第2話「遅咲きの桜」1
五月に入って暫く経過しているものの、この季節は花粉症の俺にとってはまだまだ厳しい季節。
五月と言えば、アニメやドラマでは爽やかに描かれる季節なのだが、実際はそうでもない。
普通にちょっと暑いし、イネ花粉が鼻につき始めるような嫌〜な季節。
「ズズズッ」
いくら鼻を啜っても何も変わらないこの感じ、やっぱ不快だなぁ…
そんなことを思っていると、唐突に俺の名前が耳に入る。
「花川ー、ちょっとこの後職員室きてねー」
その声の主は、担任の「
そして生徒に対して寛容であるため、生徒からの人気度が高い。
明るい茶髪にショートカット、加えてシュッとした顔立ちで見た目も良く、生徒からは「はるちゃん」という呼び名で親しまれている。
担当科目は体育。つまり、脳筋だ。
…………
「おー花川きたか!」
職員室に着いてみると、俺意外にも何故か涼川、そしてもう一人女子がいた。涼川とは、昨日初めて学校で話して以来の再会だ。
涼川は俺に気がつくと小さく手を振ってきた。俺はそれに応えるように、小さく手を振り返した。
いや、反射的にやっちゃったけどキモいな、俺。
それはそれとして、もう一人の女子は一体誰なんだろう?
彼女のやや青がかった黒髪は、腰辺りまで繊細に下ろされている。高い鼻と切れ長の目、加えてやや血色の悪い肌が少し奇妙だ。シワ一つない制服は、もはや彼女の体の一部であるようにも思える。そして、堂々とした立ち振る舞いとどこか儚げな表情が、そんな彼女の端麗さを演出していた。
…それで、これはどういう呼び出しなんだ…
「三人とも、まだ部活に入ってないよね?」
先生がそう尋ねると、涼川ともう一人の女子がそれに答える。
「はい、入ってないです…」
「まぁ、はい」
俺はそれに続くように小さく頷く。
「てか涼川って部活入ってなかったのか、てっきり入ってるかと勝手に」
何となく疑問に思ったことを口に出してみた。
「あーほら、私クラスで疲れちゃってるからさ…部活入ったら余計に良くないかなって思って…」
「あーなるほど…」
あれ?他のクラスメイトの前でもそのこと言えたのか…意外だな。
そんな俺と涼川の会話が途切れたのを見計らって、先生が言葉を続けた。
「それでだけど、この学校は一応文武両道を目指しているから、半年以上の部活動への所属が卒業要件に含まれているんだよね。もう二年生の五月になったし、そろそろ何かに入っておいた方が良いんじゃないかと思ってさ〜どこか目処は立ってる?」
「え?」
そんな縛りを一切知らなかった俺は、思わず間抜けな声を出してしまった。
涼川は知っていたようだが、もう一人の女子は俺と同じく知らなかったようだ。
「そんなのあるんですか?」
初めて聞いた彼女の声には、起伏というものが全く感じられなかった。
そんな彼女の問いに、先生は「やっぱりか」と言わんばかりに言葉を返す。
「花川も志津見も知らなかったか…でもまあそういうことだから、どうするかはそろそろ考えないとだね」
どうやらもう一人の女子は"志津見"という名字をしているらしい。
「既存の部に入っても良いし、新しく作っても問題はないよ」
先生は続けてそう言った。
「え、新しく作るのってありなんですか?じゃあ帰宅部とか作っても問題ないってことですか?」
俺は僅かな希望を見出し、そう質問してみる。今から既存の部に入るのはきついし、良い感じの新しい部活なんて思いつかないしな…
「はぁ…花川は馬鹿なこと考えてるなー…」
先生は小さなため息をつきながらそう言って、言葉を続ける。
「部活の条件には、"特別な活動であること、学外での活動も可、しかし、拠点は学内に置く事"の二つがあるから、花川のは残念ながら無理だよ」
おいーそんな縛りまであるのかよ…これはまじでどっかの部に入ることを検討しないといけないか…でも今の時期に途中からとか入りたくねぇな。
「そうですか…」
俺は大きく落胆する。
「今からどこかの部活ってやっぱりちょっと入りづらいです…」
涼川も困っているようだ。
「先生、どうしましょう」
全く良い案が浮かばず、先生に助けを求めてみる。
「んーそうだなー。もう三人で部活作っちゃえば?」
「「「え?」」」
俺たちは三人揃って間抜けな声を出した。
俺はさっき既に一回出してるから俺の勝ち。いや、負けか…
にしても、傍から見て別に仲良くもない三人を同じ部活にまとめようだなんて、本当に何を考えてるんだこの先生は。
まあ、たまたま涼川とは話せるけど…志津見っていうやつのことは本当に知らんからな。流石に厳しい…
「あーでも、部活は四人以上からだった…どうしようかな…あ、そうだ!来週隣のクラスに来る転入生を入れちゃおう!」
なんかすごいこと思いついたみたいな感じで喋ってるけど全然すごくないからな。
ほんと、その転入生は可哀想に……特に俺と同じ部活に入れられそうなところが。
「三人とも何か他の案はある?」
先生にそう問われた俺達は、揃って首を横に振った。
「じゃあ三人とも新しい部活作ってそこに入るって感じでオッケーだな〜! ちなみに何部が良いとかある?」
「俺は特にないんで二人に任せます」
まあ、特に良い案があるわけでもないし、考えるの自体面倒だしな。二人がきっと考えてくれるはずだ!
