第3話 隊長、現る
忠犬ハチ公の像。
渋谷の名所スクランブル交差点の近くに鎮座していた秋田犬の銅像が、突然消失した。
上に乗っかっていた忠犬だけがいなくなり、台座だけが置かれている奇妙な状態が確認できる。
<ハチ公がいねぇ……>
<あの噂は本当だったのか>
<野良犬になっちまったみたいだ>
<ただのホラーで草>
若者の街として賑わっていた渋谷はダンジョン化の影響によって、人通りがかなり減少していた。
電車自体は動いてはいるものの、安全面を危惧して他の交通手段を使う人間が多数いるのが現状である。
災害対策本部が渋谷センター街に置かれたのは比較的最近の話。
伏魔殿と化している渋谷駅、即ち、難易度Sランク級に位置付けられる【迷宮渋谷ステーション】を開放することで交通の便が正常化し、東京都の活性化に繋がると考えたのが、現在の隊長だ。
よって、比較的近場に拠点が置かれる運びとなった。
「駅前で戦ってるのは隊長か」
——冷氷フィールド展開。
隊長と呼ばれる女性の周辺には氷の柱が無数に突き立ち、地面がカチコチに凍りついている。
近付いてきた魔物は次々に氷のフィールド内に侵入するも、体内を氷漬けにされて身動きが取れなくなり、その場に倒れ込む。
彼女を取り巻く冷気の温度は、実にマイナス五十度を下回るほどの極寒の地と化していた。
<隊長って人気配信者の聖女様だよね?>
<間違いねぇよ、あの戦い方>
<最近は配信活動減ったから見る機会が少なくなって悲しかったから、会えて嬉しい>
<災害対策本部の隊長になってから忙しいんだろうよ>
<もっとドローンを氷華様に近付けろ>
渋谷センター街対策本部のメンバーであり、実質的な隊長である
聖職者としての献身的な宗教活動に加えて、ダンジョン冒険者としての実績と実力を兼ね備えた人気度の高い美少女だ。
金色に輝く髪に神秘的なオッドアイの青と黒の特殊な瞳を持つ小柄な少女で、年齢は俺より下の十六歳という若さでありながら、隊長の役割を担うほどの武勲を有する冷静沈着な人間だ。
戦闘用に特化した司教服を身にまとい、お得意の氷属性魔法で敵を凍らせながら闘う姿から、世の人々からはこのように呼ばれている。
『冷氷の聖女』
『冷血の魔女』
配信者としても非常に人気が高く、チャンネル登録者数は驚異の1024万人超えのカリスマ。
同接は常に100万人超えを維持するなど、現在の配信界隈ではトップクラスの知名度を誇る。
その圧倒的な実力も去ることながら、如月隊長のアイドル的な可愛さに加え、胸の大きさも相まってギャップを感じたロリコン好きの献身的な男性リスナーが大部分を占めている。
だが男性だけではなく、彼女のカッコいい姿を一目見たいと同い年くらいのJK視聴者の獲得にも成功している。
そのくらい如月氷華の影響力は計り知れないということだ。
そんな美少女JKの聖女……否、部隊長の氷華さんは近頃あまり配信を行っていない。
災害対策部は日本中のダンジョン化に対応するため、あらゆる仕事を一手に引き受けて対応するといった重要な立ち位置を担っているため、配信活動に割く時間の余裕がない。
加えて彼女は週に一度高校にも出席しなければならないので、多忙を極めるのだ。
視聴者の期待に応えないとだな。
俺が冷氷の聖女を少しだけドローンで写してやるから、我慢してくれ。
戦闘を終えて氷のフィールドを解除した如月氷華が、こちらへと近付いてきた。
<氷華ちゃん久しぶり!>
<近い、近い、近い、聖女様の顔、近っ!!>
<司教服がコスプレみたいで尊い>
<神よ、俺を祝福しろ>
<前よりも大人びた感じするな>
<胸も成長しとる、ムホッッ❤︎>
<おまいら、このチャンネルの主は会話マンの富竹長門だぞ!>
リスナーが好き勝手に人のチャンネルで騒いでいるが、今はそれどころではない。
「隊長お待たせ。魔犬は今どこに?」
『お待ちしてましたよ。どうやら渋谷駅内部を走り回っているようで、先に入り込んだ冒険者たちも中々見つからなくて困っているみたいです。私たちの部隊は駅周辺の魔物の掃討に戦力を割かれている状況にありますので、【渋谷ステーション】の攻略は長門にお任せしたいのですが、よろしいでしょうか?』
「ああ、もちろんよろしいぞ、聖女様。【会話】を与えてくれたのは他でもない、アンタが支部に呼んでくれたからだと思ってる。せめて組織の一員として役に立って見せますよ」
『ええ、神の御加護があらんことを。そちらはお願いしますね』
<オイラにも加護分けてぇぇぇぇぇええ>
<入隊希望者続出注意>
<長門の野朗、鼻の先伸ばしやがって>
<聖女様を独り占めとは断じて許せん!>
<この二人は歳も近いし……お前らどういう関係か察せよ>
<会話とかいうチート使って聖女崩しを行う男>
<聖職者である氷華たんが純潔を汚さ……僕は信じないぞ、絶対信じないからな!!>
<萌え豚共妄想乙wwwwww>
渋谷駅内部の状況は不明だ。
ダンジョン内部へと侵入するには入り口を突破する必要がある。
ハチ公口前の駅入り口付近には、ハウンドドッグという狼種の魔獣が陣取っていた。
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