唯一欠点としてあるぐらいだろう。

「私もそんな感じので良いですけど」

志津見も特に不満はないようだ。

「あ、二人が大丈夫なら私もそれで良いかも」

少し考え込んでいた涼川も、志津見の言葉で決意できたようだ。

「…あ、良いかも…です…」

涼川は少し恥ずかしそうに、そう言い直した。

「別に敬語とかそんなに気にしなくても大丈夫だよ。それで、部活の方はさっき言ったようなので決まりってことだよね!よかった」

先生は安堵したのか、笑顔を見せた。


「じゃあ、あとの具体的な活動内容とか部の名前とかは三人で話し合って決めといてくれたら助かる…生徒会に提出する紙に必要なことだからさ」

「わかりました!あ、でも顧問って誰がやるんですか?」

涼川がそう訊ねた。

「あー、それは私がやるから気にしないで!私って実は部活の顧問やったことなくて…ちょっとやってみたいと思ってたから私がやるよ」

おー、ある程度知ってる先生が顧問というのは、俺的にもだいぶ助かる。

「顧問とか結構面倒いって聞くんですけど大丈夫なんですか?」

顧問やったって別にその分の給料が出るわけじゃないしな…そこは気になるところだ。

「ほら、私って学園ラブコメ見てるじゃん?そういうのだと部活の顧問がキーマンになってきたりもするじゃん?だからそういうポジション目指すのも悪くないな〜って」

先生は少し得意気にそう言ってみせた。


「はーなるほど…」

先生はだいぶ拗らせたラブコメ好きだなぁ…

「まぁ、そんな感じだから特に気にしなくても大丈夫だよ。じゃあ、後は三人でよろしく!」

先生はそう言うと、"部活動新規設立申請書"なるものを涼川に渡す。

見るからにペラっとしていて、ただ薄いだけの用紙。それが一つの部活動設立を定めてしまうというのは、ある種の怖さすらも覚えさせた。


「あ、何となく志津見と花川は心許ないから涼川が部長でよろしくね」

先生は付け足すようにそう言い放った。

「え、私ですか?」

涼川はキョトンとした表情で、そう訊ねる。

「この二人のどっちが部長だったらちょっと怖くない?」

先生はそう言いながら、交互に志津見と俺に目をやった。

「あ…まぁ、それは確かにそうかもです…じゃあ、私が頑張ります…」

涼川も同じように俺たちに目をやり、そう発した。

いや、涼川も否定はしてくれないのかよ…

「よし!じゃあ、後はそんな感じで涼川中心に用紙の空欄埋めといてね〜。あ、あと、ここ出て左の一番端にある教室が空いてるから、そこ部室ね。話し合いとかやるならそこが良いと思う!じゃあよろしく!」

その言葉と共に部室の鍵を渡され、俺たちは職員室を後にした。

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