「こら!自分のことなんだから花川もちゃんと考えなさい」
どうやら先生はお怒りのようだ。
「全く良い案が浮かびそうにないんで…二人が勝手に決めてくれるかなと…」
「えー、私も特に良い案とかないよ…だから花川くんも一緒に考えてくれたら嬉しいな…」
涼川にも怒られてしまった…にしても優しい怒り方だ。
そして何となく志津見の方を向いてみると、彼女は単純に帰りたそうな顔をしていた。
うん、その気持ちめっちゃわかるぞ。俺も早く帰りたい。
「…なんだか花川みたいなのが選挙に行かない若者になるんだろうなって今思ったよ…」
先生は額を手に当てて呆れた様子だ。
「…まぁ、選挙ならもちろん行くつもりはないですけど…」
「なにがもちろんだ…それで変なのが当選してもいいの?」
先生は更に呆れた顔を見せながら、そう言った。
「正直、自分に関係のあることだろうとどうなっても良いと思ってるんでね…」
俺がそう零すと、先生は先程に加えて、より呆れた表情を見せた。これが呆れの最終形態かな…?
「もう少し自分の意思を持った方が良いよ、花川は」
「それは確かにそうかもしれないですけど…選挙に行くことは義務じゃなくて権利なんで、まあ行かない選択もありかなと…」
「…そっか…それが花川の考えか…」
俺の言葉に何かを察したのか、先生は優しい口調で言葉を返した。
時に、俺は自分がこうして捻くれた考えを抱くたび、思うことがある。
"もし、人生が楽しいものであれば、俺はもっと何か意思を抱くことが出来ていたのか?"と。
俺は今まで何度、希望が打ち砕かれる経験を味わってきたのだろう。しかし、その度に味わう苦渋に慣れることはなく、毎度心が抉られていった。
自分一人仲間外れにされたあの日、初恋の相手に嫌われていることを知ったあの日、家族しか表示されていない連絡先に孤独感を覚えたあの日。
そんな日々の積み重ねは、だんだんと希望を押し潰していった。いつの日からか俺は捻くれて、非情な現実ばかりを考えるようになってしまった。そして、そんな現実に対してどうでもい……
あーだめだ、だめだ。ちょっと考え始めると止まらなくなっちゃうな。よし、やめよう。
「まあ花川のはいいとして、とりあえず部活のこと、三人で相談してちゃんと決めてきてね。まあ、もし早く決まりそうならこの場で決めちゃってもオッケーだけどね」
先生はそう言い放つと、こちらに人差し指をピッと向けた。…なんすか、その決めポーズ。
「どうしようかな…困ったね…」
涼川はかなり悩ましい表情をしていた。
「本当にな…相談しても決められるかわからないしなぁ…」
「だよね〜…藍咲はどう?」
「私もあんま」
……あれ? 今「藍咲」って言ったか?確か涼川の幼馴染もその名前だったよな…ということはこの人が涼川の幼馴染だったりするのか…?
「あ、花川くんに言ってなかったけど私の幼馴染の"藍咲"だよ」
「お、そうだったのか」
確かに、涼川にしては正直に言葉を発していると思ってはいたが、この女子が涼川の気を許せる幼馴染であるというのなら、それも納得だ。
「あー、これが凪紗の言ってた花川?って人ね。私は
そう言い放った志津見は、あまり気力のなさそうな雰囲気を醸し出していた。てかなんか俺の名前が疑問形だけど…一応最初から"花川"って呼ばれてたよ俺…
あと絶対キモいと思われてるよ俺…まあ良いけど。
「あ、花川です。どうも」
「ん」
志津見は、俺の返答に小さく頷いた。
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