俺のラブコメは残念なぐらいがちょうどいい

エリクセン

第1話「きっと、この出来事が全ての始まり」1

昼休み、俺は階段の端に一人座っている。

ここは屋上へと続く階段なのだが、その割には全く人が来ない。それもそのはず、屋上の扉は安全上の理由で固く閉ざされているのだ。アニメやラノベの世界ならきっと開放されて、青春イベントが繰り広げられるような場所なんだろうが、現実はつまらない。

だが、そうして閉鎖されているおかげで、俺はこの場所を手に入れることが出来た。


今日も今日とて、生徒の喋り声が微かに聞こえてくる。こだまして重なり合って、ようやく耳に届いた頃には意味を失い、雑音のように小さく耳を打つ。不思議とその雑音が心地よく感じるようになったのは、俺がここに通うようになってからだった。


毎日ここで静かに昼食を摂り、一人物思いに耽ることが俺の日常。特に代わり映えもなく、意味のないことを思案するだけの時間。まあ、一人だと何か考える以外に大したやることもないしな。


さて、今日は何について考えようか。

…うーん、そうだな。ここは一つラノベチックな自己紹介を考えてみよう。


 ─青春真っ只中の学生たる者、新学期が始まれば、大きな変化が生まれるものである…と言いたいところだが、全くそんなことはなかった。高校二年次が始まって既に一ヶ月が経過したのだが、今でもクラスに友達と呼べる相手はいない。本当に、冴えない高校生活だ…

そんな俺は、千葉の平凡な県立高校に通学する陰キャボッチ、花川 新利はなかわ しんりだ。


趣味はアニメ鑑賞。特に、学園モノの青春ラブコメには目がない。感情をぶつけ合い、すれ違いながらも成長していく個性的な登場人物たち──画面越しに眺めている分には最高だ。

そう、画面越しに眺めている分には。

なんて言ったって、現実で青春を謳歌出来るような人間は陽キャしかいないからな。個性もクソもない。陽キャがキャッキャウフフしてる、そんな姿に喜びを覚える陰キャボッチなんてまあいないだろう。もちろん、それは俺も例外ではない、というわけだ。

とは言え、俺がぼっちなせいで陽キャ達が余計に鬱陶しく映る面もあるだろうとは思っている。

そのため、新学期の始めは友達の一人ぐらい作ろうと考えていたわけなんだが、まあ途中で諦めた。

だから、五月になった現在でも、俺はずっとボッチのままなのだ。

まあ、中学の卒アルで寄せ書きゼロだったレベルのぼっちだしな。あまりにも納得過ぎる現状だ。


しかし、そんな俺にも、ネット上には一年程の付き合いになる"友達"が存在している。

そのネッ友は俺と同い年の女子で、同じく千葉県に住んでいるとのこと。青春ラブコメのアニメが好きなところと、三次元の青春を苦手としているところが共通していたため、俺達は意気投合出来たというわけだ。俺と違って彼女には友達がいるようだが、彼女自身は静かなタイプらしい。きっと俺と同じように陰キャな女子なんだろうと思う。


最近までずっと互いの本名を知らなかった俺達だが、昨日になってようやく本名を教え合った。心の距離が少し縮まったような気がして、何だか嬉しかった覚えがある。

そんな彼女の名前は─


「いた! 探したよ…」

唐突な声に思考を遮られた。

声の主は女子。声質は明るく、俺とは無縁な人物であると本能が感じ取った。しかし、この場には俺以外の人影は見当たらない。ならば、彼女は俺に用があるはずだ。

恐る恐る目線を向けてみると、声の主と目が合った。階段下から、タレ目気味で温和そうな顔がちらりとこちらを覗いている。そして、そんな顔つきには黒寄りの茶髪が静かに添えられていた。

それでこの人は……誰だ?


…あー…この人、うちのクラスの陽キャ女子グループにいたっけ…正にカーストトップと言った感じで、中々に近づき難い印象を抱いた記憶がある。

で、俺に何の用なんだ…やっぱり陽キャ女子が陰キャ男子に用って言ったら嘘告しかないか?いや、これは偏見が過ぎるか…


なんて考えているうちに、彼女がこちらに近寄ってきた。

「急にごめん、あの…花川新利くん…だよ…ね…?」

彼女は少し自信がなかったのか、そっと繋げるように言葉を発した。

「あぁ、うん。そうだけど」

ここはちょっとかっこつけて、無愛想に返してみる。

「良かった、花川くんってネッ友とかいる?」

「まあ、一人いるけど」

何の質問だ、これ…

「その人の名前って教えてもらえる?」

…これ勝手に教えていいのかな…

「まあ、名字だけなら…えっと、"涼川"ってやつ」

「なるほどね…じゃあ聞くけど、その人の下の名前ってもしかしたら"凪紗"だったりする?」

「おぉ、正解…すごいな…」

いや、まじでなんで当てられた?

「やっぱり…」

ん?やっぱり…?

「私の名前、涼川 凪紗すずかわ なぎさっていうの…」

唐突に放たれたその言葉が、俺の思考を硬直させた。

「……え?」

声にならない声が喉を通り、ポロッと零れ落ちた。

…おい、待て。どういうことだ。この人は俺のネッ友と同性同名…ん?どういうことだ…

「あのね、それでその…ちょっと言いづらいんだけどさ…花川くんのネッ友ってさ…たぶん私…」

彼女は手を後ろに組みながら、恥ずかしそうにそう言ってみせた。

「…え?いや、え?」

待て待て、今目の前にいる涼川が俺のネッ友の涼川と同一人物?それは流石にあり得ないだろ…

「ごめん、びっくりしちゃうよね…」

涼川は少し申し訳無さそうにしている。

…本当にこの涼川が俺のネッ友なのか? くそ、こうなったらあの質問をしてみるか。

「その…抽象的で悪いんだけど……三次元の青春は苦手か?」

俺がそう問うと、彼女は絞り出すように言葉を発する。

「…うん、苦手だよ」

あー…この人で決まりか…そもそも同姓同名なんて中々いないしな。

「そうか…俺たちはネッ友で間違いないと思うよ…ちなみにこれが俺のアカウントだけど…」

「あ!それ!私、その花川くんと今日も話したよ。ほら」

涼川はそう言って、スマホの画面を見せた。

確かに、そこで会話をしていたのは紛れもない俺だった。うん、俺たち本当にネッ友じゃん。

「私たちクラスメイトだけどさ、その前にネッ友だったね」

彼女はそう言い終えると、可憐に笑って見せた。


いや、こんなことあるのかよ…ネッ友がクラスメイトって…ほんとびっくりだよ。

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