第2話
男は手を合わせて一礼して食べ始めた。その細身のどこに食べ物が入っていくのかと思うくらいよく食べる。
「良い店だな、味付けがさっぱりしてうまい」
孫景が感嘆の声を上げる。田舎の店だと味見もしないおっさんや味覚が麻痺したばあさんが料理をして、とんでもない塩分過多だったり、茹ですぎの伸びた麺が出てきたりすることがあるが、この店は当たりだ。
「美味いか」
男はもくもくと食べているところに孫景が尋ねる。
「ああ、美味い」
お、返事をした。孫景は不思議な生き物を連れているような気分になった。皿がすべて空になると、男が老板に料金を支払っている。百元札を余分に渡しており、老板は喜んでいた。
孫景は運転席に乗り込み、トラックのエンジンをかける。男は交代するとは言わないようだ。また夜の農道を進んで行く。
「あんた、東北地方の出身だろう」
孫景が懲りずに男に質問する。
「どうでもいい」
「まだ先は長い、話にでも付き合ってくれないと眠くて叶わん」
男は舌打ちをして小さくため息をついた。
「そうだ、何故そう思う」
「お、当たったな。発音がきれいだからな、それに色白だ」
下らない、と呟いて男は窓の外を見つめている。
「
なんだ、褒めているのか。孫景はおかしくなって笑う。
「どうして殺しをしている」
孫景の質問に返事はない。男は唇を引き結んだまま窓の外を見ている。
「後ろの車、ずっとハイビームでつけてくる」
孫景はサイドミラーを横目で見た。眩しい光が反射している。
「俺のリュックを取ってくれ、後ろだ」
男は身を乗り出し、リュックを取り上げる。リュックには似つかわしくないパンダのマスコットがついていた。
「中に
孫景に言われて男はリュックを探り、ベレッタM92を取り出した。米軍で採用されている信頼性の高い自動小銃だ。それから手榴弾が三つ。男は慣れた手つきで弾倉を確認している。孫景はトラックの速度をわざと落としていく。
「これで追い越して行かないなら積み荷を狙う奴に違いない」
ハンドルを握る孫景がラークをくわえ、火を点ける。助手席の男は銃を握る。
「曹瑛だ」
「ああん」
急に何かと思えば、自分の名前か。いけ好かない男は曹瑛と名乗った。これで少しは心の距離が近づいたか。孫景は鼻で笑う。
「こっち側に引きつけられるか」
孫景はトラックを左側に寄せて走らせる。後ろの車が右側から追い越しをかけてきた。曹瑛が長身を縮めて身を隠す。
曹瑛が手を伸ばし、ルームミラーをへし折った。
「どうせ使わないだろう」
助手席のドアにミラーをかざして横付けする車を確認した。黒塗りのベンツだ。およそこんな田舎道には似つかわしくない。開いたドアから黒服の男が銃を手にしているのが見えた。
「敵だ」
「やはりそうか」
曹瑛は窓から一瞬顔を出し、ベンツのタイヤを狙い引き金を引いた。銃弾はタイヤに命中し、ベンツはバランスを崩すがすぐに持ち直した。後部座席の窓が空き、黒服の銃口がこちらを狙っている。曹瑛が続けて撃った弾が黒服の腕を撃ち抜き、銃が車外に落ちた。
「スピードを上げてくれ」
曹瑛の言葉に孫景はアクセルを踏み込む。ベンツの正面を捉えた。曹瑛はフロントガラスに銃弾を撃ち込む。防弾ガラスで弾は貫通しないものの、一面に蜘蛛の巣が張る。視界を奪われたベンツは一気にスピードを落とした。
「振り切れるか」
背後に黒いボルボのSUV車が迫っている。このボロトラックでのスピード勝負は完全に不利だ。路上の看板で高速道路の入り口をみつけた。孫景は急ハンドルを切る。
高速道路に入り、スピードを上げた。背後にボルボが追ってくる。夜間の高速道路は大型トラックが多い。孫景はトラックの隙間をギリギリの車間ですり抜けていく。ハンドル捌きはすこぶる荒いが、その見切りは確かだった。無謀な追い越しにトラックのクラクションが鳴り響く。ボルボはどんどん引き離されていき、姿が見えなくなった。
「お前の無謀な運転がここで役に立ったか」
曹瑛は激しいハンドル捌きに振り回されてげんなりしているようだ。
「食ったもの出すなよ」
孫景は笑う。
「しかし、お前の銃、なかなかの腕だな」
「普段、銃はほとんど使わない」
曹瑛はそう言って銃と手榴弾をリュックに戻し、後部座席に放り投げた。
「さて、このまま走り続けてもいいがひと休みしないか」
高速道路の案内看板に杭州まで約四十キロと出ている。杭州は浙江省の省都で大都市だ。ここで寝て朝起きてから出発すれば追っ手を惑わせることができる。曹瑛もやむなく賛成した。このまま急いで進めば軌道が読まれやすい。
杭州で高速道路を降り、市街地へ向かいながら手頃な宿を探す。駐車場が建物の裏手にあり、トラックを隠しやすいホテルを選んだ。曹瑛はトラックを降りて気持ち良さそうに伸びをしている。孫景は荷台に乗り込み、作業を始めた。
「何をしている」
「センサーだ。簡易的なものだがな。積み荷に不審者が近づけば反応する」
抜かりない男だ、と曹瑛は感心して微かに頬を緩めた。
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