第1話「きっと、この出来事が全ての始まり」2

 昼間の静けさを引きずったまま、放課後の空気が流れ始めていた。部活動に勤しむ者たちの青春の音が耳に入ってくるような、そんな時間だ。


あれからすぐにチャイムが鳴ってしまったため、その場は一旦解散となった。

だが、別れ際に涼川から「放課後またここで話したい」と言われてしまったため、放課後の現在、俺はまた先程の場所に来ている。


「あー、いたいた!」

俺を見つけ安堵したのか、涼川は元気そうな笑顔を見せた。そして人一人分ほどのスペースを空けて、俺の横に腰を下ろした。そして、ニコリとこちらに笑顔を向けている。


うん、やっぱりこの涼川が俺のネッ友だとは到底思えない…どう見ても陽キャ側の人間だし、実際に陽キャグループに属しているからな。

あと青春苦手ってのもまじかよ…そういうの大好きそうにしか見えないんだけど…

「なんかすげぇ元気…だな」

「えーそうかな?」

涼川は本当にわからないと言うように、首を横に傾げた。

「うん、超元気。なんなら元気超えてちょっとうるさいかもしれない」

「え……」

いやそんな悲しい表情しなくても…なんかすごい悪いことしちゃった気分だ。

「いや、ごめん。うるさいは冗談だからな…」

相手を悲しませる冗談は良くなかったな…

「それなら良かったけど…」

涼川はそう言いつつも、こちらに懐疑的な視線を向けている。

「…ていうか、涼川ってネットで会話した時『自分は静かなタイプ』って言ってなかったっけ? でも実際は陽キャ女子グループに属してるじゃんか…」

「…あーいや、その…今は花川君に実際に会えて…その…嬉しいだけだから…ちょっとテンション上がってて…普段はもっと静かだよ。わたし女子グループの中でも基本静かにしてるし…」

そう言葉を紡ぐ涼川の伏し目がちな表情に、うっかり視線を奪われてしまいそうになる。

「…な、なるほど…あんまり大人数で話すのは得意じゃないみたいな?」

「そう!私、中身は結構な陰キャだからね」

涼川は"待ってました"と言わんばかりに自信満々な表情でそう言った。

「いや、涼川が陰キャって…そしたら俺は何になるんだ…ダークマターかなんかにでも住んでないと説明つかないぞ…」

涼川の基準なら、もう俺陰キャの三つ下ぐらいにカテゴライズされちゃうんじゃねーの? なんならカテゴリー外までいっちゃうか。

「いやいや、私も花川くんも同じ陰キャ同士だからね!」

涼川は少し顔を近づけて、そう言った。

うん、近いとドキッとしちゃうから…やめてね?涼川のためにも。


「…そうか、まずは"陰キャとは何か"ってのを定義するところから始める必要がありそうだな」

「…え、私、ほんとに中身は陰キャだからね? 青春とか眩しいなーって感じちゃうし…人多いところ苦手だし…周りに流されやすいし…人の顔色伺ってばかりだし……だから…とにかく私は陰キャなんです!」

涼川は言い切ると、ふぅと息をついた。


こうも熱弁されると、こちらが折れてしまいそうになる…

「あーわかったよ…認めるよ…」

俺がそう言うと、涼川はパッと顔を明るくさせた。まあ、確かによく見ると涼川のメイクは他の女子に比べて薄い気がするし、制服を着崩している感じもない。まだ外観からでしか判断することは出来ないが、俺が初めに抱いた印象よりは落ち着いた人なのかもしれないと考えた。

「それは良かった!あ、これからネッ友兼リア友としてよろしくね!」

「おう…よろしく」

涼川の純粋無垢な笑顔に、少し怯んでしまいそうだった。


やっぱりネッ友の印象が現実でもそのままってわけじゃないんだなぁ…はっきり言ってネット上のイメージとは全然違った。

まあでも、俺もネットではちょっと陽キャになってるだろうし、人のこと言えないか。

そもそも、"表情も見えなければ仕草も見えない、唯一文字だけを頼りに相手を知ることが出来る" なんて状況でどうやって正確に相手の人物像を捉えられるのかって話か。

…でもなぁ…流石にここまで想像と違ってるとは思わねぇよ…


「あ、私が陰キャなことは他の人にはあんまり言わないでね…アニメ好きなこととかも…」

そう言って、涼川は少し苦笑いをした。

「あー、周りには言ってないのか、まあ誰にも言わないよ」

そもそも言う相手がいないしな。頼まれても言えないから安心してくれ。

「ごめん、ありがとう…私の周りの子はみんな明るいしアニメの話とかも全然しないから、そういうの知られたらやっぱり浮いちゃうかなーって思うんだよね…」

少し俯きながらそう言った涼川の姿は、どことなく寂しさを感じさせた。

「まあ今の時代、アニメ趣味に寛容になってきてるから大丈夫なんじゃないかとは思うけど、周りからのイメージとかもあるもんな」

最初についたイメージを変えることは、やはり中々な勇気がいるものだ。

「それだよ。新学期始まってもう一ヶ月も経ってるから結構イメージついちゃってると思ってさ…今さら変えられないなーって。本当はもうちょっと落ち着いた子と一緒にいられたら嬉しいんだけど、最初の方に陽キャな感じの子に捕まっちゃって…断るのも悪いかなって思ってそのまま関わり続けてる感じ…」

俺から見ても、やはり涼川は陽キャのような雰囲気だ。優しい顔つきで、当たり障りのない印象。そしてコミュ力も高く、陽キャに属するには十分なスペックと言えるだろう。

「今までも結構そんな感じだった?」

「…うん、ずっと明るめの人と関わってるから全然素が出せてない…私が青春苦手に感じるようになったのも、自分の素を出せる居場所を見つけられてないからだと思うんだよね…無理して周りに合わせてるとやっぱりちょっとキツイかも…」

涼川は前髪に軽く触れながら、そんな心情を吐露した。

「まあ無理してたらキツイわな。でもそれなら…」

"もういっそ、全部曝け出しちゃった方が楽なんじゃないか?"と言いかけたが、口を噤んだ。

他人が促すようなことではないし、涼川自身はそれが出来なくて悩んでいるのだから。

「あーいや、なんでもない」

「そっ…か?」

涼川は少し不思議そうな表情をして見せたが、そのまま言葉を続けた。

「…まあでも、いつかは頑張って素を出せたら良いな。その方が楽なのはわかってるから」

「おー、そうだな」

涼川自身もそう思っていたなら少し安心だ。自分を周りに合わせようとしたところで何も生まれないからな。無理して組織に属せば閉塞感が取り巻き、不自由が増える、正直疲れるだろう。

俺自身、そんな考えをしているからこそ、こうしてぼっちをやってるわけだ。

だが、俺だって別に友達がいらないというわけではない。友達が出来ればそれは嬉しいことだが、友達になれるような相手が存在しなかったのだ。まあ、単に俺のコミュ力の無さが問題かもしれないけど。

こんな俺も、いつかは居場所を見つけられたら良いと思っているんだがな。


「今、花川くんには割と素を出せてると思うよ…ちなみに、今のところ私が完全に素を出せる相手は、幼馴染の"藍咲あずさ"って子だけかな…」

「そういえば幼馴染がいるって言ってたな」

「うん、その子は良くも悪くも正直で、それが居心地良くてさ。一見冷めてる感じがするんだけど、意外と優しいところもあって良い子だしね。青春苦手なところが同じだからなのもあってか、もう結構長い付き合いになるよ〜。あ、あと…一応だけど藍咲は私達と同じクラスだからね…?」

「…え、まじかよ。全然知らなかったわ…」

クラスメイトの顔と名前全然一致してないからなぁ…

「何となくそうだと思ったよ…今度紹介するね」

涼川は少し呆れた様子で、笑みを浮かべた。

「おー、オッケー」


 それからも俺達は会話を続け、気づけば、下校時刻が迫るような時間となった。俺たちは初対面ながらも、ネット上で既に関わっていたということもあり、割と話し込んでしまっていたみたいだ。

「てかもう結構時間経ったよね…そろそろ帰る準備する?」

「あー、そうするか」

「うん、そうしよ。じゃあ私先行くね。また明日ね〜バイバイ」

涼川はそう言い残して、下の階の方へと消えていった。

"明日"があるのか…基本誰とも話さない俺にとっては、少し新鮮な響きだった。


…さて、俺も帰るか。


現在は春の夕刻、目を突き刺すような西日はやはり眩しい。

だが、そんな眩しい西日の元を辿ると、朱に染められた美しい虚空が見えた。

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